★Interlude3(幕間)★
ある日の放課後、ブラックボードの前に立ったボクは、鼻歌を歌いながら頭に浮かんだものを形にしていた。
描いていたのは、人間の女の子の顔をした、チャーミングな熱帯魚。
当時話題になった、人面魚とポケベルを用いたそれは、何かの拍子に飛び出す駄洒落のようなもので、作品と言うより落書きと言った方がしっくりくる。ただ、いつものことながら、そんな落書きの存在がとても心地良く思えた。
珍しいことに、その日、教室にいたのはボク一人。いつものメンバーは、それぞれ何かしら用事があって、別の教室へ行ったり帰宅したりしていた。
短いチョークを右手でポンポンと放り上げながら、目の前の落書きをどう料理するか考えていると、背中に誰かの視線を感じた。
振り返ったボクの目に、赤いランドセルを背負った、一人の女の子の姿が映る。教室の入口の柱の陰からジッとこちらを眺めている。
彼女の名前は、
親切心から努めて話し掛けるようにしていたクラスメートたちも、コミュニケーションを取ろうとしない磯本さんの態度にうんざりしたのか、自然と距離を置くようになった。かく言うボクも彼女のことを奇異な目で見ていたのは否めない。
目が合った瞬間、磯本さんは、気まずそうな表情を浮かべて、逃げるようにその場から立ち去ろうとする。
「磯本さん、待って!」
静まり返った教室にボクの声が響く。思わず大きな声が出た。
足を止めた磯本さんが一呼吸おいてゆっくりとこちらを振り返る。視線を合わせないようにしてオドオドしている。
「よかったら、いっしょにやらない? 好きなものを描いてお話するの」
ボクの一言に、磯本さんは、目を丸くして
「オラと話すで……ぐれるのか?」
磯本さんの口を突いたのは、東北
その瞬間、ボクは、磯本さんがクラスメートと会話をしなかった理由を理解した。
うんうんと頷きながら、ボクは礒本さんに笑顔で言った。
「もちろんだよ。ここは、授業中は先生のものだけれど、休み時間や放課後はボクたちに開放されているの。好きなものを描いたり好きなことを話したりできる場所。誰にも遠慮することなんかないよ」
「
無邪気な笑顔を浮かべる磯本さんに、ボクは、ほとんど使われていない、白いチョークを差し出す。
磯本さんは、まるで大切な何かを受け取るようにチョークを手にすると、ボクの描いた熱帯魚をジッと見つめた。
「もすかすて、これは人面魚だか?」
「そうだよ。ポケベルを持った人面魚の女の子。おかしいかな?」
「
「そうなんだ。じゃあ、何かアドバイスしてくれない? ここをこうした方がいいとか」
ボクの問い掛けに、磯本さんは、眉間に皺を寄せて唇を尖らせると、腕を組んで考える仕草を見せる。重大な決断をするときのような真剣さが身体中から滲み出ている。たぶん彼女は純粋で根が真面目なのだろう。
しばらくのシンキングタイムの後、磯本さんは大きく頷く。そして、その日一番のはっきりした口調で言った。
「山形の人面魚は竜の遣いだど言われでっがら、もう少すカッコよぐすた方がいいがもな」
「へぇ~目から鱗。竜だけに……。じゃあ、こんな感じでどうかな?」
首を二度三度縦に振りながら、ボクは、赤色のチョークをアイライナーに見立てて熱帯魚の目の周りを縁取る。そして、ピンク色のチョークで口元に鮮やかなルージュを引いた。
「どう? お洒落でカッコよくない? 人面魚ちゃん」
「
「あははは! そんなこと言われたの初めてだよ。磯本さん、ありがとう……。ボクの名前は〇〇〇〇。RAYでいいよ。みんなもそう呼んでるから。じゃあ、今度は磯本さんが何か描いてみて。もう少ししたらみんなも戻って来るから」
「よろすくな、RAYちゃん。でも……オラの言葉聞いでクラスのみんなは笑ったりすねがな?」
磯本さんは、憂いを帯びた視線を足元に落として小さくため息をつく。
そんな磯本さんの両手を、ボクの両の手がしっかりと握り締める。
「大丈夫。そんなこと気にしないよ。だって、その言葉は、磯本さんの磯本さんらしさなんだから」
磯本さんがゆっくりと顔をあげる。笑顔の中で大きな黒目が微かに揺れている。
ボクは、彼女の笑顔に飛び切りの笑顔で応えた。
「ここはね、みんなが仲良くなれる場所なの。本当の自分を出すことでね」
RAY
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます