蛇足、あるいは真相

「はい、ですので、桃太郎の住まいが完成するまでは、こちらの空いた部屋に住まわせるとのことで」


「うん、それでいいと思うよ」


「姿が確認できなかった犬、猿、雉については続けて捜索を――」


「いや、それはもういいんじゃないかな? 桃太郎自身もそう言っていることだし」


「はい、かしこまりました」


「さて、それじゃあ一旦彼の様子でも見に行こうか」


「今度は私もお供いたします」


「うん、そうして欲しい。こちらにはきび団子がないけれどいいかな?」


「……なるほど、長が私を何だと思っているかがよくわかりました」


「いや、そんなつもりじゃ、痛い! 痛いって! 凹む、凹んじゃうから!」


「一言多いというのを理解していらっしゃると思っていたのですが、どうやらまだ体では理解できていないようですね」


「悪かった! 悪かったから! せめて桃太郎の前では離して!」


「ええ、では」



「んん……やあ、桃太郎。元気だったかい? といっても分かれてからまだ一日も経っていないけれど」


「正確には十時間が経過しております」


「そう、十時間。で、今後どうするかは決まった? いや、すぐに決める必要はないよ。ただ、このまま何の目標もなく生きて行くには人生は長すぎるからね。といっても、鬼の一生に比べるとやはり短いんだけど。

 もし、何処か別の場所で暮らしたいのならそれでもいい。ここで暮らしていく必要は無い。けれどそうだな。もし何処かへ行くのなら、そもそも桃太郎と言う名前も変えた方がいいだろうね。そちらの方が君も随分と生きやすいだろう。

 うん? まあね、人間よりも鬼の方が圧倒的に強い。だからだよ。君も、懸命に足下を生きている虫をわざわざ殺したりしないだろう? そう、きっと同情の気持ちが強いんだろうね。俺たちもまた、こうしてへんな島に追いやられている身だから、君のようにひとりぼっちの人間の気持ちがわかるっていうことだよ。

 ああ、そうだ。俺たちは味方だ。仲間だと言ってもいい。もし道が分かれたとしても、俺たちは共にある」


「そうです。では桃太郎さん、失礼いたします」




「長、私には気になることがあるのですが」


「何かな?」


「私、失礼ながらあなたが桃太郎を説得している様子をうかがっていたのです」


「えー、避難しておけって言ったのに」


「ええ、ですが長、どうしてあなたは嘘を仰ったのですか?」


「嘘……ああ、ばれてたか」


「やはり、他の誰かならいざ知らず、私はあなたが嘘をついているかどうかくらいはわかります。それに、あなたの話にはあいまいな点が多すぎる」


「そういうのは黙っててくれると嬉しいな、恥ずかしいから」


「ええ、ですが理解できないのです。どうして真実を言わず、わざわざばれるかもしれない嘘をついたのか」


「ううん、まあいいや、じゃあちょっと一から説明しようかな、後学のためだし」


「――さて。

 俺が桃太郎に提示した疑問点はほとんどそのまま、訂正する必要がないものだ。

 どうして桃太郎と言う名前をつけたのか? どうして村の人々が襲われていると嘘をついたのか? 

 けれどもう一つ。あの家に鎧があった点については、君の言ったとおり俺は曖昧に話した。

 武家じゃなければ、あの家にあんな立派な鎧があったのは何故か。

 これはほとんど俺が言ったとおりだよ。

 あんな立派な鎧、追い剥ぎからすればすいぜんものの獲物じゃないか。

 そう、おじいさんおばあさんは元追い剥ぎだったんだよ。いや、もしかすると今もそうなのかもしれない。あんな家で暮らしが成り立つとは思えないし。

 そう、それで彼らは次に俺たちの宝を狙った。

 桃太郎を拾ったのが彼らなのかは、正直俺にもわからない。

 もしかするとそんな偶然もあったのかもしれないし、桃から生まれたことで気味悪がられ、捨てられた彼を拾ったのがあの二人だったのかもしれない」


「では長は、桃太郎が本当に桃から生まれたと?」


「さあ、どちらかは断定できない。

 けれど、可能性がないわけじゃない。

 捨てた訳じゃないと考えると、彼らが単独で桃太郎を鬼ヶ島に行かせたのはあまりに勝算がなさ過ぎる。

 協力者が少ないのは分け前のためだろう。一人で行って一人で盗ってこれば宝は全て彼らのものになる」


「捨てたわけじゃないとする、のでしたら、やはり捨てられた可能性も残っていると言うことですか?」


「そうだね、その可能性も否めない。

 このご時世、野良の鬼なんてそうそういないだろうし、実際に桃から生まれたにしたって、鬼に強いかどうかはわからないからね。

 俺たちが検証しようもないように、桃太郎にもそれは検証しようもないことだ。

 けれど、もし俺が桃太郎に言ったように、『何処かからどうしようもない理由で預かったはいいものの、持て余したので捨てることにした』のなら、それはそれでおかしいんだよ」


