第66話 手を繋いだ戦争

翌日はよく晴れた。日が昇る直前まで雨が降り続いたせいか、地面はまだ濡れたままで、髪も肌に張り付くような濃密な湿気に包まれていた。玉の汗に肌を湿らせる俺の膝の下で、青々とした草花は朝露のスパンコールで身を飾って輝いていた。




「さあ、最後の坂だ。頑張って登るぞー」




キンギョが言いながら額の汗を拭い、沢山の花を持っているのをよっと抱え直した。俺はえんじ色の小箱を握りしめて目を細め、芙蓉は車椅子を押し上げるため膝を曲げ腰を低くした。前方には傾斜は低くても長い坂が待ち受けていた。




蝉の鳴き声も夏の情緒に拍車をかける。遠くに揺れる陽炎が、朦朧とした意識を表しているようで、揺さぶられまいと俺は極力足元を注視するようにした。




キンギョはこの夏の暑さによく似合う空のように青い地にハイビスカスを描いたアロハシャツ。芙蓉は撫子色のノースリーブワンピースを身にまとい、キャップをかぶって狐耳を隠していた。




車椅子を押す傍ら石の和傘を差してくれており、俺のために日陰を作ってくれていた。さも当然のようにやってのけるが、芙蓉の限界は何処やら。今度筋力テストでもさせてみようかと半ば本気で考えた。




キンギョに至ってはいつもどおりだが、こちらはおしとやかそうで、活発そうな。アンバランスな魅力があった。髪型は俺とお揃いで、ひとつ結びした髪をくるりんぱして簡単にアレンジしたものにしている。長さが芙蓉とぜんぜん違うから、同じ髪型には見えづらいけど芙蓉はこれが良いらしかった。




人通りの少ない道をじりじりと進む。時折裏道を見つけて曲がり、日陰を選んで進む。さながら猫の散歩道を辿るようだ。




猫はいないが、カラスはいる。人を見つけるなりけたたましく鳴いて、細い道を器用に飛んで去ってゆく。一本黒い羽根を残してゆくのが、案内のしるべのようだった。




真空コンクリート工法で舗装された道の上を車輪が抜けるたびに体がかたかたと揺れる。電車に乗っているような眠気を誘う一定のリズム。暑さを除けばいっそ目を瞑ってしまいたくなる。




カーブを過ぎて開けた場所に出ると、キンギョが着いたよと芙蓉に言った。




丘のほぼ頂上といったあたりで、おそらく見晴らしがよかったろう。しかし眼の前はねずみ色の石の柱が乱立して景色を遮っていた。




既に踏み倒された雑草を更に踏み倒しながら、その先は俺が指差し前進する。いくつか花が供えられた石柱をすり抜けると、その場には俺以外にも先に何人か訪問者が居り、ひと目見た限りでは年配の老人がほとんどであった。




すれ違いざまに杖をついた、すっかり腰の曲がっている老婆に声をかけられた。擦れて傷んだ巾着袋を下げていた。




「あら、若いのにお墓参り? 暑い中ご苦労さま」




「今年は例年より暑いそうですから、今からお彼岸が待ち遠しいです。これからお帰りですか?道がぬかるんでいるからお気をつけて」




「まぁ、ご親切にどうも」




特に知り合いというわけではない。お互いは見ず知らずの間柄だが、この場では自然と人を労る言葉が口をつく。




空いた穴を埋めあうような、生きている者同士の気力の分け合いのような。一瞬の理由のない会話にも、意味はあるのかもしれない。




今の老婆を最後に、墓場は自分たち以外に生者の気配を失った。




墓場というのは不思議な場所だ。俺にとって、心の落ち着く場所の一つであった。


理由がなくては訪れる機会などそうはないが、いつでも線香を供えれて、いつでも供養をできるけど、感謝とも悲しみとも言えない特別な気持ちを持って足を踏み入れるのが、その日を特別な日に仕立てるような気がした。




