春の朝日

ケンジロウ3代目

短編小説 春の朝日


まだ外では、降り積もった白い雪が溶けるのに時間がかかりそうだ。


今年の二月は例年より少し肌寒い。このアパートの中ではく吐息でさえも白い息になるので、寒さがいつもより敏感に感じるのは当然だ。



僕は君江明人、高校三年生だ。

現在はこのアパートで受験勉強をしている。


僕が通っている高校は三学期自由登校制の学校なので、今の時期は一日中このアパートで勉強中だ。

まぁこの自由登校制は高3だけだけどね。

僕は朝7時に起床し、軽く朝ご飯を食べ終わったらそのまま机に向かって勉強を始める。


僕の第一志望は、国のトップの学力を誇る名門 東大。

なるべく親に負担はかけたくないという理由と、上のレベルで勉強したいという二つの理由で決めた志望校だ。

まわりは難しいっていうけど、そんなの気にしてらんない。

だったらその言われる時間を勉強に充てた方が何倍も得だ。


さて、今日は難しめの数学からだな。

そう決めて、早速勉強に取り掛かる。


「へぇ~、今日は数学からかぁ~」


となりでふとそんな感じの声が聞こえた。


「・・・・・・・・なんだよ」


「いや~みてただけだよ」


僕は半ば呆れを含めながら言葉を漏らす。


こいつは幼馴染の新葉 桜。桜とは小学校からの付き合いだ。

あの時は登下校だけでなく、遊びや習い事でも一緒だったっけ。

親どうしの仲が良かったこともあり、僕と桜は一緒になることが多かった。


「いやぁ~、あれからもうすぐ三年になるね~」


「・・・・・」


桜は中学三年の時、交通事故で死んでしまった。

僕と同じ高校の受験の帰りに、雪でスリップした車がそのまま桜に衝突。

そのあとすぐに病院に搬送されたが、その時はもう遅かった。


しかし、僕がこのアパートに引っ越してから、なぜか幽霊となって僕の前に現れるようになった。

しかし今の桜は、モノに触る事も出来なければ、桜が見えるのは僕だけだという。



「・・・そんなにしずまなくてもいいじゃん・・・あきちゃん・・・」


僕は持っていたシャーペンを静かに置くと、


「・・・バカか、分かんない問題があって手が止まっただけだ。」


「あぁ~!今バカって言った~!」


「あはは・・・悪い悪い」


今はこの状況にもだいぶ慣れてきたと思う。

まぁ誰だって最初は驚くっしょ。

だって急に顔見知りの幽霊が出てきたんだし。




でも、どうして出てきたのかは、未だ教えてくれない。






「ねぇ、たまには気分転換もいいんじゃない?」


「え~今か~」


今って2月21日かぁ・・・

国公立の前期試験は2月26日にあるから、今は過去問とかで追い上げを図りたい所なんだが・・・


「ねぇ~!あきちゃんちょっと疲れたでしょ~!?」


僕の右には、付箋がいっぱいの東大赤本。

今日だけで凄い増えたな・・・


「・・・確かに疲れたな、じゃあ行くか。」


「やった~!」


うれしそうだなこんちくしょう


まぁ生きてるときはお転婆な性格だったし、当然っちゃ当然か・・・





「夕日綺麗だね~」


千曲川から見る赤い太陽は、この冬の寒さを少しでも緩和しようとしているのだろうか、とても眩しい。


「眩しすぎて見えないけど・・・ってか風に飛ばされるなよ」


「大丈夫だよ~!そんなにヤワじゃないし!」


ヤワってかあなた幽霊でしょ・・・




「・・・でも、見れてよかったよ」


「・・・そうだな」


「受かったらあっちで暮らすんでしょ?」


「・・・あぁ、受かったら四月から東京だ。」


そう、東大に受かったら、僕は長野から東京に上京するのだ。


「・・・最期に、あきちゃんと見れてよかったよ。」


「・・・最後じゃないだろ」


「えッ?落ちるってこと?」


「バッカちげーよ!」


「あははは!」


「・・・プフッ」


桜はその場で大笑い。

僕もつられて思わず吹いてしまった。




「・・・がんばってね、あきちゃん」


そういう桜の横顔は、どこか遠くを見ているようだった。


「・・・あぁ、任せろ」



さっきまで輝いていた晩冬の太陽は、もう地平線へほとんど沈んでいた。







2月26日。


とうとう試験の日が来てしまった。

東大の受験会場は長野にも出張受験場を設けており、わざわざ東京に行かなくても受けられるようになっている。


僕はいつものように7時に起きて朝ご飯を食べると、試験の準備を手際よく進める。

といっても昨日のうちにやっておいたから大丈夫なんだけど、一応ね?


