第二幕ノ二十五ガ結 タマの報告――動き出す者たち
「それで? どういう状況なんだい?」
蒼龍が部屋の中央にちょこんっと座っているタマへと聞く。タマはネコひげをぴくぴくと動かしながら答えた。
「長次郎から文がきて、それを柚葉が見て、柚葉が一人で長次郎のところへ向かったにゃ。八重はまだ下で寝てるにゃ」
「ふむ……いくつか聞きたいことがあるのだけど、まず確認しておきたいことが一つ。その柚葉という娘には、警護がついてるんだろうね?」
「うむ。吉原のネコたちが監視についてくれてるにゃ」
「それは監視だろう? 僕が言っているのは警護なんだが……まあ、いいだろう。下手人たちの元へ行ったのならば、警護の者がそばにピタリと張り付いているわけにもいかないしね」
すると、双葉が口をはさんだ。
「たしかにそれはそうかもしれませんが、いきなり柚葉に害がなされるようなことはありませんか?」
心配そうにする双葉に、タマが自信アリアリな口調で、
「それはないにゃ。いくらなんでも、こんな真昼間から事に及ぶとはちと考えにくいにゃ。それに、長次郎の文には、八重と一緒に来て欲しいと書かれてあったから、きっと二人揃わないと事に及ぶつもりはないと思うにゃ」
「そう――ですね」
うむ。心配するにゃ! と、ネコミミをぴこぴこ動かしながら胸を張るタマに、今度は煉弥が口をはさむ。
「まあ、確かにそれはお前の言う通りかもしれねえが、俺としてはちと気になることがあるんだがな?」
「なんだにゃ?」
「その長次郎の文ってのは、長次郎本人が柚葉って娘に渡したのか?」
「それは違うにゃ。松竹屋の娘に渡して、その娘が柚葉に渡したんだにゃ」
それを聞いた煉弥が顔をしかめた。
「なあ、それってちょっとまずくねえか?」
「どういうことにゃ? 何がまずいにゃ?」
「だってよ、今まで下手人たちは、アシがつかないように陰でコソコソ事件を引き起こしてきたわけだろ? それなのに、今回は堂々と他の娘に手紙をことづけて届けさせるなんざ、ちょっとおかしかないか?」
この指摘に、タマが、はっ?! とした表情を浮かべた。
「たしかに、レンニャの言う通りにゃ」
すかさず双葉がタマに質問をぶつけた。
「タマさん、柚葉に手紙を渡した娘とは、どんな娘でしたか?」
「ええっと、たしか……」
タマは覚えている限りに娘の人相を双葉に説明すると、双葉は小さくうなずき、エンコに向かって言った。
「エンコ、
「ええ、あのちょっと噂好きの可愛い娘でしょ?」
「そう、その和葉です。エンコ、貴方には手数をかけますが、今すぐ和葉を警護してくれませんか」
「はぁ? どうして――――」
と、エンコは懐疑的な口ぶりでそこまで言ったところで、その表情を引き締めた。
「――そうね。そうすることにするわ」
「手間をかけますね」
「いいわよ、アタシとアナタとの仲じゃない。それで、長次郎が和葉にもう一度接してきたらどうするのぉ?」
「すぐにタマさんに知らせて、とりあえずは様子を見てください。ただし、害をなそうとしたら、その限りではありません」
「かしこ――それじゃあ、早速行くわ――――」
エンコはそう言うが否や、己の姿を空気中に溶かすように消しながら、部屋から出ていった。それを一同が見送ったところで、蒼龍が話を続ける。
「しかし、どうだろうね。長次郎――いや、季長は、もう隠す気などないってことかな?」
「それか、自暴自棄になってるんじゃねえカ?」
オオガミがそう言うと、大袖が渋面を作った。
「もし、そうやったら、その和葉っち娘にも手を出しちくるかもしれんっちわけか」
「ええ――ですから、エンコに和葉のことをお願いしたのです」
「さすが双葉……決断が早い……」
「そうでなきゃ、この吉原で一旗揚げることなんてできやしないよ」
お褒めにお預かりましてと頭を下げる双葉。双葉が頭を上げたところで、一同の中では一番の新参者である凛が、蒼龍に直球の質問をぶつけた。
「こちらから打って出るわけにはいかぬのですか?」
「気持ちはわかるけど、僕たちはそうやって軽々に動くわけにはいかないんだよ」
「ですが、その長次郎とかいう者が下手人であるということは、ほぼ確実なことなのでしょう?」
「そう、“ほぼ確実”であって、“確実”じゃないんだよ」
「そ、それはそうですが……」
納得いきませぬと
「あのな、凛。俺たち仕置き人っていうのはな、妖怪を相手にしてるんだぜ」
「そんなことは言われなくてもわかっているつもりだ」
ムッとした表情を浮かべる凛に、煉弥が少し語気を強めて言う。
「い~や、わかってねえな。妖怪を相手にするってことは、常識なんざ通用しねえってことを理解してなくちゃいけねえ。例につかっちゃ悪いかもしれねえが、さっきのエンコって妖怪を見てみろ。完全に姿を消しちまうことが出来るんだぜ? だから、エンコがその気になれば、てめえは姿を消して人間を殺すこともできるし、あまつさえ、その罪を他の人間になすりつけることもできるってことだ」
「む……そ、それはそうかもしれぬが……」
うろたえる凛に、今度は蒼龍がたたみかける。
