一巡目のプロローグ その5

 巡り合う為に生を受けたのだ

 人も 獣も

 おのが身に結ばれた 赤糸の雁字搦めに


 神は言った「縁とはに生まれ出づるもの」と


 つがいがそれとは限らない 会遇かいぐうは定めでは無いのだ

 手繰たぐれば寄るとは限らない 縁とは唯そこに在るものだ


 ――名もなきアレス教司祭の手記より





 ミシピ海を望む沿岸の国、『カルーニア』……。ファート王国の東、ミシピ海を隔てた大陸に位置する新興国である。


 カルーニアの成り立ちには終始戦火が付き纏う。


 彼の住民たちはファート、ローレリアの両国が無秩序に行った侵略の火から逃れる為、沿岸の先住民を追い立てて住み着いた疎開諸種族が始まりである。


 両国が領地を広げるにつれ、行き場を失った諸種族が相次いで流入、それが次第に一つの纏まりを得て、国となった。


 彼ら逃げ延びた諸種族がこの地で安寧を手にしたか、そうではない。王国の『第二次攻勢』によって人口が著しく増加する以前から、彼らの前には幾つもの深刻な問題が立ち塞がっていた。


 『言語』、『文化』、『宗教』、そして――『食糧問題』。


 言語はどの種族にも一定数話者のいた人の言葉を公用語として使い、文化と宗教はお互いに深入りせず、線引きする事で一旦の解決に至った。(どれもその場凌ぎではあるが)


 だが、食糧はどうしようもなかった。折り合いをつければ解決する訳でもない。無い袖は振れないのだ。


 この大陸の海岸沿いは殆どが痩せ地であり、塩害も酷く、諸種族の持ち寄った故郷の作物が一つとして育たなかったのだ。その上、地中にはごろごろ石が転がり、鍬で耕すのも一苦労な有様。


 更に奥へと移動するべきだが、奥の豊かな土地には大国が既に居を構えており、逃げ延びた諸種族の集まりでは太刀打ちできない。


 海からは魚が取れたが、避難民総出で獲っても日毎、月毎に漁獲量は落ち込んでいく。大国の漁村がこの周辺一帯に見られず、少し離れて点々とあるのは、単にこの海域周辺で魚が取れないからなのだ。


 更に、そんな数少ない魚に対し、森で生きてきた種族は強い抵抗を示した。


 この時には、カルーニア政府の前身となる議会――諸種族の代表を一人ずつ選出したもの――が発足していたものの、毎度長引く話し合いにも関わらず答えは出なかった。


 しかし、この問題はあるエルフが持ち込んだ種子たねにより解決する。


 石だらけの痩せ地に根を張り、海水を吸い上げて育つこの作物により、目先の食糧事情は上向いた。


 カルーニアの住民はこの作物を『コーミュ』。獣人の言葉で『神の子』と呼んだ。


 カイマンはそんな希望の中で生を受ける。出産時にカイマンがあげた大きな産声は、リザードマン族に割り当てられた五号地に五日に渡って響いた。


 そんなカイマンだが、幼少期に五号地を出ることは殆どなかった。カルーニアの住人は、皆、境遇の似通った者達といえども所詮は異文化諸種族の集まりである。


 他種族との関わりは文化の違いから少なからず軋轢を生んでいた。


 その為、カルーニアの住人は割り当てられた地に身を寄せ合い、同種族間で固まって生きており、カイマンの両親もご多分に漏れず……、カイマンは五号地内で世話され、幼少期を過ごした。