確認オッケー!大丈夫だった~!

そんなことを心の中でつぶやきながら靴を履いていると、後ろから桜が声をかけてきた。


「あきちゃん・・・」


「・・・大丈夫だ、心配すんなって」


僕は金銭の問題上、この前期試験しか受けられない。

後期試験もあるのだが、これ以上親に負担はかけられない。無論、他の私立校なんて受けていない。

なので、これが一発勝負だ。


「・・・がんばって」


心配顔でエールを送る桜に、僕は笑顔で返事した。


「さんきゅッ!行ってくるッ! ―――――







「んんっ・・・」


少し暖かい春のそよ風を浴びながら、僕はアパートの部屋で目を覚ます。

起きてすぐ見える窓からは、綺麗に咲く梅の花が満開である。

小鳥たちは今日も春のマーチを演奏し、風に舞う桜の花びらがそのステージをさらに色付ける。


今日はいよいよ東京の方へ出発の日だ。

僕は東大に見事合格。学校の担任の先生も、すばらしいすばらしいと涙交じりに喜んでくれた。


僕ももうすぐ大学生だ。


このアパートで最後の朝ご飯を済ませ、準備もすませ、いよいよ出発だ。

靴を履き、そして玄関の扉を開ける。


ガチャ・・・


外を出て、そして再び部屋の中へと振り返る。



「桜、いるか?」


僕は誰もいない部屋に向かって、その名前を呼んだ。



「・・・いよいよだね」


桜は玄関の前に姿を現した。

僕の呼びかけに呼応した桜は、覚悟を決めた表情でそう言った。


「あぁ、もうこのアパートともお別れだ。世話になった。」


僕はそう言いながら部屋に深々と一礼。


「・・・そしてお前もだ、桜。」


桜にもお礼、言わなくっちゃな。

僕はそう思ったので、桜にも深々と礼を告げた。

僕の目の前で見送ってくれる・・・



世界で一番好きな人に ―――



「・・・そういえば、何であきちゃんの前に出てきたか言ってないね。」


桜はまるで今思い出したかのような感じの会話文を、今まで言うのをためらってきたような表情で言った。


「・・・そうだったな。こっちも深く詮索はしなかったけど」


「そうだね。あの時は勉強に集中してたもんね。」


春の朝日が、部屋の中を照らし始める。


「・・・あの時はいつも一緒だったね。小学校の時も中学校の時も。」


「でもあの事故以来、うちとあきちゃんは離れ離れになっちゃったね・・・」


「・・・そうだな」


「でも、うちは・・・どうしてもあきちゃんの傍に居たくて・・・」


「・・・」


「神様に無茶なお願いして、三か月だけこうやって・・・あきちゃんとこの世で過ごすことを許してもらったの・・・」


「・・・そうか」


しだいに桜の声は震え始める。


「だからッ・・・そのッ、あのッ・・・だからッ・・・こうやって最後にッ・・・」


「・・・」


「あきちゃんの傍にいられて・・・」


「ッ・・・!」


「あきちゃんが大人になっていくのを見れてッ・・・」




「うれしかった」







目頭が熱い。なんか口の中がしょっぱい。


あぁ、そうか。

僕は、泣いてるんだ・・・

ったく、おまえがそんなこと言うからだッ・・・



「だからね・・・最期にッ・・・伝えたい事があるの・・・」


桜の身体は、部屋に差し込む太陽の光のせいか、うすくなっている。

桜の身体に朝日の光が溜まっているように見える。


約束の時間がきたのだ。

来てしまった。


桜は今までで一番きれいな笑顔で、こう答えた。



「ずっとあなたが好きでした。何があっても負けないでね。」




桜の姿は、無数に舞う桜の花びらの中へと消えて行った。

最初からだれもいなかったかのように







『ずっとあなたが好きでした。』



桜の声は、今も僕の耳の中に残っている。


その言葉だけは僕のなかで優しくこだましている、そんな気がした。






おわり












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