凱旋

 この日、ハイケスの街は異様な熱気に満ちていた。


 街の北と東の二方に設置された城門からは、荷馬車を連れた商人から子供を連れた男女までが引っ切り無しに出入りしている。


 最も熱気がある――というより、『騒がしさ』の一点で見れば、ハイケスの中心地から東門に伸びる大通りが頭一つ抜けていた。彼方此方でスられただの、押した押してないだの、喧しさ以外は存在していない。


 カイマンはそんな常軌を逸した人ごみを嫌い、路地を一つ潜った。裏に入っても混雑を全く感じぬ訳ではないが、先程と比べれば幾分かマシな道程だ。


 カイマンは内心のうんざりした思いを持て余しつつ、裏通りで荷運びに勤しむ商人らしき男に尋ねてみた。


「そこの商人」

「あ? 俺の事か?」

「ああ、何なのだこの祭り騒ぎは? これがハイケスの常なのか」


 人相の悪い商人は然も重そうに荷を置き、その上に腰掛けた。


「知らないのかい? ヴィシルダ王子が悪魔の使いとか言う化物を倒したんだ。アンリって村に暫く滞在してたみたいだが、今日この街に凱旋するってさ」

「それで盛り上がってんのか?」

「皆、暇なんだろ。もういいか? 稼ぎ時なんだ」

「ああ……、邪魔したな」


 カイマンがコーミュの手を引いて離れると、商人は即座に舌打ちして、再び荷運びに勤しんだ。


 少し進んでからカイマンが縁の方角を問うと、コーミュは無言で正面を指差す。言われるがままに歩を進めながら、やけに協力的な今回の『眼』をカイマンは不思議に思っていた。


 彼女は探している縁者の片方――の筈、嘘を言っていなければ。その割に、といっては何だが……カイマンは後ろでに引き連るコーミュに何も感じなかったし、殺す気も起きなかった。


 あの二人は視界に入った瞬間にこう……グッ、と来たんだが……。


 嘗ての縁者二人に感じたような一切が、コーミュには無かった。


 その時、大通りから歓声が湧き上がり、裏道からも人々が次々と大通りに詰めかけだした。


 件の王子とやらが来たのだろう事は、カイマンにもすぐに理解できた。カイマンにとってはさして興味もない人物である。


 顔も見ずに進もうとして――コーミュが初めてとなる反抗を見せた。


 カイマンが怪訝に振り向けばコーミュは大通りを指差している。破顔したカイマンは間髪入れずに方向転換を決め込んだ。集う民衆を押し退けて大通りを目指す。


 押し合い圧し合い、殴り飛ばして歓声の真っ只中に割り入ると、すぐさま大通りを闊歩する馬車の群れが視界に飛び込んで来た。


 王子とやらが身振り手振りで歓声にこたえるが……カイマンの心に触れる者ではない。


 縁の行方を後ろに控えるコーミュに問おうとした時、それに先んじてコーミュが言葉を発した。


「王子の後ろ。馬車の中」

「……あれか」


 中は幕が垂れており、一切、覗き見ることが出来ない。しかし、奥に隠されていればいるほど、見たいと欲するのが情だろう。


 カイマンはその場に笑みの残して、大通りを離れた。

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