第一幕ノ十八 外道の詮議――気の乗らぬ提案


『いくら思案しても答えが出ぬ場合――そういう時は行動することこそが、解決への唯一の道筋ではないのかなぁ? 解決の糸口がほつれるのを待つより、その糸口をつかみに行く方が君達らしいとは思うよぉ?』

「う~ん……先生の前向き思考は結構なことですけどぉ……具体的にはどうすればいいのか、おわかりになっていらっしゃるのぉ?」


 楓の懐疑的な言葉に、お化け先生が高らかに笑ってそれに答える。


『当然さぁ。今まで通り、夜回りを続ければいいのさぁ』

「しかし、それだと外道と出会えるかどうかは時の運ってことになるのでは?」

『そう――だけど、我々には智恵がある。智恵をもってすれば、いかなる難題も、いずれは氷解していき、その氷解した難題から真実がにじみ出てくるというわけだねぇ』


 お化け先生のこの言葉に、蒼龍が不満げな表情でいつもの優しい口調に戻って言う。


「……お化け先生のおっしゃりたいことは察しているつもりですが……僕としてはあまり大手を振って賛意を示したくはありませんね」

「どういうこったァ?」

「ノータリンの犬畜生にゃあ、いつまでたっても、にゃ~んにもわからんにゃ♪」


 調子付けておちょくってくるタマに、やんのかコラァ?! とオオガミが噛みつく。そんな畜生二匹に楓が、ちょっと黙っててくれないかしらぁ? と一睨みをきかせば、畜生二匹、むむぅ……と唸って静かになったところで、先生、続きを、と楓が促す。


『つまりだねぇ。今回の辻斬りの下手人は、どういうわけか武芸者か武士しか狙っていない――ということは、それを逆手にとって罠をしかけることができるんじゃないかなぁ?』

「と、すると?」


 煉弥が問う。


『蒼龍君のツテを使って、御上にこのようなおふれを出させればいいのさぁ。“辻斬りの下手人が捕らえられるまでは、武士及び武芸者の夜歩きを禁ずる”っていうね。その後に、煉弥君が一人で夜回りを行えば――――向こうからおいでなさってくれるんじゃないかなぁ?』


 またしても室内に沈黙がおとずれる。渦中の煉弥、なんと言ったものかと一同の表情を見回してみる。


 複雑な表情の蒼龍。心配そうに煉弥を見つめる楓。にゃんが手を出せんとか気に入らんにゃと、ぷぅと頬を膨らませているタマ。気にしてないような素振りをしているが、その実、ひどく心配しているオオガミ。これしかないと思うよぉ? と決断を促すようなお化け先生。


 皆が自分の事を思ってくれているのだということを再認識し、少しの気恥ずかしさと、その皆の思いに応えてみせねばという思いが煉弥の心にひしひしと浮かんでくる。


「――それしか、ないようですな」


 そうつぶやく煉弥にオオガミがおどけた口調で続ける。


「それっきゃねえみてえだなァ。まあ、でもよォ。考え方ぁ変えりゃあサ。煉弥が今回の辻斬り野郎をとっ捕まえりゃあ、七年前のこともちったぁわかるってことだロ? そうとなりゃあ、煉弥も気合が入るってもんじゃねえカ!!」


 バシバシと煉弥の背中を叩くオオガミ。


「オオガミの言う通りだにゃ! いいか、レンニャ! あぶなくなった時は、すぐに頭の中でにゃんを呼ぶにゃ! そしたらにゃん達がすぐ助太刀にいくにゃ!」


 煉弥の腕に、ごろごろと喉を鳴らしながらすりつくタマ。


「そうよ、レンちゃん。危なくなったら、まずは自分の身を守ることだけを考えてね? レンちゃんは、楓さんの大切な子供なのだから……もし、レンちゃんの身に何かがあったとしたら……楓さん、自分でも何をするかわからないわよぉ?」


 よよよ……とすすり泣く真似事をしながら、物騒なことを口走っている楓。


「そうだね。いいかい、煉弥。君が傷つくことで、とても悲しむ者達がいっぱいいるのだと、常にその胸のどこかに抱いていておくれ。そうすれば、自然と、無茶をすることはないだろうからね」


 真っすぐと、煉弥の瞳を見据える優しい義兄。


「……ありがとう、ございます」


 そんな一同に、深々と頭を下げる煉弥。それを見届けたお化け先生、蒼龍に一声。


『余は余で、もう一度様々な記録や文書に目を通してみよう。まだ、隠れている事実がどこかにあるかもしれないからねぇ』

「わかりました。記録や文書の類は、全てこちらにお持ちするよう、手配をしておきます」

『すまないが、よろしく頼むよ。それに、おふれの件も、頼むよ』

「ええ……そちらのほうは、源流斎殿と共に手を打ってみます」

「じゃあ、行動は、そのおふれが出てから――というわけねぇ?」

「そういうことになりますね」

「じゃあその間、オレやタマはどうしてりゃあいいんダ?」

「にゃんは子分たちを使って、色々調べてみるにゃ」

「うん、タマはそうしてくれるかい? そしてすまないが、オオガミはおふれが出るまでの間、煉弥と代わって夜回りを頼まれてくれるかい? そうすれば、今回の辻斬りが七年前と同じかどうかを判断するための材料がもう一つ増えるかもしれないんだ。覚えているだろう? 七年前、特忍組が夜回りをする日は、絶対に辻斬りが起きなかったことを?」