「というと?」


「だとしたら、あまりに遠回り過ぎると思わない? わざわざ桃太郎と言う名前にして、桃から生まれたことにして、周りからは避けられるようにし、剣の稽古をつけ、幼少期から村の人がありもしない鬼の被害に遭っている様子を語り、それでも桃太郎に協力者を仰ごうとさせず、道中襲われるという危険まで冒して鎧を着せ、動物たちが言うことを聞くようにきび団子を作り、なんて、そこまでするくらいならもっと他の方法を考えた方がましな気がするんだ。

 いや、桃太郎に言ったとおり、これらは全て事故に見せかけるための仕掛けで、他にも様々な仕掛けがある中で、これだけが今回たまたま運良く上手くいった。だとしても、それでも、あまりに払う対価が大きすぎる。

 それならまだ、桃から生まれ、邪気を祓う力を持った子に桃太郎という名前をつけ、育てた末に鬼退治にやった。

 鎧は彼のため元々家にあったものを着せ、分け前のため大人数を避け、それでもおつりがくるくらいの宝を求めた。という方がまだましだと思わないかな?

 おじいさんおばあさんは、どちらにしても桃太郎を騙した。

 宝のためか、あるいは子を殺す罪悪感のためか」


「どちらを教えてあげるのが、桃太郎にとって良かったのか」


「いや、それはわからない。鬼ヶ島には捨てられる子も、利用される子もいないからね」


「そうですね、ここでなら桃太郎も幸せに暮らせるでしょうし」


「ただ……」


「ただ?」


「桃太郎が何かの拍子で、自らが鬼に強いことを知ってしまうかもしれない。そのリスクを考えると、出来れば鬼ヶ島からは遠ざかって欲しいな」


「そっか、その可能性ももちろんあるんですね」


「そうなんだよ。出来れば自分が桃太郎であることも忘れて欲しいくらいなんだけど」


「そこまではさすがに……高望みではないでしょうか」


「そうかなあ。改名してくれたりすれば案外いけるかもしれないよ。例えば鬼太――」


「ダメです」


「うん、俺も途中で止めてくれて良かったと思うよ」


「まあ、冗談は置いておくにしても、そうですね、やはり行くにしても何処か遠くの

村で幸せに暮らすのがいいのではないでしょうか?」


「そうだね。自分が今まで育ての親に騙され続けたっていう心の傷は、なかなか癒えることはないだろうけれど、それでもここで話し合った以上、彼の幸せを祈りたいと思うよ」




「桃太郎! もしも寂しくなったら帰って来るんだよ!」


「ええ! またいつでもお待ちしておりますから!」


「来たときと同じく小舟で――行ってしまったね」


「はい、ですがもっとましな船をお出しできなかったのですか?」


「いや、彼があれでいい、って言ったんだ」


「はあ、何というか変わった方ですね。ところで長、長は桃太郎についてどちらだが

本当だと思ってらっしゃるんですか?」


「ああ、えっと……結局、桃太郎は本当に桃から生まれたかどうかっていうこと?」


「そうです。どちらだと思っていらっしゃるんですか? やはり、桃太郎本人には告げていない――」


「いや、俺はそのへん全く答えを出してないんだ」


「そうなのですか? でしたらどうして彼に、君は捨てられた子だと言ったんです? 私はてっきり、彼が本当に桃から生まれた可能性が高いから、あえてそちらを伏せたのだとばかり」


「いや、捨て子だと言ったのは、そっちの方がおじいさん達を裏切ってくれる可能性が高いと思ったからだよ」


「へっ」


「あとは、こちらへの被害も考えてね。どちらにしても、桃太郎本人がこちらに危害を加えないとは限らなかったから、せめて危害を加えようとしても無駄だぞ、っていうことを言っておきたかったんだ」


「では、どちらが正しいのかどうかも」


「そう、俺には全くわかっていないし、俺にとってはどちらであっても同じ事だ。どちらが正しいか究明することも出来るけど、そんなことをしてみなよ。果たして鬼が出るか蛇が出るか。わかったものじゃない」


「あの間にそこまで考えて――いえ、考えもまとまっていないのにあそこまで言い切ることが出来るなんて」


「ああ、そうだね。けれど、それでここまでリスクを抑えることが出来た。会談っていうのはやっぱりそういうことだと思うよ」


「たしかに、確かにそうなのですが」


「それじゃあ、お腹空いてきちゃった。肩の荷も下りた事だし、みんなでぱーっと騒いじゃおうか。それじゃあ」


 めでたし、めでたし

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鬼ヶ島会談 二月のやよい @february_yayoi

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