第二幕ノ二十五ガ中 集う面々――割り振られる役割


「目覚めの気分はどうだい、煉弥?」

「……いや、なんつうか、人生最悪の目覚めですね」


 蒼龍の質問に、両の頬に見事なまでに真っ赤な平手打ちの跡がついた煉弥が、意気消沈とした声で答えた。


「何か私に言いたいことでもあるのかッ?!」


 背後から襲い掛かってくる凛の怒声に、煉弥が大きく身体を震わせる。


「いっ?! いや、べ、別にそういうわけじゃねえよ!!」


 結局、凛は蒼龍からの任務をこなすことができなかった。いや、なんとか頑張ろうとしたのだが、あまりにも周囲に人が多すぎたため、凛の羞恥心がそれに耐えきれなかったのだ。

 恥ずかしさで沸騰した凛は、ぶっ倒れてる煉弥の胸倉つかんで引き起こすなり、


 ――さっさと目を覚ませッ!! この痴れ者がッ!!


 と、一喝と共に耳をつんざく破裂音が響き渡るほどの、強烈な往復ビンタを炸裂させたのだ。


「僕からは言いたいことがあるんだけどねぇ?」


 任務を遂げることの出来なかった義妹を、蒼龍が不服そうに睨みつける。


「うッ?! そ、そそその……そ、それは……」


 たじたじする凛の横で、無表情の小袖がぼそりとつぶやく。


「……怒られても仕方ない……凛ちゃまが悪い……」

「キサマがそれを言うかッ!! 元をただせば、キサマが不義をそそのかそうとしなければ――――」


 キッ!! と目を吊り上げて怒鳴る凛の声を打ち消すように、蒼龍が大きな咳ばらいをひとつした。

 その咳ばらいをうけ、凛は、うぐぐ……!! と歯を食いしばって悔しそうな表情を浮かべながらも、不承不承といった様相で、その場に座り込んだ。その際に、小袖の口角がわずかながらも上がったことを、蒼龍は見逃さなかった。

 やれやれ……体のいい玩具にされてるようだね、凛は。

 義妹の不憫な身の上に多少の同情を覚えつつも、蒼龍は皆に号令をかけた。


「さて、お遊びはここまでにして――今後の打ち合わせに入ろうじゃないか?」


 一同を見渡す蒼龍に対し、一同が頷いて見せた。すると、オオガミが早速口火を切る。


「タマはどうすんダ?」

「タマさんに関しては、私がご説明をさせていただきます」


 双葉がそう言うと、一同の目が双葉に向く。双葉は一同に軽く一礼をして、説明を始めた。


「タマさんには、柚葉と八重さんの警護をお願いしてあります。そしてその際には、吉原のネコたちも協力してくれることを約束していただいております」

「じゃ、八重たちに何かしらの異変が起こったら、アイツが知らせてくれるようになってるわけなんだナ?」

「そういうことでございます」

「ふむ、それなら八重たちの方はひとまず安心だね。じゃあ、僕たちは僕たちでそれぞれの役割を確認していこうじゃないか」


 蒼龍の少し圧のかかった口調に、一同は気を引き締めつつ蒼龍の方へと目をやった。


「さて、まずは煉弥だけど――――」

「――はい」


 威儀を正し、いつものめんどくさそうな態度を引っ込め、仕置き人としての引き締まった表情を見せる煉弥。それを見て、ほんのり頬を染める凛。


「……凛ちゃま……かわいい……」

「や、やかましい……ッ!!」


 イジってくる小袖の膝を、びしっ! と叩く凛に対し、蒼龍が少し静かにしてろという冷ややかな視線を注ぐ。うっ……と凛が黙ったところで、蒼龍が煉弥への指令を告げた。


「煉弥は、ここで僕と双葉と待機だよ――ああ、それと凛もここで待機だ」

「ま、そうだとは思ってやしたが……」


 チラリと凛に視線をやる煉弥。


「あいつもなんですかい?」

「仕方ないだろう。来てしまった以上、追い返すわけにはいかないじゃないか。それにここで追い返してしまうと、下手人たちに妙な警戒心を抱かれかねない。ほら、凛は有名人だろう? なんで松竹屋から凛が出てきたんだって、妙な噂話が立ってしまうのはちょっといただけないねぇ」

