縁と浮世は末を待て

 ヴィシルダがカルーニアに到着する前日、ソナァス付近を賑わせる漁船の群れに混じって、一隻の大きな帆船が旗も掲げず停泊した。

 帆船から雪崩の様に次々と連なって降りてくるのは、ジャンミー教の神子フラミー達だった。彼らは、いそいそと積荷を下ろし始め、港に山を作ってゆく。広がる人の海、荷の山を掻き分け、御祖師様フィクシーマは奥から現れた。

 彼方此方あちこちから降り注ぐ労い声に彼は応えながら、足早に埠頭を駆け抜けて行く。護衛を申し付けられた神子フラミーは、その姿を見失わないよう汗を流して追いかけた。

 彼はあっと言う間にソナァスの路地を縫うように踏破し、ソナァス南西の地区に位置する、丸天井の建物に飛び込んだ。

 うるさい程に早鐘を打つ心臓を落ち着かせ、彼は息を吐く。


「ふぅ……」

御祖師様フィクシーマ、お待ち、下さいと……はぁ、はぁ……」


 日光が遮られる屋根の下に入った事で、彼は先程より幾分か涼しげな表情にかわる。息を荒げる神子フラミーに無言の微笑みを残し、最奥の自室へと逃げ込んだ。

 ここはジャンミー教のソナァス支部。行きに比べて短い日数で帰還した彼は、疲労が溜まって仕方が無かった。疲労とは、勿論、肉体的な面ばかりではない。

 しかし、今の一時だけはそれを忘れようと、柔い寝床に寝転がった。

 氷菓子でも用意させようか、と堕落の選択肢を思案し始めた頃、控えめに扉を叩く音が響いた。彼は面倒そうな表情を作ったが、すぐにそれを取り繕い、素早く身なりを整えた。


「……どうぞ」


 椅子に腰掛ける彼の前へ、厳かに歩み寄ったのは、大司祭クァロムの位を持つリオーサだった。アルスリアで見てきた光景を鑑みれば、リオーサも又“アレ”なのだろうか、彼は目の前に控える男を胡乱げに見た。


「お疲れの所申し訳ありません。一つ、ご報告させて頂きたい儀が」

「…………」


 長い沈黙の後、彼はその口を開いた。


「いえ、構いません。何でしょうか」

「イェートの市にて継承者ディアコスを発見。監視を付けております。如何致しましょう?」


 ディアコス……又々、訳の分からない言葉が出てきた。一体誰が作っているのだそれは、俺が作ったのは位の名ぐらいだぞ、と彼は内心でぼやくが、その間もリオーサは返答を待ち続ける。

 意を決した彼は虚飾の衣を身に纏い、おもむろに立ち上がった。


「……万物ばんぶつは巡り、巡るもの。ディ、ディアコ、ス……これは天にいただくミューリー神の思召おぼしめしるも、らずも、悩むは些事」


 彼はあてもなく部屋を歩き回り、突如、勢いよく振り返る。


「ラィトリー!」


 彼は大声でそう宣言する。驚いたリオーサの身体が跳ねた。『ラィトリー』は彼考案の言葉である。久々に口を付いて出た御都合主義の極みに至る感触に、彼は笑みを深めた。


「リオーサ、万物ばんぶつ流転るてんに身を置きなさい。最良の結果は……そこにあります。特に、アレはそう云う存在……」


 アレとは何か名言していない上「そう云う存在」というのも曖昧な言い方だ。その曖昧さにリオーサは少しの引っかかりを覚えるが、それを信仰心で塗り潰すからこその神子フラミー

 感涙するリオーサは叫びながら、涙を撒き散らした。


御祖師様フィクシーマ、今、分かりました……全てが……。必ずや、必ずや! ご期待に添う結果をお持ちできるでしょう!」

「そ、そうですか……」

「失礼します!」


 リオーサは扉も閉めずに走り去っていった。


「……間違えたか?」


 だとしたら、何処だ。彼は扉を閉め、どっ、と押し寄せてくる疲労の波に流されながら、寝床に転がり落ちた。

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