第12話 掴む


「ああ、来た来た。今週はもう来ないのかと思ったよ」


 大月くんは片付けの手を止めて、笑顔を見せた。今日は、夕方近くになってから公園に顔を出したのだ。


 大月くん、もしかして、もしかして、待っててくれたのかな……いや、まさかね。



「あの、ね。先週ご馳走してもらったお礼にね、お弁当作ってきたの。よかったら、一緒に食べない?」



 断られたら、と思うと怖かった。が、彼の反応には正直驚かされた。

「お弁当?!」と予想外に喰い付いてきたのだ。文字通り。


 おずおずと包みを差し出すのを、身を乗り出して覗き込んでくる。なんならちょっとソワソワしている。


 お弁当を取り出してみせると、「すげえ! 本物のお弁当だ!!」と目を輝かせる謎の反応。



「いいの? ほんとに?」

「あ、俺、お茶買ってくる」

「え? おおお! 麦茶! 麦茶だ! だよね、お弁当には水筒の麦茶だよね!」


 なんだかやたらと舞い上がっているみたい。嬉しいんだけど、ちょっと戸惑ってしまう。

 戸惑いながらも私は近くのベンチへ行き、お弁当を広げ、水筒から麦茶を汲んだ。大月くんは大急ぎで絵の道具を片付け、ワンコみたいに小走りでやって来た。 

 お弁当を挟んで、ひとつのベンチに座る。ウエットティッシュで手を拭くのもそこそこに、「いただきます!」と、おにぎりにかぶりつく。


「うんまぁぁい!」


 ニコニコしながら口一杯に頬張っている。子供みたいだ。

 おかずの詰まったタッパーを差し出すと、彼はピックに刺さった鶏の唐揚げをつまみあげ、口に放り込む。


「うんまぁぁぁい!」


 足をばたつかせながらなおも頬張り、満面の笑みで私に向けて親指を立ててきた。


……アヤさん、私もう、やばいです。嬉しすぎて、涙が出そう。


 卵焼きに手を伸ばしかけたところで麦茶のコップを差し出すと、彼はコップを受け取り、横目で私を窺いながら急いでお茶を飲んだ。飲み終えたカップを私に返すと、すぐさま卵焼きをつまんで口に入れる。

 彼は頬張ったまま、とっても幸せそうに、「んふふー」と笑った。


……アヤさん、胃袋を掴むどころか、こっちが心臓掴まれちゃいました。ワタクシ現在、彼の頭をワシャワシャと撫で繰りまわしてやりたい衝動と闘っております。



 時おり心の中で、アヤに報告をしていないと平静が保てそうにない。泣きそうなほどに幸せな気持ちが膨らんで弾けそうだった……が、彼の一言で、それはペシャッと縮んだ。


「俺、人が作ってくれた弁当食べるの、中一以来だ」


「え……そうなんだ」

「うん。母親居ないし、オヤジは料理下手だし、中学からは自分で作ってたから。って言っても、ほとんど買った惣菜とか、冷凍食品とか詰めてただけだけど」



……何よ。早く言ってよ。お弁当くらい、いつだって、いくらだって作ったのに……



「すっごい美味い。何食っても美味い。いつも買う弁当屋よりずっと美味い! あ、俺、下手したら全部食べちゃうよ。清水さんも、ほら」


 さっきとは少し意味合いの違う涙を堪えて笑顔を作ると、おにぎりを取ってひとくち齧る。

 私達は目を見合わせて、また笑った。


「遠足みたいで楽しい、ね」





† † †




 なんだか切ない気持ちを抱えて帰宅した恵流は、自室に戻るとため息をついた。


 椅子を引き腰掛けると、空になった弁当の包みを取り出し机の上に置く。

 気付くと、包みの結び目を弄りながら放心していた。


(大月くん、苦労してきたんだなぁ‥‥)


 自分の作った弁当を嬉しそうに頬張りながら、まるで昨日の献立の話でもするような調子で言った一言。



 中学では給食があったそうだし、高校では学食に通っていたのは実際に知っていた。でも、遠足や課外活動の時に、自分で作った弁当を食べるというのは、一体どんな気持ちなんだろう。


 高校時代、恵流は毎日母親が作った弁当を持って行った。

 遠足など特別な日の弁当は、わざわざ早起きして、いつもよりちょっと豪華なものを作ってくれていた。周りの友人達もほぼ同様だった。

 そんな中、お弁当を開く時のちょっとワクワクした気持ちを味わう事もなく、買った惣菜ばかりの弁当を食べる……


 彼はもしかしたら、さして気にしていなかったのかもしれない。気にしていても、同情されたくないかもしれない。でも……



 恵流は思わず、空の弁当箱を抱きしめた。


 大月くんは遠慮してたけど、来週もお弁当作っていこう。

 胃袋を掴むとか、もう関係ない。喜んでくれるなら、何度だって……




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