第18話 照
大月くんが、私を護ってくれた。
触るな、って言ってくれた。
きっと特別な意味なんて無いんだろうけど、それでも、ものすごく嬉しい。心臓がキューンってなっちゃう。
私の目は今、ハートマークになっているだろう。バレない様に、なんとか話を続けなくちゃ。
恵流はさり気ない風を装って陽の隣を歩く。
「ふたり、すごく仲良しなのね。兄弟みたい」
そうかな、と照れた様に笑う陽が、恵流にはとても新鮮に映る。
高校の頃は、陽はなんとなく話し掛け難い雰囲気を纏っていた。
短い休み時間には大抵、図書館で借りてきた写真集を模写していたし、昼休みなどにはほぼ毎日、美術室で絵を描いていた。
もちろん話し掛けられれば会話もするし、時たま誘われて簡単なゲームなどに参加していたこともあった。所謂、仲間はずれみたいなことでは無かった。
でも、クラスメイト達も遠慮しているというか、彼が絵のコンクールで何度も入賞していることもあり、陽が絵を描くのを尊重しているというか。とにかく彼の邪魔をしないというのが暗黙の了解だった様に思う。
陽があんな風に、誰かとじゃれ合う姿を見るのは初めてだった。
結構乱暴な言葉を使うのも、初めて聞いた。普段は割りと綺麗な言葉遣いをしているのは、一応自分に気を遣ってくれているのだろうか。
「なんか、ちょっと意外な感じがした。何のお友達なの?」
「この公園で会ったんだ。栞さんっていう彼女さんと一緒だった。でもね、本当は……」
陽はシャッター絵のことを話して聞かせた。
「へえ、なんだか不思議なご縁。じゃああの人、大月くんの絵のファンなんだね」
恵流の言葉に、陽は足を止めた。
「ファン?」
「……でしょ?」
いやいやいや……そう否定しながら、急に早足で歩き出す。
「違うし。そういうの、恥ずかしいから。なんていうか、妙に懐かれてるとは思うけど」
「あ、照れてる」
「……照れてません」
そう言い置くと、陽は小走りで行ってしまった。
恵流はクスクス笑いながら、ゆっくり歩いてついて行く。いつも陽にドキドキさせられっぱなしだから、ちょっとだけ反撃出来た気がして、楽しかった。
すっかり日が長くなっていたが、夕暮れの気配が近づいている。あと数分で空はオレンジ色に染まり始めるだろう。
恵流は手を伸ばし、片付けを始めた陽の背中を指差してクルクルと指を回した。少し長くなった自分の影が同じポーズで陽を指差しているのを眺め、「うふふ」と笑った。
† † †
「おお、おかえり」
「ただいま。何か手伝いましょうか?」
天本良治は陽の姿を認めると、手を止めて額の汗を拭った。
最近の陽は、週末に遅くまで出掛けていることが増えた。以前は仕事と絵にしか関心が無い様子で、いい若者がこんなことで良いのかと、内心心配していたのだ。
「いいんだ。もうすぐ終わる」
手を振って、陽の申し出を断る。実際、ほとんどの荷物は詰み終えていた。
「最近、なんだか楽しそうだな」
「うん、まあ」
えへへ、と笑う陽の頭を大きな手でポンポンと叩く。
「いいこった。絵もいいけど、若者はいっぱい遊んで色々体験しなきゃな」
このぐらいの年の男なら、子供扱いを嫌って手を払い除けそうなものだが、陽は大人しく為されるがままで、少し照れくさそうにニコニコしている。
素直と言うのか、穏やかで、自分の考えが無いわけではないのだろうが、ほとんど自己主張しない性格なのだ。
教えられたことを素直に受け入れるし、そのおかげで仕事の覚えも早い。真面目だがどこか不思議な雰囲気を持っていて、先輩達からも可愛がられている。
この工房を家族だとすれば、陽は天本一家の末っ子といった印象だ。
「来週は竹内が休みだから、頼むぞ」
「あ、そうか。海外旅行、サイパンでしたっけ。いいなぁ」
「うんと儲かったら、どっか連れてってやるから」
「まじすか。やった」
陽は小さなガッツポーズをとった。
「つっても研修旅行な。海外武者修行ってやつだ」
「あー……そっちか」
あはは、と呑気に笑う。
「でも、それも面白そう」
「ま、うんと儲かったらな。今日のところは早く寝ろ」
良治は、荷台に手早くカバーをかけた。ところどころ、細いロープを通して荷台に括りつけて行く。陽は反対側に周り、当然といった様子でそれを手伝った。
「あした朝イチで納品だからな。運転頼むわ」
「了解っす」
全てのロープを結び終えると、陽は「おやすみなさい」と小さく一礼して部屋への階段を上って行った。良治はその背中を頼もしく見送る。
良い青年だ。真面目で働き者で、優しく礼儀正しい。
良い従業員達に恵まれて、この工房も安泰というものだ。
ただ一つ、陽の欠点をあげるならば。
休憩時間中、気がつくと絵を描いていることぐらいか。
資料の片隅に落書きされていた時は、きつく叱ったものだ。完全に無意識のうちに描いていたと知り、皆で呆れたものだった。あの時は、陽も自分で随分驚いていたが。
しばらくは「陽に鉛筆を持たせるな。余白があればどこにでも絵を描く」とネタにされていたっけ。
あれから、もう4年か。最初の頃は筋肉痛でへばっていたが、随分と逞しくなったもんだ。
良治は、今は緑色のライトで照らされているシャッターを見上げた。当時のことを思い出してニヤニヤしながら、良治はポケットを探り車のキーを握った。
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<オマケ>
優馬「俺が陽のファン? そうだよ」
陽「え‥‥」
優馬「なんで絶句してんだよ」
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