「だから、妖怪仕置き人は、下手人を現行犯で仕置きしなきゃいけないんだ。煉弥の言うように、もし、罪をなすりつけられた者を誤って仕置きしてしまったりすれば、それこそ下手人の思うつぼになってしまうし、それがキッカケとなって新たな事件を引き起こすかもしれない。だからこそ、慎重にならざるを得ないんだよ。わかるね、凛?」
「…………」
複雑な表情を浮かべる凛。するとタマが、小さな胸を反らせながら凛に言った。
「おみゃ~の気持ちもわかるにゃ。現行犯で仕置きするってことは、その分、一般人が下手人によって被害を受けてしまうかもしれない可能性はあるにゃ。だけど、その可能性を限りなく零にするのも、にゃんたちの仕事にゃ」
「そういうこった。だからこそ、俺たちの御役目は、責任重大なんだよ」
煉弥から強いまなざしで見つめられ、凛は己の不明に気づき、恥じた。そして蒼龍へと身体を向け、深々と頭を下げた。
「……非礼と無知をお詫びいたします」
「あ~いいよいいよ。これから少しずつ学んでいってくれればいいさ」
手を振りながら言う蒼龍。ありがとうございます、と凛が頭を上げたところで、タマの表情が緊張したものへと変貌した。それをめざとく見つけたオオガミが、タマに聞く。
「なんかあったのカ?」
オオガミからの問いに、タマは顔をしかめながら答えた。
「吉原のネコからの報告にゃ。柚葉が長次郎に捕まったそうだにゃ」
「柚葉の身に危害は加えられていないのですか?」
双葉が気をもみながらタマに問うと、タマは小さく頷いた。
「うむ。離れの物置に閉じ込められてるらしいけど、今のところ特に危害を加えられるようなことはなさそうらしいにゃ」
「そうですか……」
ほっと胸を撫でおろす双葉。
「ともかく、にゃんはこれから柚葉の近くで柚葉を警護することにするにゃ。何かあったら、すぐに皆に知らせるにゃ。すぐに動けるようにしておくにゃ」
「ああ、わかった。頼んだよ、タマ」
うむ。と自信満々な口調でタマが答えると、タマはぼむっ! とネコの姿に戻って部屋の格子窓から飛び出していった。そのタマの背中を、少し不安そうな表情で見つめていた双葉に、蒼龍が優しい口調で言った。
「大丈夫さ。タマなら必ず護ってくれるよ」
「ええ……そう、ですね」
「じゃあ……小袖も行く……」
すっくと音もなく立ち上がる小袖に、オオガミも続く。
「オレもいくゼ。ま、厄介な事にはならねえだろうけど、もしもの時の後詰は頼んだからナ」
「おう、頼りにしてんぜ。しっかりやってこいや」
言われるまでもねえヨ! と自分の腕をがっ! とクロスさせて意気込んでみせるオオガミ。そしてそのまま出ていこうとすると、蒼龍が呼び止めた。
「おいおいおいおい。その恰好で行くつもりかい?」
「ア?」
自分の姿を見るオオガミ。
「そうだっタ……変装してたんだっけナ」
どうしたもんかと頭をかくオオガミの横で、小袖がぼそりとつぶやいた。
「大丈夫……着替えは楓から預かってきてる……」
「オ? そりゃあ助か――――」
とオオガミが言葉を言い終える前に、小袖が袖口から暗器を取り出し、オオガミがまとっていた小姓の服をズタズタに斬り裂いてしまい、オオガミの健康的な小麦色の柔肌を露わにさせてしまった。
「おぉぉっ?!」
思わず食い入るように見つめる童貞浪人の頭に、
「ッ?! み、みみ見るな痴れ者がッ!!」
という凛の一喝と強烈なゲンコツが炸裂した。
「おごっ?!」
煉弥がうめき声をあげるのと、オオガミがアァッ?! と羞恥の声をあげるのは、ほぼ同時であった。ささっ! と両手両足で器用に乳房と秘部を隠すオオガミの首根っこを、大袖がひっつかむ。
「よ~し、じゃああちきと小袖がきさんを着替えさせちゃろうかのぉ」
「うん……そうしよう……」
「ぐエッ?! い、いや、いいっテッ!! オレ、自分で着替えっかラァッ!!」
そげなこと言うなちゃと大袖は高らかな笑い声をあげながら、双葉が空けた天井の穴へとオオガミをふんづかまえたまま消えていった。小袖もそれに続き、天井の穴へと身を飛びこませ、穴から逆さまに顔をひょこっとのぞかせて、残った一同に向かってつぶやいた。
「それじゃあ……行ってくる……」
そう言って小袖が姿を消すと、畳の上に落ちていた円形の天井板が、天井の穴へとずっぽりとはまり、天井はまるで何事もなかったかのように元の綺麗な姿へと戻った。それを見つめていた煉弥がボソリとつぶやいた。
「アイツも大変っすね」
「ま、そういう運命なんだろう」
苦笑しながら言う蒼龍に、凛がおずおずと質問をした。
「そ、その……つまるところ、我々はこれからどうすればよろしいのでしょうか?」
「相手の出方次第だね」
「といいますと?」
「待機しろってこった」
そうですか……と肩を落とす凛の横で、双葉もどこか心ここにあらずといった様子で呆けていた。蒼龍はそれに気づいていたが、あえてそれには触れず、時が来るのを、じっくりと待つ構えを見せるのであった。
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