第41話
中庭に到着するともうすでに鍛練を行っている人物がいる。道場対抗武道大会で戦った拳闘士ハイモだ。
「やあヴィート。久しぶりだね。」
「お、ハイモか。確か兵士なんじゃなかったっけ?仕事はいいのか?」
「やめちゃった。上官には逆らえないし、基本的にお役所仕事だからサボれないし、雑用も多いし。今は魔物を倒したり、拳闘を見せたりしてお金稼いでるよ。半冒険者ってところかな。」
「へぇ。じゃあ俺は半先輩ってところかな?」
「じゃあ半分敬っとこかな。ありがたやー。」
「……それは敬ってるのか?」
「今日はなんでここに?」
「それはこっちの台詞だ。俺はオーレリアと試合しに来たんだけどハイモはなんで?」
「最近はあちこち顔を出して一緒に鍛練してるんだ。兵士辞めて時間があるし。時間があるなら俺とも戦ってよ。」
「オーレリアの成長次第かな?」
挑発的にオーレリアに視線を送る。
「ふむ、盤外戦術かな?ハイモには悪いがヴィートに戦う余裕はないと思うよ。私がその余裕を余すことなく奪うからな。」
「やる気が凄いな。それじゃ審判しようか?」
「頼む。何でもあり、刃無し、一本勝負でいいだろう?」
「ああ、それで構わない。」
鍛練用にいつも持ち歩いている木剣を取り出し荷物を中庭の端に下ろす。再び中庭の中心へと戻る頃にはオーレリアの準備も終わっていた。
オーレリアは以前と同じく盾をメインに扱うスタイルの様で片手剣に盾という装備だ。違うのは盾の形状だ。円形の小型盾、バックラーだった楯が下部が尖った五角形、ヒーターシールド型に変わっており、一回り大きくなっている。訓練用のためか先端が丸みを帯びているが、盾の先端を突き刺されれば有効打だと認めざるを得ないだろう。
身にまとう雰囲気も洗練された涼しげなものに変わっている。自信が滲み出ているかのようだ。以前戦った武道大会に比べ武人としての位階を上げている事が伺える。
一方ヴィートは奇をてらわないスタンダードなスタイル。順手に片手剣を持ち真正面にオーレリアを捕えている。その立ち姿は無骨で飾り気がないがどこか目を離せない。ファンタジーに巨大メカが出てきたような、格闘漫画に銃を乱射するキャラクターが登場したようなゴツゴツとした異様な空気。一言で言うと異物感がある。
オーレリア自身、かなり腕を上げたことで大抵の相手には負けないつもりだった。しかしヴィートの前に立った瞬間にそれを慢心と切り捨てる。修練を重ね、相手の実力を読み取れるようになったことでヴィートの力を察したのだ。
「……ヴィート、君もかなり努力しているようだね。」
「それはお互い様かな。勝ちをゆずるつもりはないよ。」
「それじゃあ行くよ。位置について。……始め!」
ハイモが開始の合図を発した。
しかし両者動かない。オーレリアは騎士剣に忠実で守りを固め“見”の構え。ヴィートとしてはオーレリアが実際どの程度
しばらくにらみ合うとしびれを切らしヴィートが動き出す。
「あの時の再現と行こうか。今度はさばけるかな?」
「!」
言うが早いか、足に魔力を集中させ亜音速で踏み込む。ヴィートとオーレリアが衝突するコンマ数秒、脳の処理が加速し二人の体感時間が遅くなる。
武道大会での試合と同じようにオーレリアを突き飛ばそうとヴィートの双腕が突きだされる。ヴィートが狙うは胴。オーレリアが盾でガードすることをみこし、そのまま力任せに盾ごと吹き飛ばすつもりだ。
オーレリアは亜音速の領域に踏み込む超高速戦闘は決して慣れていない。その速さにオーレリアは面喰ったが、鍛練を重ねた体はしっかりと対応した。
オーレリアは武道大会以降いくつかの課題を自身に課していた。一つは気の操作。一つは盾の大型化。一つは攻撃力、持久力の強化。一つは……大会や模擬戦で手ごたえを感じたシールドバッシュの強化。
オーレリアはほとんど無意識で全身の筋肉に気を巡らせ、硬直させた。スムーズに体重移動。ヴィートの腕がオーレリアに触れるまさにその瞬間、身体に溜めた力を盾の一点に開放した。
金属同士が衝突したようなとてつもない轟音が中庭に響いた。
反射的に距離を取る2人。
「この速度についてくるか……。」
「ふふん。あの時と同じ動きをするとは、味なまねをするじゃないか。私の成長は味わえたかな?」
「存分に味わったよ。」
そう言いながらヴィートは右手を挙げた。指先が真っ赤に腫れている。かなりの分厚さがある鉄盾に指を打ちつけているのだ。当然と言える。
新しく購入した革鎧には魔力をよく通すワイバーン革の手甲もついているが指先の先まではカバーできない。更にはヴィートのこだわりとしてあまりに強力すぎる身体強化はかけていない。魔物との戦い以外で、魔力でゴリ押すのを良しとしていないのだ。機動力上昇の為に、下半身を中心に強化しているがそれ以外は最低限の保護しかかかっていない。