「そりゃあ、そうですが……」

「なんだキサマッ!! 私がここにいることが不服なのかッ!!」


 凛が目を吊り上げて一喝すると、蒼龍と煉弥が凛の方へと振り向いて、


「ああ、不服だ」

「不服だねぇ」


 と、ジト目を向けて声を揃えて言った。


「う……ぐ……」


 そもそも蒼龍との約束を破ってここいる凛に、反論などできようもない。凛はばつの悪そうな顔をして押し黙ってしまった。すると、横で小袖がちっちゃな声で、


「……自業自得……」


 と呟いた。


「なっ、なんだとッ?!」


 キッ!! と目を吊り上げて小袖を見る凛を、大袖が、


「ほらほら。さっき蒼龍に釘刺されたばっかやろが凛嬢。ちぃとだまっちょき」


 どうどうと諫める。一瞬、何かいいたげな様子を見せた凛だが、それを引っ込め、不承不承といった感じで押し黙った。すると大袖は、今度は小袖に向かって、


「小袖もいいかげんにしちょき。話が進まんっちゃ」


 とめんどくさそうに言って、小袖のおかっぱ頭を、ぺしんっとはたいた。


「……ごめん……」


 はたかれた衝撃で、首振り人形のように頭を上下に揺らしながら、小袖が珍しく謝罪の言葉を吐いた。本人なりに、多少は罪悪感があるらしい。


「まあ、ともかく、凛もここで待機だ、いいね?」

「か、かしこまりました……」


 蒼龍に向かって、畳に額をくっつけるほどに深々と頭をさげる凛。その後ろから、大袖が蒼龍に問いかけた。


「あたきと小袖はどげんするとか?」

「二人は周囲の警戒に努めてくれ」

「周囲っち、どげんくらいの距離を言うちょるんか?」

「大袖は松竹屋の上から辺り一帯、小袖は吉原全域だ」

「……どうして……小袖だけ警戒範囲が広い……?」


 ひょこっと無表情で小首をかしげる小袖に、蒼龍がふんっと鼻を鳴らしながら言った。


「罰だよ。それに小袖ならできるだろう?」


 まあ、そうやのう!! と大袖が大声で笑ってる横で、明らかに不服そうな雰囲気を醸し出す小袖。そんな小袖に、蒼龍が少々声に圧をかけて、


「なんだい? 何か申し立てでもあるのかい?」


 睨みをきかせて言うと、小袖は小さくコクリと頷いて呟いた。


「……わかった」


 小袖の表情は相も変わらず無表情のままだが、醸し出す空気は明らかに不満たらたらといったものだった。それを察した蒼龍が、吐き捨てるように小袖に言う。


「エンコと一緒に行動しろと命令しないだけ、マシだと思ってほしいねぇ」

「はっ?! ちょ、ちょ、ちょっと?!」


 いきなり矛先を向けられたエンコが、それだけは勘弁してくれと蒼龍に詰め寄ろうとするが、双葉がエンコを制した。


「よく聞きなさい、エンコ。北条様は小袖さんと貴方が一緒に行動しろと言っているわけじゃないでしょう?」

「え? そ、そうなの?」

「当たり前だろう。お前と小袖を一緒に行動させるなんて、そんなふざけた命令を僕が出すわけないじゃないか」

「よ、よかったぁ……」


 よっぽど小袖との因縁が深いのだろう、心底安堵した素振りを見せるエンコに、蒼龍が言葉を付け加えた。


「ただし、今のお前は一応抜け忍だということを忘れてくれるなよ? 抜け忍に対する掟は――――」

「抜け忍は……死の掟……その時は……小袖がやる……」


 小袖が蒼龍の言葉を引き継ぎながら、じとぉ~っとした目つきでエンコを睨みつける。睨みつけられたエンコはびくぅっ?! と仰々しく飛び上がって、必死に二人に訴えかけた。


「そっ、そんなこと言わないでよぉ!! アタシとあなたたちの仲じゃなぁ~~いっ!!」

「そう……小袖とお前の仲だから……殺す……」

「そんなド直球で脅しにかからないでよっ!!」

「僕としてもズタズタに引き裂いてやりたいところだけどねぇ」

「そ、そんなぁ……!!」


 ガタガタと涙目になって震えるエンコの姿は、まさにまな板の上のコイといったところだ。すると、双葉が吹き出しながらエンコに助け舟を出してやった。


「まあ、まあ。御二方の気持ちはわからないでもないですが、今日のところは私の顔に免じて、エンコを御見逃ししてくださることはできませんでしょうか?」


 双葉の願いをうけ、うぅ~むと考え込む蒼龍と小袖。ここまで蛇蝎だかつのごとく嫌われているエンコに、さすがの煉弥も少々エンコが哀れに思えてきたところで、蒼龍がため息交じりにこう言った。