俺は東を指差し蛇口のある場所を芙蓉に伝えた。




「芙蓉、桶に水をいっぱい汲んできて。桶は柄杓と、蛇口の隣に重ねておいてあるから」




「ん」




急がなくてもいいのに、芙蓉は駆け足で向かっていった。




今日のために花と線香は4人分を用意していた。すべて死んだ家族に手向けるものである。芙蓉に力仕事は全て任せて、水を待つ間に先に目的の墓石の前に立った。




キンギョが手に持っていた花をいくつか供えたあと余った花を受け取り、代わりに俺は小箱を手渡した。中から線香を取り出し、ライターで3本ほどまとめて火をつけ、煙が上り消えるまでを見送ってそれを供えた。




もう一つ隣にも膝下より小さい墓があった。そこにも同じように花と線香を添える。小さい墓の前にはソフビの黄色いアヒルが置かれていた。




墓石には菊屋家の墓と彫られていた。後から芙蓉が目一杯水を蓄えた桶から中身をこぼしながら追いつく。その水をキンギョが花入れに柄杓で注ぎ、次に2つの墓石の頭から水をかけた。日照りが強いから、きっと喜んでくれていることだろう。




それから三人で姿勢を正して合掌した。俺は合掌が出来ないので目を閉じ頭を垂れるだけして哀悼の意を示した。頭を上げ、後ろを振り返ると、俺よりも長くキンギョと芙蓉は合掌をしてくれていた。




俺もここまで生きてきたけど、いよいよ来年も顔を見せに来れるか危うくなってしまった。近々あちらに逝くかも知れない。考えたくはないけれど心の中では葬儀の準備のこととか保険のこととか、後顧の憂いにやむなく気を割く。


意外と、ショックは大きいのかも知れない。この頃考えが後ろ向きな方向へ向いていた。




芙蓉とキンギョが顔をあげるのを見計らって礼を告げると、芙蓉は墓石と俺を交互に見てから質問した。




「ここはよもぎの親のお墓?」




「うん。父さんも母さんも一緒なんだって」




「よもぎは、菊屋蓬キクヤヨモギだったんだね」




「もう菜丘のほうが長いから、そっちの方が馴染んじゃった」




墓参りは毎年のことで、その時は必ずキンギョも一緒であった。




キンギョは前から世話になっていることもあるが、すっかり俺の姉貴分のつもりらしく、俺の両親はキンギョの両親であるも同然とかいう謎理論を持っている。キンギョの本当の両親は存命で達者であるというのに、小さい頃に世話になったのを今でも恩義に思っているとか。そんな尽忠を捧ぐ相手でもなかろうが、俺を憐れんでのことだと思って複雑な心中を抱えながらもありがたく捉えることにしている。




だからキンギョが参列することは恒例であるけれど、それ以外の誰かを連れてくるのは初めてのことだった。




「隣も菊屋ってある」




「そっちは妹」




「そっか・・・」




芙蓉は腰を下ろし、子供の目線に立つようにして小さい墓石にもう一度合掌した。




「神様に供養してもらえるなんて、すごいね。紫苑ちゃん」




キンギョは優しい声と悲しそうな瞳で言った。




俺は妹を名前しか知らない。生きていれば今頃は高校生か。どんな風に成長しているか、残っているのは赤ん坊の写真のみなので想像に頼るしかない。




けど、俺ですらこんな大勢に好意を向けられるのだから、妹はもっと美人になっていて、たくさんの友達に囲まれて、たくさん遊んで喧嘩や和解を繰り返して、有意義な毎日を過ごしたことだろう。




妹の分まで生きるなんてことも出来た気はしないけど、幸か不幸か冥土の土産話ならこの数ヵ月で増えすぎた。あちらに逝く暁には、一生分の絵本を持っていけそうだ。




「さてと」




それから芙蓉は俺の隣に足を揃えると、両親の墓石に正面を向いて深々と頭を下げた。




「はじめまして。よもぎの彼女の織上オリガミ・・・いや、幸峰宵陽浮世之詩季神サキミネヨイヒウキヨノシキガミです。よもぎにはいつもお世話になってます。名前の通り人間ではないけど、どうか私とよもぎの付き合いを許してください」