しかし、この最低限の保護すらなかったら今頃指は本来曲がらない方向へと曲がっていたことだろう。
指先から発される痛みのシグナルを無視して精神を集中するヴィート。〈セルフヒーリング〉が発動し、指先に光が集まり、みるみるうちに腫れは引いて行った。
「仕切り直しだ。流石に舐めすぎてたみたいだな。」
「いいさ。代償は払ってもらったし。次は私からいこう。」
今度はオーレリアから動き出す。ゆっくりと距離を詰めてくる。ヴィートはというと動くことが出来ずにいた。隙のない状態でじわじわと距離を詰められると出来ることは少ない。均衡を崩すには距離が離れすぎている。
オーレリアの構える片手剣が有効範囲に入った。そのまま浅く踏み込み、踊るように振るわれた片手剣がヴィートに迫る。マシアスの鋭さとも、ヴィートの速さとも違うオーレリアの剣。実に滑らかに線の軌跡を描きヴィートに襲い掛かる。
ヴィートは木剣ではじくが、オーレリアの一撃は牽制の意味合いで放たれたもので非常に軽い感触だった。すかさずシールドバッシュを放つオーレリア。そのバッシュを斬りいなすヴィート。
オーレリアから一度仕切り直し、とでも言いたげな空気が流れてくるが、無視して数合打ち合う事にする。オーレリアの癖を掴むためだ。その場から動かず重心を低く沈めてどっしりと構える。
「ノってきたぞ!……いざ!」
だんだんとエンジンがかかってきたヴィート、いつしか身体から、いつぞやの獣のような闘気がほとばしる。
一瞬その闘気に飲まれかけたオーレリアだが、マシアスとも訓練を行っていたため、それと互角に戦っているヴィートの化け物ぶりもある程度は想像がついている。
(やはりまだまだ力を隠していたな。ここからだ。ヴィートに全力を出させなくては、
オーレリアは以前の武道大会での苦い敗戦を試練と捉えていた。「本気を出してほしい。」そう言った次の瞬間には負けていたのだ。恥ずかしく、みじめだった。勝者のヴィートに気を遣わせたのが何より辛かった。
故に、ヴィートに全力を出させなければならない。ヴィートが自分より上の技量を持っているのはわかっているが、それでも食らいついて対等に戦えるのだと証明しなければ前へと進めない。オーレリアの、ヴィートの友人としての意地がかかっている。
「おおおおおああああああ!!!!」
オーレリアが裂帛の気合と共に剣を振るい、激しい乱打戦が始まった。オーレリアが踊るように美しく飛び掛かり、ヴィートを攻め上げる。ヴィートはマシアスとの模擬戦で培った対応力で何とか凌いでいる状況だ。
(マズイな……時間が無い。)
徐々に、時間が経つほどに形勢はヴィートへと傾いていく。ヴィートはオーレリアの美しい剣は初見。故に慎重になったヴィートは守りに入る。オーレリアの攻め手がフェイントや体重移動で相手を惑わし、リズムを崩すような攻め方なのもヴィートが守りに入らざるを得なかった一因だろう。しかしヴィートが順応しはじめたのだ。少しずつではあるが確実に慣れてきている。
そもそも筋量に劣るオーレリアがヴィートと拮抗しているのは気の操作によるものだ。そして気の力は非常に体力を消耗し、長期戦に不向きなのだ。魔力をいくらでも引っ張って来られるヴィートとは比べるべくもない。砂時計の砂がこぼれるようにオーレリアの優位性が零れ落ちて行った。
(一か八か、か……。)
オーレリアは胸の内に生じた思いに少しおかしくなる。騎士剣道場では要人警護を主軸に据えた守りの戦いを教えている。そのため、“一か八かの状況に追い込まれた時点でそれは負けなのだ”と教わってきている。それでも剣を振るうのはやはり勝ちたいからだ。
(プライドや勝ち方にこだわるのは勝ってからでいい。乗り越えなくてはならない。今!ここで!)
オーレリアが勝負をかけたのはやはり、彼女の最も信頼する武器、シールドバッシュ。比較的にヴィートが対応できていないフェイントを選び、ここぞというタイミングで繰り出した。後先を考えず、足のつま先から手の指先まで爆発せんばかりに気を放出した。
(あぁ……やはり君は凄い……。)
極限まで引き延ばされた時間の中でオーレリアが見たのは自身の渾身のバッシュをするりと躱すヴィートの姿。その余裕たっぷりの顔に自分が誘われた事に気が付いた。特定のフェイントに弱いよう見せかけていたのだ。勝負をかけるタイミングを完全につかまれていた。
超高速で再び近づいてくるヴィート。気を全て放出しきったオーレリアに避ける術はなく、腕をとられる。一瞬の浮遊感の後、全身に衝撃が走り、オーレリアの意識は闇に沈んでいった。
テスタメント ~底辺冒険者の俺が神になるまで~ 硬体 @koutai
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