第二幕ノ二十一ガ下 タマの謀――やんごとなき御身分の御方


 双葉が八重に向かって衝撃の宣告をした時と、ほぼ同時刻。

 北条家の屋敷の蒼龍の部屋で、珍しく長屋の外で幼女姿になっているタマと蒼龍が向かい合って座っていた。


「――――とまあ、そういうわけだにゃ。そんなわけで、助力を頼むにゃ」


 ふっふぅ~ん♪ と上機嫌で鼻を鳴らすタマに、蒼龍が渋面を作りながら言った。


「まあ、タマのはかりごとは確かに妙案とは言えるだろうけどね。ちょっといくつか質問があるのだけど、いいかい?」

「うむ。いくらでも質問するがいいにゃ」

「じゃあ、遠慮なく聞かせてもらうことにしよう――まず第一に、八重と柚葉? だっけか、ともかくその二人を囮にしようというのは、どうしてだい? 八重一人を囮にしようとするのならわかる。八重一人なら警護もしやすいし、何より、妖怪と人間の禁忌を犯さずに済むんだがね?」


 ここで蒼龍が言う、妖怪と人間の禁忌とは、妖怪のことを知らない人間に対して妖怪がその本当の姿を見せたりして、妖怪の存在を人間に知らしめてしまうことを指す。


「おみゃ~の言いたいことはわかるし、にゃんも正直なところ、囮は八重一人の方がいいと思ってるにゃ」

「それがわかっているのなら、どうしてまた問題を引き起こすような囮を提案したんだい?」

「う~ん……そこら辺は、ちょぉ~っとややっこしく込み合ってる事情があるにゃ。まず、八重一人で花魁道中をするわけにはいかないってのは、おみゃ~でもわかるにゃ?」

「ああ、それは確かにタマの言う通りだね。八重は、年齢的には新造しんぞうだけれども、八重が座敷を踏むなんて無理だから、特例で八重は禿かむろの扱いを受けている。禿の身分の八重が、妓楼の遊女の憧れともいうべき花魁道中を一人でやるなんて、ちょっと怪しすぎるからねぇ」


 やれやれ……といった風に両手を広げる蒼龍。


「その通りにゃ。かといって、双葉が花魁道中をするわけにもいかないにゃ。双葉だと、下手人の儀式の条件にあわんにゃ」

「若い、美しい少女ってやつだね」

「その条件で言えば、松竹屋の他の誰かを主役に据えて、その主役のオマケという形で八重を突っ込むしかないにゃ。その条件に合って、下手人が食いついてきそうなのが、柚葉しかいないってわけにゃ」

「やけに自信満々に言うね。タマがそこまで言うからには、それなりの確証があるんだろうね?」


 蒼龍は目を細めて詰問するかのような調子で、タマに言った。


「自信満々も当然にゃ。柚葉って娘は、長次郎にホの字のようなんだにゃ。長次郎も、おそらくだけど気づいているようだにゃ。そんな柚葉が花魁道中をやるということになれば、何かしらの動きを見せるに違いないにゃ」

「なるほどねぇ……」


 ふぅ~……と長いため息の後、蒼龍はタマに、


「しかし、タマも面倒見がいいね。その柚葉という娘を囮にする理由はそれだけじゃないのだろう? 吉原の慣習から鑑みれば、長次郎を仕置きしなければならなくなった際、長次郎を失踪人をするわけにもいかない。となれば、長次郎を何らかの理由をつけて吉原の中で遺体として発見させなけりゃならないわけだからね。そうなれば、柚葉という娘はきっと心に深い傷を負ってしまうだろう」

「まあ……そうだにゃ」


 心の内を見透かされたことに、やや不機嫌になるタマだが、蒼龍は、妖怪と人間との干渉を出来るだけ避けなければならないという掟を守らなければならぬ立場である。それゆえ、蒼龍は苦々しい表情を浮かべて、タマに釘を刺した。


「タマの優しさはわかるがね、これはかなりの賭けになるよ? 場合によっては、その柚葉という娘を処理しなきゃならなくなるかもしれない。そのことも、重々承知のうえで、タマは今回の謀を考えているんだね?」

「うむ。大丈夫にゃ。にゃんは、双葉を信じてるにゃ。双葉が育てた柚葉を信じてるにゃ」


 腕を組み、目をつぶって考え込む蒼龍。そして、大きく息を吐き、目を開けて組んでいた腕をほどいて膝の上に乗せた。


「わかった――今回は、タマの案で仕置きを進めることにしよう」

「……恩に着るにゃ」


 両手をつき、深々と蒼龍に頭を下げるタマの姿に、蒼龍は苦笑した。まったく。普段からこれくらい素直だったら、どれだけやりやすいことだろうか。しかし、逆説的に言えば、タマがここまで殊勝な態度をとるほど、その柚葉という娘はいい娘なのだろう。できるならば、処置しなければならないようなことは避けたいものだね。


「じゃあ、にゃんは吉原へと戻るから、他の奴らにも役割分担の話をしておいてくれにゃ」


 すっくと立ちあがるタマを蒼龍が手で制する。


「役割分担はわかったけど、もう一つ質問をしたいのだけどね?」

「なんだにゃ?」

「タマの言う、やんごとなき御身分の御方っていうのは、いったい誰なんだい?」


 蒼龍のこの言葉に、タマは、にんまぁ~☆ と悪い笑みを浮かべた。


「そりゃあ、おみゃ~しかいないにゃ。童貞貧乏芋浪人のレンニャじゃその役割は務まらんにゃ。その点、見た目からしてスカしてて、女ったらしそうなおみゃ~なら適任にゃ」

「やれやれ……僕はこれでも一応、幕府のそれなりの役職であって妻帯者でもあるんだけどねぇ……」

「にゃははは♪ そうぼやくにゃ♪ それも全て、御役目だと思って我慢するにゃ♪」


 愉快そうに笑うタマに、少々イラっとしながら蒼龍が、


「まったく、御上に対する言い訳ならなんとかなるけど、問題はココノエと義母かえで殿だよ。それを考えると、頭が痛いよ……」


 これみよがしに右手で頭を押さえる蒼龍。しかし、タマはそんな蒼龍の思いなど知ったことかと、愉快そうな口ぶりで言った。


「いつもは、にゃんたちは陰でコソコソするのが決まりだったけど、今回はそういうわけにはいかんにゃ――――どうせやるなら、ド派手にやるにゃ♪」


 にゃふふふぅ~♪ と笑い声を発し、ぼむっ! とネコの姿に戻って、タマは部屋から出ていった。

 後に残された蒼龍も、渋面を作りながら腰を上げ、化け物長屋へと向かうのであった。

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