第8話 アヤ


「アンタ、わかりやす過ぎ。最初に部屋に入ってきた時、大月くんしか目に入ってなかったでしょ」


「わー、ごめんなさい。バレてたかぁ」

「バレッバレですよ」



 恵流からの電話を受けた時、アヤは既に帰宅していた。話しながら冷蔵庫を覗き、缶ビールを取り出してプシュッと栓を開ける。


「あれ。アヤさん、まだ飲むの?」


 答えず、アヤは3分の一程を一息に飲み干した。


「プハーーー。そりゃ飲みますよ。さっきあんまり飲めなかったからね」


 缶ビールを持った手で器用にナッツの小袋を摘むと、リビングへ移動する。ビールとナッツをローテーブルに置き、クッションを引き寄せて座った。


「そっか。幹事大変だったよね。ほんとにありがとう。すごく楽しかった」



 アヤは思わず吹き出してしまう。この子、相変わらずの天然っぷりだわ。


「幹事なんて楽勝よ。大変だったのは、アンタのお守りの方だから」

「おもっ……お守りって。せめて、アシストとかさぁ……」


「なーにがアシストよ。大月くん情報を聞き出したの、ほとんど私だからね。アンタはうっとりキラキラ見蕩れてただけ~」


 電話の向こうで恵流が「うっ‥‥」と言葉に詰まった。からかうのはこの辺にしておいてやるか。



「んで?見に行くの?似顔絵屋さん」

「いっ、行きたいと、思ってるんだけど………どうしよう」


「どうしようって、何よ」

アヤはナッツの小袋を前歯で噛み千切って開けた。カシューナッツを選んで、口に放り込む。



「やっぱり、迷惑じゃないかなぁ」


 不安げな恵流の声を聞きながら、噛み砕いたナッツの欠片をビールで流し込む。


「大丈夫じゃない? あの子、社交辞令とか言わないタイプだし。見に行きたいって言った時、わりと嬉しそうじゃなかった?」

「やっぱり? やっぱり、アヤさんもそう思った? ちょっとびっくりして、そのあと嬉しそうに笑ったよね?!」


(いや、そこまで仔細には観察してませんけども)

 急に明るくなった声に内心突っ込みつつも、恵流のこういうところを微笑ましく思ってしまう。


「じゃあさ、何かの用事のついでに顔出した~、とか言っときゃいいんじゃないの? で、あんまり長居しなきゃ迷惑でもないでしょう?」


「ついで! ついでかぁ! その手があった!!」



……ふふ。この子、小細工とか駆け引きとか、全く頭に無いんだろうなぁ。



「あ、お土産……じゃなくて、差し入れ? そういうの、持って行った方がいいかな。逆に負担になるかな」

「さあね。少しは自分で考えなさい。そういうの悩むのが、恋愛の醍醐味でしょ?」


「そんなぁ、アヤさぁん……」

「そんな声出しても駄目です……まぁ、ジュースとかならいいんじゃないの?」


「そっか。ジュースか。なるほど」



……どうしても甘やかしてしまう。


「何にせよ、考えるのは明日にしたら? アンタまだ酔っぱらってるでしょう」


「……うん、そうみたい。なんかね、足元がフワフワして、胸の中がブワ~って膨らんで、そのまま空に飛んでいきそうな感じ」



……それ多分、アルコールのせいじゃありませんから。

 笑いを堪えつつ、アヤは年長者らしく恵流を諌めた。


「いいから、早く家に帰りなさい。で、とっとと寝なさい」

「はあい。もうすぐ着くよ」

「よろしい。ではワタクシ、晩酌に戻らせていただきます。おやすみ」


「おやすみなさい。楽しい晩酌を」


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