ラィトリー

 会遇から数日。ジェラルドは気紛れからラムと寝食をともにしていた。

 草花の寝床で木漏れ日に起きる日々。これも中々悪くないとジェラルドは感じていた。こうして日々を無為に過ごすのも、又、性分。


 とは言え、食事を取らねば“生きとし生けるもの”は死ぬ。


 何が楽しいのか一切の衣服を纏わずはしゃぎ回るラムを、ジェラルドは寝ぼけ眼を擦りながら見詰めた。ジェラルドは布切れの一つでも恵んでやろうとしたのだが、ラムはそれを固辞した。

 曰く、これは発見、発明であり、吹き抜ける風が“病み付き”なのだ、と。


「おい、ラム」

「なぁに~?」


 人語を母語とする者との会話経験が少なかった為に、つっかえ混じりだったラムの人語も、幾らか滑らかさを取り戻していた。最も、知る語彙は少なく、会話の中で聞き返すことも屡々しばしばあったが。


「これからの季節は厳しくなるぜ。俺たちの様な“根無草”には余計な」

「“根無草”?」

「あー、阿呆アホって意味だ」

「なるほど」

「そうじゃなくて……飯がねぇぞ」

「ん? まだあるよ?」


 そう言ってジェラルドの背嚢を指差すラム。ジェラルドは隠すこと無く大きな溜息をひけらかした。


「今後の話さ。無くなってから探して、見つからなかったらどうすんだ、死ぬぞ」

「……確かに!!」


 ラムが今日こんにちに至るまで生き残れたのは、持ち合わせた運もあった。だが、それだけでなく、暖かい時節の助けが大きかったと言わざるを得ない。

 それもそろそろ限界である、とジェラルドは見ていた。


 しかし、ラムは本当に言葉通り理解しているのか、それともしていないのか、自信たっぷりな表情だ。


「じゃあ、『馴染の女』に分けてもらおう!」

「馴染みの女……友人か?」

「そうとも言う!」


 ラムはそれ以上問答する気がないのか、城壁の方角に歩き出した。肩をすくめたジェラルドは、地面に転がっていた剣を拾い上げ、背嚢を肩に。最後に、がたがた、と揺れる木箱を一瞥し……これは一旦、置いて行く事とする。


 前方を歩くラムは、木々の間を淀み無く突き進み、城壁に行き当たると、今度はそれに沿って進路を西に取った。ジェラルドは彼方此方に目を遣りつつ、それに続く。


「なぁ、何処に行くんだ? 見つかると――って、やべ!」


 ラムの首根っこを掴み、ジェラルドは茂みに突っ込んだ。


「ぐえぇっ! ……なんなの……」

「アレを見ろって」


 ジェラルドが指差したのは城壁の上。釣られてラムが視線を上げれば、そこには、あまりやる気の見られない見張りの神兵が、退屈そうに歩いている姿があった。

 ピンと来ていない様子で首を傾げるラムに、ジェラルドは忠告する。


「前は見つからなかったのか知らねぇが、この城壁沿いを歩くのなんて十中八九『外周渡り』だ。他の神兵も呼ばれて面倒なことになる」

「げほっ、……ふぅん」

「何処を目指してるのか知んねぇけど、木々に隠れたトコを歩くぞ。アイツらもそこまで真面目に見張ってる訳じゃねぇ」

「わかった」


 暫く行けば城壁も途切れる。すると、今度も城壁に沿って、ラムは北進し始めた。考えなしの歩調、ジェラルドは口を挟まざるを得ない。


「おいおい! この先は検問だぞ。いい加減何処に向かってるのか教えてくれ」


 この身なりでは検問を突破する事は出来ない。ジェラルドは自らとラムが身に着けている汚れた衣服を眺めた。通行料は出せるが、身なりと組み合わせが怪しすぎる。ほぼ確実に怪しまれ、詰問される事だろう。


「う~ん、なんて言うのか……わかんない。水がいっぱいあるとこ」

「この先の水辺……海か。目的地は分かったが、このまま馬鹿正直に北進するのは危険だ。付いてきな」


 ジェラルドは北西、城壁から距離を取る様に、生い茂る森の中へ進み出す。目をしばたたかせつつ、それにラムが続けば、程なくして二人は馬車道に出た。

 ジェラルドは木々の間から馬車道を覗き見て、右に左に人影がないか確認する。


「よし、誰も通らないな。朝方だからか?」


 まぁ、いいやと呟きながら、ジェラルドはラムを伴って馬車道を横断した。これで検問は通り越した事になる。


「それで、次はどっちの方角だ?」

「あの……“アレ”の近くだった」

「“アレ”……城壁ね」


 つまり、ラムの言う友人とはジェラルドとは違い、海側を選択した『外周渡り』の可能性が高い。だとすると、既に何処かへ言ってしまっているかもしれない。


「なぁ、そいつってまだ居るのか?」

「んー、穴、掘ってたし……」

「穴ァ?」


 海岸沿いの何処かに住み着くつもりなのだろうか。目的はともかく、単なる外周渡りでは無い様に思える。ジェラルドがあれこれ考えていると、突然、ラムが駆け出した。


「あー、おい!」

「ジェラルド! キレイだよ!」

「……ったく」


 ジェラルドは如何にも物憂げな表情を作りながら、ゆっくりと声の先へ歩いた。

 しかし、次の瞬間、その足は否応無しに急かされる事となる。


「きゃああああ!」

「……崖から落っこちたのか?」


 ジェラルドは、瞬人に心中を占めた焦燥に責付せっつかれ、早足で森を抜け出した。目の眩む大海原が視界に入るが、今、その美しさを堪能するだけの余裕は無い。


 忙しなく辺りを見渡す。城壁、海面、崖下、振り返って森の中。その何処にもラムの姿はない。


 叫び声が響く。

 方角は東――それも崖下の方角からであった。

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