第20話 小説におけるタバコの効用


 日本たばこ産業JTが毎年行っている成人喫煙者調査によれば、二〇一八年の喫煙率は、男性が「二七.八パーセント」、女性が「八.七パーセント」。一九六五年の数値がそれぞれ「八二.三パーセント」、「十五.七パーセント」だったことを考えると、五十年前と比べて、喫煙率は大幅に低下している。

 理由としては、趣味の多様性により嗜好品としてのタバコに費やすコストが別のものに流れていったこと、自らの健康に留意するようになった者が増えたことなどが考えられる。


 ただ、タバコが身体に有害であることは一目瞭然であるにもかかわらず、男性の約三割、女性の約一割が今なお吸い続けている。

 タバコを吸ったからと言って即座に命を落とすことはなく、麻薬と違って合法的なものであることからも、塩分や糖分の多い食料品同様、「身体に悪いのはわかっていながら止められない」といったところだろう。


 今回は、小説におけるタバコの効用について考えてみた。


 この半世紀で日本の人口は約二十五パーセント増加した。にもかかわらず、喫煙人口は当時の半分以下――千八百八十万人にまで落ち込んでいる。

 不思議に思うのは、タバコを吸う人の数が激減したのに、小説の中で相変わらず喫煙の描写を頻繁に見掛けること。リアリティやトレンドを重視するのであれば、すたれた習慣や文化は真っ先に排除されてもおかしくない。


 ハードボイルド小説には「一匹狼」の異名をとる、渋い主人公が登場するのが定番であり、そんなキャラにはタバコと酒が漏れなく付いてくる。暗めのカウンターに座って、バーボンのグラスを片手にタバコの煙といっしょに吐き出す、渋い台詞が読み手を魅了する。

 ラブコメ系のラノベに例えるなら、主人公が偶然ぶつかった相手――物語のヒロインがロリ顔の割に胸が大きな美少女で、なぜか片手でその胸を鷲づかみにするといった、不自然極まりない描写のようなもの。


 男性の五人に四人が喫煙者だった頃は、男性キャラがタバコを吸う描写がないことで読み手は違和感を覚え、さらに、喫煙の描写は物語を盛り上げるのに効果があり、読み手を重要パートへいざなう演出を担ったりしたのだろう。


 しかし、現在は、タバコの描写が「マイナスのイメージ」として用いられることが多い気がする。

 理由は簡単。喫煙に対する世論の見方にマイナスのイメージが付いて回るから。非喫煙者が六割以上を占め、喫煙者の肩身が狭くなっている現状を考えれば当然だと思う。


 かく言うボクも非喫煙者であり、どちらかと言えば、嫌煙家の部類に入ることから、喫煙に対してマイナスのイメージを持っている。

 ボクの小説中、タバコが悪者の附属物アクセサリーとして用いられるのはそのためだ。


 商業作家は仕事柄、ヘビースモーカーが多いみたいだけれど、彼らが生み出す主人公はヘビースモーカーとは限らない。

 なぜなら、読者が主人公に嫌悪感を抱いて感情移入できなければ、その作家は食べていけないから。よく「商業作家は書きたいものが書けない」と言われるけれど、まさになのだろう。


 優れた書き手の文章は、その情景描写により、読み手の脳裏に素晴らしい情景を映し出す。まるで映画でも見ているような気分にさせる。

 それだけに、そんな書き手が喫煙シーンに力を入れるのは勘弁して欲しい。煙が目の前に流れてきた気がして、思わず咳き込みそうになるから。読み進めて行って、同様のシチュエーションに出くわしたら、たぶん読むのを止めるだろう。


 大袈裟と言われるかもしれないけれど、それは、三つ星のレストランで食事を楽しんでいたとき、突然、テーブルの上にが現れたときの心情と似ている。

 生理的な不快は、プラスの評価を瞬時にマイナスへと変えてしまうもので、コントロールするのは極めて難しい。


 小説におけるタバコは、某害虫とは異なり百パーセント近い人が忌み嫌うものではない。ただ、六割以上の者が喫煙についてマイナス寄りの印象を抱いている事実は押さえておくべきだと思う。

 良かれと思って書いたものが読み手の興味をぐことで作品の評価が落ちるのは、とても悔やまれるから。


 なお、今回はタバコを取り上げたけれど、こういった要素は他にも存在する。

 書き手として、作品が本筋とは別の部分で評価を落とすことのないよう、注意を払っていきたい。作品が可哀想だから。



 RAY

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