第7話 いざ、再会


 待ちに待った週末。5月初旬の爽やかな陽気の中を、恵流は足早に目的地へ向かっていた。

 朝から何度も着替え、色素の薄い肩までの髪を巻いては伸ばしまた巻いては伸ばし、手が震えてネイルに失敗し‥‥そんなわけで、家を出るのが予定より遅れてしまったのだ。


 会場は駅近くのチェーン店の居酒屋。

 ビルの前まで来たが、一旦引き返し、隣のコンビニへ入った。ミントタブレットを物色するふりをしながら鏡を覗いて髪を直し、早歩きで弾んだ息を整える。


 待ち合わせ時間まで、あと5分。

 恵流はレジへ向かい清算を済ませ、店を出た。最後に化粧品コーナーでもう一度鏡を覗き、グロスの具合をチェックするのを忘れなかった。



 居酒屋の店員に案内され、店の奥にある予約のブースへ向かう。

 衝立てで緩やかに仕切られた予約席は、一般客の席ほど騒がしくはなさそうだった。座敷ではなくテーブル席を予約したアヤを、恵流は心の中で誉め称えた。


(流石アヤさん、わかってるわぁ)


 オフホワイトのシフォンブラウスと、パステルイエローのカーディガン。水色に小さなドット柄のフレアショートパンツ。お気に入りの、ウェッジソールのパンプス。

 足元まで含めてのトータルコーディネートなのだ。靴を脱ぐ座敷席では、せっかくのバランスが崩れてしまう。


 案内してくれた店員に礼を言い、恵流は入り口の前で足を止めた。店員が戻っていくのを確認すると、静かに深呼吸を一つ。


・・・よし、オッケー。



「おー、来た来た!」


 気合いとは裏腹におそるおそる顔をのぞかせた恵流を、見知ったいくつかの笑顔が出迎えた。が、恵流の視界には、たったひとりの笑顔しか映っていなかった。


 大月陽の姿だけが、光り輝いて視界に飛び込んでくる。



(ちょっとーーーー!!! なんなの超絶カッコ良くなってるんですけどーーーー!!!)



「遅くなっちゃってゴメン」

「いや、まだ時間前だよー」「まだ来てないのもいるからさ」


 表面上はありきたりな会話を交わしつつ、恵流の全神経は大月陽に集中していた。

 久々に会うメンバーに挨拶などしていると、長いテーブルの中央からアヤがヒラヒラと手を振った。


「恵流、ここ、ここ。座って」



(と、とととととなりーーーーー?!)



 アヤは今まで自分が座っていた席を指差しながらひとつ先の席に移動し、陽の隣の席を空けた。


「本日の主役席。ワタクシが温めておきましたので」

 ニヤリと笑って得意気に恵流に目配せしてくる。


「あ、うん。ありがと」


 恵流がぎこちない動作で座るや否や、アヤは「そろそろ料理出してもらってくるねー」と恵流を残し出て行ってしまった。



(どどどどうしよーーーー!)


 恵流が固まっていると、幹事役のアヤの背中を見送っていた陽がいきなり振り向いて微笑んだ。


「久しぶりだね。元気?」

「う、うん。大月くんも元気そうだね?」

「おかげさまで。なんか清水さん、すごい大人っぽくなったね」



(キャーーーーーーーー!!!! やめて!いきなりその笑顔は反則よおおお!!! 眩し過ぎて、正視出来ない!!!)


 心の叫びを押し隠し、恵流もなんとか笑顔を返した。


「久しぶりにみんなに会うから、頑張っておめかししてきました」

「そっか。俺は今でも頻繁にホムセン通ってみんなと顔合わせてるから、特におめかしはして来ませんでした」


 スンマセン、と陽は軽く頭を下げて見せる。あはは、と恵流が笑ったのをきっかけに、他のメンバーも会話に加わった。



 それぞれの近況や懐かしい話などで盛り上がりながらも、恵流はチラチラと陽の観察に余念がなかった。


 昔はナチュラルなショートヘアだったのが、現在は伸ばした髪を後ろでひとつに結んでいる。そのせいで、昔よりシャープになった輪郭が際立ち、キリリとした直線的な眉と涼しげながらも力強い目元がより強調されている。

 すっきりと鼻筋の通った横顔は相変わらず美しく、クールで知的な印象の薄く膨らんだ唇は笑うと大きく横に開き、その印象をガラリと変える。

 首から肩、大きく腕まくりした濃紺の襟無しシャツから伸びる日焼けした前腕は、見違える程逞しくなっている。


 うっかりしているとポーッと見惚れてしまいそうになるので、恵流はいつも以上に周りの話に集中して耳を傾け、笑うべきところではより楽し気に笑った。

 おかげで飲み会が終わる頃にはすっかり疲れてしまったが、気分は高揚していた。



 今日は、今まで知らなかったたくさんの事を知る事が出来た。


 大月陽は、お酒にはあまり強くない事。

 ビール2杯とウーロンハイ1杯で、顔色は変わらないが耳が真っ赤になる。目が少しトロンとして、眠た気になる。


 現在、勤務先の隣に建つ資材倉庫の2階にある部屋に住んでいること。

 勤務先はオーダー家具などを主に作る木工の工房で、職場の人達はみないい人であること。仕事をとても楽しんでいること。


 髪を伸ばして縛っているのは、単に床屋に行くのが面倒という理由であること。(美容院、ではなく、ほんとうに「床屋」と言っていた)


 今も変わらずに絵を描くのが大好きで、週末には公園などで似顔絵屋をやっていること。絵の具代ぐらいは稼げるよ、と笑っていた。




 連れ立って帰っていた子と別れてひとりになると、恵流は陽の笑顔を思い出し、バッグで顔を隠した。盛大にニヤついてしまって、どうにも怪しかったからだ。


 近所の人に「清水さんちの恵流ちゃん、夜遅くにニヤニヤしながら歩いてたわよ」なんて噂されてしまっては大事だ。お母さんに怒られちゃう。


 そうだ、アヤさんに電話しよう。今日のお礼を言わなきゃ‥‥


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