幸峰宵陽浮世之式神。それが、織上芙蓉の本当の名前らしい。




特に驚くことはなかった。霊らしからぬ名前であると違和感を覚えるには穏月様の言葉なくして叶わないほど鈍感であったが、もしやと思惑を巡らせば、織上芙蓉は偽名であると思い至るのは自然だった。




浮世之詩季神ウキヨノシキガミをもじって、織上シキガミ浮世フヨ。それから織上芙蓉と名乗るようになったのだろう。無茶なアナグラムだがその強引さが芙蓉らしい。




今更芙蓉が本名を偽っていたことについてはどうでもいいけど、できれば本当の名前があるのは話して欲しかったように思う。おおかた好きな相手が人間だから、人間っぽい名前で付き合いたいという打算のもとだろう。




だから芙蓉の名前については言及するつもりはなかった。どうせ芙蓉と言う名前が定着しているから、これからもそう呼ぶことに変わりない。




口の中で、もう一度思い出すというよりは覚えようとするように、芙蓉の名前を復唱した。




「それ、芙蓉ちゃんの本当の名前? 素敵だね。自然の温かみがあるみたいで、とても好きな響き」




俺の気持ちは、キンギョが代弁してくれた。




それはともかく、俺の両親の前でそう畏まられては、俺はどうして良いかわからなかった。芙蓉なりにけじめを付けたいということなのかも知れないが、嬉しく思う反面紅葉を散らす。頬をかきながら両親になんて顔向けするべきか考えていると、芙蓉は照れながら俺に言った。




「よもぎのご両親、なんて言ってるかな?」




俺は言葉に詰まった。






いや、奪われたのだろう。無邪気に言うが芙蓉のことだから、ひょっとしたら計算づくの言葉なのかも知れない。後ろ向きな考えをしている俺を叱咤激励するための呪縛は覿面で、命運というやつに肯定的だった定論は瓦解の兆しを見せた。




言いたい言葉は一つ、直ぐに浮かんだ。しかしそれを言うには決意が要った。




俺は芙蓉を大切にしたい。けど俺がもっと長い時を生きれたとして、それでも芙蓉は俺よりずっと老いるのを遅れるだろう。芙蓉は俺と一緒にいることが最大の幸せだと言ってくれるのだとすれば、芙蓉の幸せを奪うのもまた俺に他ならない。




俺が芙蓉の幸福を願うためには、方法は二つあった。一つは俺が長生きすること。もう一つは・・・




「芙蓉は、俺が死んだ後はどうするんだ?」




「あん? そうだなあどうしようか。そうだ、もしもよもぎが死んだら、してみようと思ってることがあるんだ」




芙蓉はあっけらかんとしてケラケラ笑った。








もう一つは、芙蓉に新しい恋愛をしてもらうことだった。








できれば後者を俺は望みたい。




俺は叶わないことを願わない。安く済むならより現実的な方を選択する。長生きできれば越したことはないが、なればこそ更に何百年とこの世界を謳歌するであろう芙蓉には、もっとふさわしい相手がいるはずだ。




なにより芙蓉はとてもいい霊だ。一人にしておくのは寂しすぎる。俺はひと夏の花火にすぎないのに、俺を忘れきれずに引きずられては死んでも死にきれない。




思い上がりだろうか。例えそうだとしても、最後に恋した人間が俺だったなんてそんなもったいないことはして欲しくなかった。




芙蓉は言った。




「私、よもぎのことを物語にする」




「ええ!?」




その告白に俺は息を呑み、キンギョは仰天する。青天の霹靂とはまさにこの事だ。芙蓉の口をついて出た言葉とは思えない、言わばそれは文明開化の瞬間に等しかった。この頃芙蓉が俺が読み書きする小説に関心を示していたのは、果たしてその野心があってのことだったのだろうか?