「ああ、覚えてるゼ。ってことは、オレが夜回りしてる間に辻斬りが起こりゃあ、それこそ、今回と七年前の辻斬りは別人の仕業だってことになるってことカ?」

「そういうことだね」

「よし、わかっタ。オレに任せナ」


 トントン拍子に話が進んでいく中、煉弥が、


「じゃあ、おふれが出るまでの間、俺は何をしてればいいので?」


 この言葉に楓が、一声。


「ゆっくり、してなさいっ♪」


 有無を言わさず、といったような口調であった。


「……わかりやしたよ」


 渋々うなずく煉弥。そんな煉弥に蒼龍が、


「休養も仕事の一つさ。それに、ある意味で言えば、煉弥は今回の事件の鍵でもある。だから、その時までは英気を養っていてくれるとありがたいね」

『いくら気力が充実していても、身体がついてこなければ意味がないからねぇ』


 ひゅるりら~~と楓の身体にいやらしくまとわりつくお化け先生。なんというか、すさまじい説得力だ。


「よし――そうと決まれば、先生の言葉じゃないけど、早急に行動を開始するとしよう。各々の活躍に期待するよ」


 すっくと立ちあがり、足早に部屋から去っていく蒼龍。


「気が早いのねぇ。コクリも気の短い子だから、二人が上手くいってるか、楓さん心配だわぁ」


 ふぅとため息を吐く楓。ここでいうコクリとはだれのことかというと、コクリとは楓の娘のことである。そしてこのコクリこそ、蒼龍の嫁なのだ。ちなみに、蒼龍が足早に退散したのは、楓と顔を突きあわすたびに口癖のごとく、早く子供を作ってよぉ! とネチネチ言われることが理由である。


『では、余も八重君の部屋へと戻るとしようか』


 ひゅるりら~~~~と部屋から出ていくお化け先生。それに続き、


「にゃんもちょいと部屋に戻って昼寝をするにゃ♪」


 ふんふふ~~ん♪ と鼻歌交じりに出ていくタマ。部屋に残されたるは楓と煉弥とオオガミの三人。


「オレも夜回りがあるし、今のうちにちっと寝だめしとくっかなァ。部屋に戻るのめんどくせえし、ここで寝ていいカ?」

「ええ、かまわないわよぉ♪」


 パンパンと手を叩く楓。物陰から式神達が、なの! と現れ、あっという間に布団を敷く。オオガミが、おぅわりぃナ、と手をあげれば式神達も、なの! と手をあげて返して物陰へと帰っていく。


「じゃあ、ひと眠りさせてもらうゼ」


 布団の中にもぐりこむオオガミ。ものの数秒もせぬうちに、すぅすぅと寝息が部屋の中に響きはじめる。


「うらやましいくらい寝つきがいいっすよね、こいつ」

「寝顔だけ見れば、ただのかわいい女の子にしか見えないのにねぇ♪」

「いや、このケモノ耳は明らかに怪しいでしょう。それに尻尾もありますし」

「オオちゃんは化け術が苦手ですからねぇ♪」


 そんな他愛もない会話を幾度か交わしたところで、煉弥が立ち上がる。


「あら? どこへいくのかしらぁ?」

「ちょっと……厠へ……」


 そう言って部屋から出ていこうとする煉弥に、楓がぐさっと大きな釘を刺す。


「そんな見え透いた嘘はダメよぉ? はやる気持ちはわかるけど、せめて今日くらいはじっとしてなさい。レンちゃん、ここ二日続けての朝帰をりしているわけだから、タッちゃんの言う通り、休養をしなきゃダメよぉ?」

「しかし……」

「レンちゃん――楓さんや、皆のことが、信用できない?」


 そんなことを言われてしまえば、煉弥は何も言えなくなってしまう。信用していないなんて、そんなわけあるものか。


「耐えなさい。逸ってはダメ。今はただ、耐えなさい。もし、どうしても一人で耐えるのがつらいというのなら――楓さんの胸をお貸ししてあげるわっ♪」


 さぁ、どうぞっ♪ と胸をそらして両手を煉弥に向けて広げて見せバッチコーイ! と受け入れ態勢をとる楓。


「それはご遠慮しておきます……」


 丁重にお断りする煉弥。ガーンッ! とショックを受けたような素振りを見せ、よよよ……としんなりと畳の上にしだれかかる楓。


「そうよねぇ……。レンちゃんには楓さんのような年増なんかより、夢がいっぱい詰まった八重ちゃんの胸の中か、ああ見えて、実は意外とたゆやかな凛ちゃんの胸のなかのほうがいいわよねぇ……」

「どっちも、ご遠慮しておきます」


 口ではそう言っているが、楓の言う、意外とたゆやかな、という部分が気になってしまうイケナイ煉弥。見たことあるんですかい、楓さん。


「まあ……それなら、俺もちょいと仮眠をとることにしますよ」


 この煉弥の一言を待ってましたと言わんばかりに、身体に弾みをつけながらパンパンッと手を叩いて式神達を呼び出せば、式神達も心得たりというかのごとくいつも以上に、なの!! なの!! とはりきって布団を敷けば、敷かれた布団はオオガミの布団と接着せんばかりの近さ。


 良い仕事をしたの~~~♪ とでも言いたげに、さっさと物陰に帰っていく式神達を見送ったあと、煉弥が楓に一声。


「……何か他意を感じるんですがねぇ?」

「気のせいよぉ♪ 余計なことを考えずに、今はただゆっくりとお眠んなさいっ♪」


 うふふっ♪ とキツネ目いっぱいに細めて笑いかけてくる楓に、煉弥はため息を吐いた。


 まあ……しょうがねえか……。


 嫌な予感を抱きつつ布団に入った煉弥だが、やはり連日の朝帰りは煉弥が思っているいじょうに煉弥の体力を奪っていたと見え、煉弥もオオガミと同じような速さで安らかな寝息をたてることになってしまったのであった。

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