第9話 アイス屋参謀
さっきから、不審な動きをしている女の子がいる。
どうやら、池の側のブナの大木の陰に隠れて何かを見張っているみたいだ。
かと思えば、池の向こう側へと足早に歩いて行って、しばらく進むとハタと止まり、また樹の陰へ戻ってくる。
しばらく観察していると、彼女が何を見張っているのかわかってきた。
おそらく、池の向こう側の似顔絵屋だ。
似顔絵屋は数ヶ月前から、土日になると現れる様になった。確か、俺がこのソフトクリーム屋に配属されてひと月も経っていなかった頃だと思う。
最初の時、彼は遠目に見ているだけでも、明らかにソワソワと落ち着きが無かった。だが、思いのほかすぐに人気が出たようで、今では似顔絵を描く客が数組、並べてある絵を買っていく客もチラホラ居た。
最近はすっかり寛いだ様子で営業しているみたいだし、中々に繁盛している様子だ。
彼女が何度目かに樹の陰へと戻ってきた時、俺は思い切って声を掛けてみた。
「アイス、いかがっすかー」
……ヘタレだ。
本当は、「君、何してるの?」と言おうとしたのだ。もしくはそれに類する事を。だが口をついて出たのは、いつも言い慣れている呼び込みだった。
あからさまにビクッとして振り向いた彼女は、これまたわかりやすく動揺している。あまりの動揺ぶりに、逆にこちらが落ち着いたぐらいだ。
「あ、あの、下さい。アイス、買います。すみません。お店の前ウロウロして、邪魔ですよね。すみません」
「いや、それは別にいいんですけど……疲れるんじゃないの? 似顔絵屋さんに行きたいんでしょ?」
えっ……と目を丸くし、彼女は一歩後ずさった。
「わかります……か」
「うん。タイミング計ってるよね?」
彼女はふいにがっくりと肩を落とし、情けない声を出した。
「彼、知り合いなんですけど、お仕事の邪魔しちゃいそうでなかなか声をかけられなくて……」
その様子だけで、理解出来た。彼女は彼に片思いをしているのだ。
こんな可愛い子にこんな真似させるなんて、一体相手はどんなヤツなんだろう。イケメンか。イケメンなのか。ヤツはほとんどいつもこちらに背を向けているし、どのみちこの場所からでは遠過ぎて、顔までは見えないのだ。
他人の恋愛事情になど興味は無いが、目の前の小動物みたいな女の子を見捨てられる俺ではない。
「じゃあ、アイス買ってくれるんだったら、いいこと教えてあげます」
† † †
彼女は今、4つ向こうのベンチに座っている。池の周りに等間隔に点在するベンチの中で、似顔絵屋に一番近いベンチだ。俺の授けた作戦に従い、当店自慢の抹茶とバニラのミックスソフトクリームを食べながらそのタイミングを待っている。
作戦は、単純なものだ。
俺の観察によれば、似顔絵作製には大体いつも15分~20分程を要する。
よってしばらくはここで休み鋭気を養い、頃合いを見てゆっくりと移動開始。近くのベンチに陣取り、客が帰るのを待つ。その間は己の気配を消し、次の似顔絵客の気配は無いか、絵を買いたそうな客が近くに居ないか、観察する。
状況が良さそうならば、すかさずGO! だ。
名付けて「サバンナの掟大作戦」。獲物を狩る肉食獣のように、じっと待ち、その時が来たらすかさず飛びかかるべし!!
わざわざ名付ける程の作戦ではなかったが、彼女の緊張を解くには効果があった様だ。買ったソフトクリームを握り締め、気合いと期待の漲る顔で「行ってきます!」と言っていたから。
俺は池の反対側から、状況を見守っている。
よし、そろそろだ。彼らは今、描き上げた絵の出来映えを確かめている。客は喜んでいる様子だ。
ターゲットは団扇で扇いで絵を乾かすと透明なビニールの封筒に絵を入れ、それを紙袋へ入れた。客は立ち上がり、服を整えたり鞄を探ったりしている。
彼女のベンチからターゲットまで、おそらく徒歩で十数秒。彼女は半ば腰を浮かせている。
(今だ! 行け!!!)
心の中で号令をかけたが、彼女は動かない。
中途半端な姿勢のまま、こちらを振り返る。俺は大きく手を振り、指を差して合図した。早く行け!
彼女は弾かれた様に立ち上がると、俺に向かって頷き、ギクシャクとした足取りで歩き始めた。
妙にハラハラしながら彼女の行動を見守る俺だったが、ふと我に返って苦笑してしまった。本当は他人の恋愛の行方を気にしてる場合じゃないんだがな。
まあ、売上に貢献してくれるから良しとするか。
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<オマケ>
このアイス屋さん、前に優馬と栞が行ってたお店です。
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