「どんなお話をかけるかわからないけど、私はお前をモデルに恋の物語を書きたい。お前と一緒にいられた時間はかけがえの無いものだけど、短すぎるから。時間がたつに連れてたぶん薄れていっちゃうだろう。だから私はお前のことを本に残して、一生忘れないようにする」




なにはともあれ芙蓉が空に語りかけるのを、俺は閉口して見てはいられなかった。




この女が何を出版したって預かるところではないが、俺を忘れる気がないと言うなら話は別だ。たとい死後俺を滑稽に語り継ごうが、言うに事欠いて非難轟々を雨あられのごとく書き連ねられるより、いない人間に恋を続ける残酷を強いる方が遥かに悪徳千万である。芙蓉の夢を応援する訳にはいかないと、何が何でも立ち上がった。右足しか使えないのだからよたよたと不安定な足取りだった。




「・・・・・辞めてくれよ、そんなこと。俺は芙蓉を占有したくて付き合ってるわけじゃない」




「占有? ・・・・ああ、お前まさかまた情けねえこと考えてるな」




そう言うと芙蓉は俺の頬をつまみ、そのままぎゅうと抓ってきた。




「いぎっ!いはい!いはいぃ!」




かなり手加減されているっぽいけどクソ痛い。もぎ取られるかという傷みに耐えかね芙蓉の手を払いのける。体の支えを失った俺はまた車椅子の上に膝を折った。傷む頬を擦りながら芙蓉を見ると、拗ねたように眉間にシワを寄せ、口をとがらせていた。




「今のはひどいぞ。さすがの私も傷ついた。かなり怒ったから言わせてもらうけど、よもぎ。今のはセリフはかなりクズいぞ」




芙蓉の言葉にキンギョも腕を組んで、うんうんと頷いていた。こっちはわかったようなフリをしているだけっぽい。




「オイラもどうかと思うよヨモギくん。謝ったほうが良い」




蔑むような視線を向けられ、俺は自分の思う以上の不快感を与えたらしいことを詫びた。




都合の良いことを言ってるのは事実だ。別れたくはないけど、俺とは別の男に心を開いて欲しいなんて、ひどく矛盾した話である。




「・・・・ごめん。けど俺はただ、芙蓉に幸せになって欲しいだけなんだ」




「言いたいことはわかるけどさあ...」




複雑そうに芙蓉は遠くを眺めた。言いたいことは山ほどあると言った面持ちだ。あー、えー、と言葉を探して、低い声で芙蓉は言った。




「一生よもぎだけを好きでいたらダメなのかよ」




とても嬉しい言葉だった。局面次第では舞い上がりそうなほどの幸せな告白。こんな自分に向けられる言葉としては最上位のものだ。




なんのことはない、ただのプロポーズであった。




それを俺は、どう受け止めるべきだろう。




芙蓉の気持ちを汲みたいが、刹那的な幸福のために後顧の憂いを甘受すると言うのを認めていいものか。




「ぽっかりと、胸に穴が空いちゃうよ」




俺はただただ、相手を想ってことを言った。そのつもりだった。




「なあ、穴が空くのが私だけだと思ってないか?」




「え...?」




「お前はどうなんだって言ってんだ。寂しくないのか?悔しくないのか?私がお前以外の誰かと付き合ってるのを見て、お前自身の心に穴を空けないでいられるか?」




「そんなの...そんな...そんな言い方ってないよ」




寂しいに決まってる。悔しいに決まってる。俺が好きになった女の子を自分以外の誰かが幸せにしている様子なんて、胸が締め付けられて、痛くて、苦しい。




芙蓉を誰よりも好きでいるのは俺だ。芙蓉に誰よりも好かれてるのは俺だ。なのに俺も芙蓉も報われない未来なんて認められるわけもない。俺だって・・・・








「・・・俺だって、幸せになりたい・・・。長生きして、芙蓉とずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっとずっと!幸せに生き続けたい!生きていたいよ!死にたくないよ!こんなに芙蓉が好きなのに、俺の足じゃ芙蓉の歩幅に合わせられないんだよ!」