 一人っ子、という事もあり、両親の愛を一身に受けたカイマンは徐々に、奥に秘めた大欲の片鱗を見せ始める。


 齢……、4か5を数えようかという頃の事だ。その日はカラッと空気の乾いた暑い日だった……。


 五号地に幼い泣き声が響き渡る。驚いた大人たちが駆け寄ると、そこには泣き声の主である子供、そして、それを余所にコーミュを貪るカイマンがいた。


 泣き声の主に話を聞けば「カイマンが奪ったのだ」と、吃逆混じりに言う。カイマンは黙って食う。


 どうやら、泣く子が正しいらしい。事情を把握した大人たちは説教を食らわすが、さっぱりどこ吹く風、カイマンはコーミュを全て嚥下せしめた。


 ……これが契機。カイマンは「欲しい」と思えば、問わず、構わず奪い始める。


 魚を盗み、コーミュを貪る。カイマンは叱られようとも動じず、殴られたら殴り返した。


 同年代の、いや、五号地の誰よりも強欲だったカイマンは、齢19を数える頃になると五号地の誰よりも大きな体躯に育っていた。


 成熟したカイマンは五号地から出奔し、カルーニアをふらふらと渡り歩き始める。


 ――強欲な『人』斬りカイマン――


 その名は既に五号地に限らず、カルーニア中に轟いており、街を歩けば誰もが道を譲り、斬られる前にコーミュと魚を差し出した。


 最も、実際には人を切ったことはなく人斬りの名は噂が独り歩きしたものだった。


 この時までは。


 カルーニア中の魚とコーミュを一通り食い終えたカイマンに次なる欲が抱かれる。


「――肉が食いたいな」


 口をついて出たのは流暢な公用語だった。カイマンの周りで、気が付けば出来ていた取り巻きが騒ぎ立てる。


「兄貴! 次は豪族の家に行くんですかい?」

「馬鹿野郎! 商人の船を襲うんだろ! ですよね、カイマンさん!」


 取り巻きには『人』まで混じっていた。エルフ、獣人、リザードマン……その何れもがカルーニアで産まれた若者である。


 この頃のカルーニアはカイマンと同年代――次世代の若者たちがある一つの思想によって纏まりを得ており、カイマンはその最先鋒とされていた。


 これも又、独り歩きしたものである。


 この頃になるとカイマンは直接外出せず、取り巻きが競うように献上してきた物を流れ作業のように食うだけだった。


 しかし、『肉』はその中になかったのだ。


 カルーニアと王国の関係はそれはもう当然の様に悪かったが、民にそれは関係ない。商人は金になるならば、なんだってするのだ。


 そういう訳で……個人間では徐々に王国との貿易が始まっていたのだが、肉は高級品扱いで、諸種族の代表や豪族といった金持ちの間にしか出回っていなかった。


 カイマンは盛り上がる取り巻きを余所に、床に放っていた剣を拾い上げた。取り巻きはそんな一挙手一投足を見逃さず、即座に囃し立てる。


「さすが兄貴! 思い立ったらすぐ行動なんですね!」

「……うーん、まぁ、そうだな」


 カイマンはごく自然体で剣を抜き打った。窓の陽射しを反射して、曲線に舞う。


 ――ビシャ。


 手に救った水を素早く石畳に浴びせかけた様な音だった。カイマンの最も近くにいたエルフが壁に染みを作り、残った肉は崩れ落ちる。取り巻きは状況を把握できず悲鳴すら上げることができなかった。


 剣はなおも閃く。


 ……今まで、人斬りの名を噂に留めていたのは単に剣を使う必要性がなかったからだ。しかし、胸中に新たな欲を抱いた瞬間、カイマンは容易く一線を踏み越えた。


 本質は幼少期から一切変わっていない。友を殴り、子供を殴り、年寄りを殴り、全てを己の欲しいままにしてきた。


「う~ん、美味いな」


 10人前後いた取り巻きを一夜で喰い切り、腹と欲を満たしたカイマンは新たな欲望に気付く。


「縁者って……美味いのかな」


 一度抱いた欲望は、最早カイマン自身にも留める事は出来なかった。カイマンはカルーニアの教会(諸種族土着のもの)を襲って眼を得た後、突き止めた縁者を二人食い殺している。


 当然、追われる身となったが、カイマンには関係なかった。


 何故なら、残り二本の縁は海の向こう――ファート王国の方角に伸びていたのだから……。

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