「そうだねぇ。今はそれどころじゃないし、今日のところは目をつむることにするよ。いいね、小袖?」

「……仕方ない……」

「ほ、ほんとぉ?」


 疑り深そうな表情でエンコが蒼龍に問いかけると、蒼龍が悪い笑みを浮かべながらエンコに言った。


「言っとくけど、今のとこは、だからね?」


 うんうんと小袖が小さく何度も頷いて同意する。するとエンコが肩を大きくすくめながら、


「まあ……今だけだったとしても、感謝するわ……」


 と、半ば諦めの入り混じった口調で言った。


「ところで、エンコに何か御役目はございますでしょうか?」


 双葉が聞くと、蒼龍がめんどくさそうに手を振りながら言った。


「好きにしてくれていいよ。どうせ頼んだってまともに聞かないだろうし、そもそも論、エンコはもう僕の部下じゃないんだからね」


 皮肉たっぷりな蒼龍の言い草に、双葉が苦笑いを浮かべる。


「だ、そうですよ、エンコ。よかったですね」

「……よかったと言っていいのかしらねぇ」

「ま、もしお前が少しでも僕らを手伝う気があるのなら、タマの補助にでもまわってくれるとありがたいね」

「だ、そうですよ、エンコ?」

「わ、わかったわよ……お手伝いさせていただきます……」


 これら一連の流れを見ていた凛が、すすっと煉弥ににじり寄って小さい声で耳打ちをする。


「……あのエンコという御仁はいったいどれだけのことをしでかしたのだ?」

「……俺が知るかよ。ただ、タツ兄があれだけ嫌ってるところを見ると、よほどのことをしたんだろう。知らぬが仏だ。タツ兄がキレたら楓さん以上にヤバイことはお前も知ってるだろ?」

「……そ、そうだな」


 ひそひそ話をしている義弟と義妹の姿を眼にとめた蒼龍が、二人に向かって言った。


「なんだい? 何か意見でもあるのかい?」

「べ、別にないっすよ」

「い、いえいえつ!!」


 そろえて顔を振る義弟と義妹の姿に、少々蒼龍が首をかしげながらも、そうかい、それならいいんだ。と漏らしたところで、今までずっと黙って聞いていたオオガミが蒼龍に問うた。


「で、オレはどうすりゃいいんダ?」

「オオガミは大袖と――――」


 と、そこまで口にしたが、じわっ! と涙目を浮かべるオオガミの姿に、寸でのところで危険な臭いを察し、言いかえた。


「オオガミは小袖の補佐を頼むよ。下手人以外のところで妙な動きがないか、見落としのないようにしてくれ」

「お、おウ」


 オオガミが手で涙をぬぐいながらそう答える。わ、わりぃな蒼龍、気ぃつかわせてヨ。いいってことさとアイコンタクトを交わしたところで、蒼龍がまとめにかかりはじめた。


「よし、それじゃあそれぞれの役割は把握したね? 後は、決行の時の流れだけど、それに関してはタマの合図をきっかけに、大袖、小袖、オオガミからタマに合流し、下手人の捕縛をおこなう。もし、下手人がこちらの予想以上の抵抗や力を持っていた場合には、煉弥と凛も補佐に入るんだ。双葉は非常事態が起こった時のために、ここで僕と待機だ、いいね?」

「――かしこまりました」


 三つ指をついて蒼龍にお辞儀をする双葉。だが、蒼龍は双葉がお辞儀をするまでに、一瞬の間があいたことがひっかかった。

 まあ、納得はできないだろうね。吉原のことは、吉原の者で。それに、いわば今回の事件は、己に勝手に惚れ込んでいた仇敵の起こしたもの。身から出た錆。可能ならば、自分で決着をつけたいところだろうからねぇ。

 ふぅ、とため息をひとつつき、蒼龍が一同を見回して言った。


「さあ、後は下手人がこちらの罠に思う通りにハマってくれればいいのだけど――――」


 と、蒼龍がこぼしたその時だった。タマが部屋の格子窓から飛び込んできて、コロコロコロコロと部屋の真ん中へと転がってきた。そして部屋の真ん中へときたところで、ぼむっ! と幼女の姿となって蒼龍に言った。


「下手人に動きがあったにゃ――――」

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