自分の動かない足を力いっぱい叩いても、何も感じない。激情にまかせて何度も何度も叩くのに、神経の反射すら起こらない。まるでとっくのとうに俺は死んでいたのだと再認識させられるような結果に、感情的な悲涙を堪えられない。俺が芙蓉を幸せにして、幸せそうに笑う芙蓉が見たい。たったそれだけのことを他人に頼らなければならないのが情けなくて仕方なかった。








想いとは、言葉にしなきゃ伝わらないと言うけれど、言葉にしても伝わらない想いというのもあるのだった。特に『愛』は抽象を極めてる。家族愛ストルゲー隣人愛アガペー友愛フィリア恋愛エロス。どれもが、20年近く生きても俺には掴めていない。




俺に愛はわからない。マザー・テレサの言葉を何度音読してもそれは同じだった。




もともと日本人は愛なんて知らないのだ。日本じゃ明治時代まで愛という言葉は性愛という意味でしか使われてこなかった。愛という言葉、概念は外来語なのだ。その証拠に、万葉集の和歌には恋を歌うものはあれど、愛を歌うものは一つとしてないのだ。




俺に愛はわからない。だから、愛するなんて言葉は使えない。軟弱な男だとわかっているから、どんなに圧力をかけて抽出したって出涸らしのような言葉が出てくるのだった。






「でも、それでも好きなんだ、芙蓉! 人に恋してるお前がこの世の誰よりも好きなんだ! だから、誰よりも幸せになってほしいんだよ! あとちょっとしか一緒に居れない俺よりも、少しでも長く一緒に居れる誰かと幸せになって欲しいんだ!」




心からの叫びを、芙蓉がどう受け取ったか俺は知れない。ただひとりの女を最優先した恋の最果ての絶叫は・・・・






果たして芙蓉にはどうやら届かなかったらしかった。




「・・・・・・私も同じ気持ちだよ、よもぎ。」




芙蓉はふっと、慈母のように穏やかに笑った。




「私はね、あとちょっとしかこの世に居れないよもぎのために、最期まで付き添いたいんだ。死んでも寄り添いたいんだ。お前はそれを悲恋だと言うけど、それはそんなに虚しいことじゃないんだよ。お前と生きた時間は本物だし、死ぬほど好きだって証拠だろ。私みたいな獣畜生に愛を注いでくれたお前の想いは、私を幸せの絶頂に導くのにそう労はいらなかったぜ。そうだとも。私は幸せものさ。なんてったって、お前の家族に迎え入れられて、お前の最期を看取ってやれるんだから。ま、ほんのちょっと気が早いけどさ」






理屈は情熱の前では無力だ。人を動かすのはいつだって損得勘定よりリビドーだった。影が光源に触れられないように、夢追い人の足は掴めない。




こんな暴論に感極まってしまうなんて、言葉を操るものとしては名折れに肩を落とすところだと言うのに、流れ出る涙は、こみ上げる情熱は、言葉に余り、この言葉以外に伝えるすべを持たなかった。




癖で謝りそうになるのを堪えて、キンギョが見てるのも構わず、瞼を拭いながら言った。




「愛してる」




「うん、私もよもぎを愛してる」




芙蓉は俺を抱え込むようにして抱きしめてきた。母親が赤ん坊を抱えるように大事に、大事に包み込んだ。俺は芙蓉の胸の中で恋を謳う。




芙蓉を好きになって本当によかった。そう思っていると、キンギョが芙蓉を呼ぶのが隙間を縫って聞こえた。




「ヨモギくんのご両親からの返事。末永くよろしくだってさ」




それこそが、きっと愛情というものの本質だったのかも知れない。




「さて、雨降って地固まったところで墓参り続けようかー! あとひとりお参りする人が居るのを忘れちゃいけないぞヨモギくん」




キンギョが空気を入れ替えるように言うので、否応にも俺は思い出す。そのとおりだ。俺は俺の育ての親をまだ見舞っていない。




菜丘家の墓を、芙蓉にもう一度紹介せねばならなかった。

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甘恋い ー雨ときどき霊ー 水屋七宝 @mizumari

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