学校登校、再び

 アインソフオウル学園の騒動が起こってから早一週間。生徒たちは久しぶりの登校を始めていた。

 学園内で破損した箇所を修復する作業のため、また生徒たちの健康を案じて緊急の休暇が執り行われていた。寮にいた生徒達もこの時期だけは自宅に返し、学園内は一端完全な閉鎖区域となった。

 勿論、施設の復旧という目的もあるが、あくまでもそれは名目上。実際は《国境なき騎士団》が内部の状況を確認し、《ゴースト》の手掛かりとなる証拠を探しに来ていた。

 しかし結果は芳しくない様子。崩壊していた図書館からは地下室への道が確認されたようだが、何故か途中で行き止まりになっていた。

 まるで誰かによって封鎖されているかのような状況であったが、真相は究明できずじまい。

 図書館以外の復旧が済んだことを最後に、学園の行事を再開することとなった。

 といっても本年度の行事は残すところ最後。最終学年である生徒達にとっての卒業式だ。

 未だ一年目であるフィーアたちにとってはまだ馴染みは薄いものの、三年目の生徒達にとっては待ちに待った日だろう。

 遂に学園を飛び出し、さらなるステップへと踏み出す時期。送り出す側の人でも、感激のあまり泣きだす人もチラホラいるくらいのイベントだ。

 しかしフィーアとルビカは、揃いもそろって暗い顔をしたまま登校していた。どちらも寮からではなく互いの自宅から、いつもの場所と決めていた所に集合し、学園に向かっていた。

 正直、フィーアは学園の騒動についてあまり覚えていない。気が付いたら病院に居て検査を受け、その後は《国境なき騎士団》からいくつか質問されたが、ほとんど記憶にない。

 あのローゼン教師が一体何だったのか、全く分からない。そして自分のことについても、全く分からないでいた。だからこそ、その話については詮索されるのを恐れ、《国境なき騎士団》には報告しないでいた。

 だからこそ、その後見舞いに来てくれたルビカに聞いた話は信じたくなかった。シルファが死んだ、なんてことを聞かされた時は。


「ねぇ、ルビカ。学園内でシルファの姿が見つかった、って報告はないんだよね?」

「う、うん。でも、あの《ゴースト》が言ってたんだよ? 『俺が殺した』、って。それに跡形もないほどにって……」

「魔素の痕跡すら残さずに? 私としては信じられない……いや、信じたくない、が正直なところかな……」


 お互い暗い顔のまま、ため息をしながらとぼとぼと歩みを進める。二人して悲しみの色は濃く、表情もひたすらに暗く沈んでいる。

 魔術の基礎を教えてくれた師が突然死んだ。いや、もっと簡単に言えば、大事な友人が亡くなった。そんなことを簡単に受け入れられるはずもなく、二人して様々な憶測を考えていた。

 しかしどれもただの願望だ。シルファは絶対に生きていると信じていても、それは現実には起こり得ないこと。

 そんな負のオーラ全開で歩いていると、他の生徒からも気味悪がられる。だがそんなことは二人の中では些細な事らしく、気付く素振りすら見せない。


「……これから、どうすればいいのかなぁ」


 ポツリ、一人呟く。その言葉は二人の気持ちを指し示しているようでいて、お互いが悩んでいることでもある。


「シルファのレッスンで学んだことはまだまだ未熟。だからもっともっと、いろんな魔術を教えて欲しかったなぁ」

「わ、わたしも、もっと教えて欲しかった。魔素の濃度、まだコントロールできてないし……」

「……どうして、私たちを残していっちゃったのかなぁ……」


 最後の方は涙声だった。必死に堪えているが、既に目の縁には涙が溜まっている。ルビカも同じらしく、目を擦って涙を流さないよう拭っている。

 二人は辛そうな表情で校門をくぐる。すると、通り過ぎた後、後ろから声を掛けられた。


「ちょ、ちょっと! 普通にスルーとか酷くない!?」


 涙を流しそうにして、俯きがちに歩いている二人には目に映らなかったのか、校門の柱に寄りかかるようにしている一人の人物が居たらしい。全く気付かれなかったことにご立腹な様子で仁王立ちしている。

 だが二人は死んだような目で視線を向ける。今は正直、悲しい気持ちでいっぱいいっぱいなのだ。だからこんな時に声を掛けてこないで――

 そう思ったところで思考が完全に固まった。だって視線の先に居たのは、今二人が考えていた真っ最中の人物。


「流石に朝からスルーされるとは思わなかったんだけど。私、そんなに嫌われてたっけ?」


 シルファ=リーベル、そのものであったから。


「え……あ、え……?」

「何、その様子? まるで幽霊でも見てるみたいだけど。――ってうわ! 何その目!? 二人ともめっちゃ赤いし!」

「う、嘘じゃない、よね? シルファ、なの?」

「え? それ以外誰だって言うの? 私、偽物とか言われる筋合いないけど?」

「だって《ゴースト》に殺されたって聞いたから……」

「あぁ、そんなの嘘に決まっているじゃない。といっても重傷であったのは嘘じゃないわ。コテンパンに叩きのめされて逃げ延びたって訳。いやー、危なかったなー」


 あっけからんに笑うシルファに対し、二人は口をパクパクと開閉させて驚きを隠せない。だがシルファは全く悪びれもせず続ける。


「それにその後もよく覚えていないし? なんか気が付いたら一週間くらい経ってて、学園に来てみたらって訳。ちょうど良かったわ」

「ほ、本当にシルファ、なんだよね?」

「だーかーらー、何度も言わせないで。私はシルファ=リーベル。それ以外の何者でもないわよ?」


 その言葉に二人の涙腺は、崩壊した。

 滂沱な涙はとめどなく溢れ、身体はいつの間にかシルファは抱きしめていた。


「うわぁぁぁぁん!! よがっだよぉぉっっ!! シルファぁぁぁぁん!」

「あ、あぁぁぁ! シルファのバカバカバカバカぁぁぁぁ!! 心配して損したぁぁぁぁ!!」

「え!? いやそんな校門前で泣きながら抱き付くのは勘弁してくれない!?」


 抱き付いてくる二人の柔らかさやふんわりとした匂いに赤面しながら、二人を引きはがそうとする。だがシルファの抵抗むなしく、二人は全く離れる様子は見られない。

 全くしょうがないと諦めつつ、泣き続ける二人の頭をそっと抱いてあげる。

 結局のところ、シルファが課せられた新しい任務は『フィーア=シェスタの正体を探れ』というざっくりとした内容。実際は、シルファの本来の姿が《ゴースト》と認識されてしまった以上、女装するほかないからだ。

 だからこの姿のまま禁呪書の探索をしつつ、フィーアの正体も調査するといった任務だ。

 正直終わりなんて全く見えない。最悪、ここから一年はかかる任務になるかもしれない。

 だが、この任務は思いのほか悪くないかもしれないと、シルファは一人思う。何故なら、自分が唯一、友と呼べる人がようやく出来たのだから。

 こうして自分の為に、泣いてくれる友人が居ることに。

 だからこの学園での女装潜入は、もうしばらく続きそうだとしてもいいだろう。

 いつまで続くか分からない、この任務を遂行するまで、この二人を見守っていてあげようと、心の中で誓ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女装天使と悪戯小悪魔 ミヅキ @MiZuKi0050

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