第二幕ノ二十五ガ下 松田屋へと赴く柚葉――出会う二人


 松田屋の前へときたところで、柚葉は松田屋の店先でウロチョロと右往左往しながら、考え込んでいた。


(う~ん……どうしましょう……。長次郎さんの文には、八重さんと一緒にってことだったのに、一人できちゃいましたし、夜に来てくれとあったのに、お昼過ぎにきちゃったし……)


 長次郎から文をもらえたということに、気分が高揚した勢いで松田屋まで来てしまったものの、いざ到着してみるといつもの冷静な柚葉に戻ってしまい、さあどうしましょうと女々しく悩んでしまっているのであった。


(う~ん……せっかくここまできたから、御挨拶だけでも……でも、それだと文にあった御約束を破ってしまうし……う~ん……)


 決断をしかねて、松田屋の店先で、あっちにうろうろ、こっちにうろうろする柚葉の背に、件の文の主からの声が投げかけられた。


「おや? 柚葉ちゃん、どうしたんだい?」

「ひゃっ?! ひゃいっ?!」


 びっくぅっ?! と大きく身体を跳ねさせ、慌てて振り向く柚葉。すると、その視線の先には、いつもの優しい柔和な笑みを浮かべている長次郎の姿があった。


「え、ええとっ!! あ、あのっ! そ、そのっ……!!」


 突然の邂逅かいこうに、わきゃわきゃと取り乱す柚葉とは対照的に、落ち着き払った素振りの長次郎が柚葉に問う。


「お早い、お着きだね」

「あっ……そ、そのぉ……ご、ごめんなさい……」


 しゅぅ~ん……と小さくなって謝る柚葉だが、そんなことなど意に介してなどいない様相で長次郎が話を続けた。


「それで、もう一人の娘さんは、どうしたんだい?」

「え、え? あ、は、はい、八重さんは松竹屋で少しお休みになっておられます」

「ふ~ん――そうかい、そうかい。ところで、柚葉ちゃん――ここに来ることを誰かに話したりしてないかい? それに、御店を出る前に、誰かに見られたりはしてないかい?」

「あ、は、はい。多分誰にも見られてはいないと思いますが……」


 なんでそんなことを聞くのだろう? と柚葉が小首をかしげた時であった。


「そうかい、それなら――よかったッ!!」

「え――――?」


 突如として声を豹変させた長次郎の右拳が、柚葉の脇腹へと突き刺さる。


「う……ぐぅっ……!!」


 か細いうめき声を一つ上げ、柚葉がくったりと気を失い、それを長次郎が受け止める。

 辺りをキョロキョロと見回す長次郎。辺りに人がいないのを確認したところで、いつもの柔和な笑みを引っ込め、代わりに醜い下卑た笑みを浮かべた。


「よかった、よかった――これで、上尾も喜んでくれる……」


 長次郎は柚葉を御姫様抱っこにして抱え上げ、そのまま忍び足にて松田屋の離れの倉庫へと向かうのであった。

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