第二幕ノ十九ガ下 資料による推測――否定される推測
蒼龍の言葉にいち早く反応したのはお化け先生であった。
『余の聞き間違いでなければ、被害者は男なんだねぇ? 本当に、被害者は男なんだねぇ?』
しつこいほどに念押ししてくるお化け先生に蒼龍は、ええ、そのようですと答える。
『ふぅ~むぅ……なれば、余の推測は間違っていたことになるなぁ』
しゅぅ~んと身体を縮ませるお化け先生。そんなお化け先生に、楓が慰めるような口調で言った。
「まあまあ、せんせっ♪ 先生の推測が間違ってるかどうかは、まずは皆に話してみてから判断しましょうよぉ♪」
そうですよと、集っている面々も頷いて楓の言葉に同意する。お化け先生は、面々の顔をぐるりと見渡したあと、
『それじゃあ、余の推測を御覧じようかなぁ』
ウォッホンッ! と仰々しい咳ばらいをして、とつとつと語り始めた。
『今回、余が調べた文献の中で一番余が注視したのは、古代中国のとある文献でねぇ。その文献によると、若い美しい女性の生き血で身体を洗って永遠の若さと美貌を保ったと言われる、王宮の悪女の蛮行の記録があったのだよぉ』
「生き血で身体を洗うって――そうまでして綺麗になりたいモンなんですかねぇ、女ってやつは」
煉弥の言葉に凛が反応する。
「世の女子全てがそうであると思うなよ?」
そう言って、ジロリと煉弥を睨む凛とちび凛。睨みをきかされた煉弥が、へいへい……と小さくつぶやくと、楓が凛の言葉に補足した。
「だけど、女だからこそ、美への執着心が並外れてる者もいるわけよぉ。凛ちゃんは、もうちょっと女を知らなきゃいけないわねぇ」
「お、女を知るですか?」
困惑した表情の凛を見て、楓はうふふぅ♪ とキツネ目細めて言い放った。
「そうよぉ♪ まずは恥じらいから始めて、次は嫉妬を知って、次に甘えを知って、最後に破瓜をしてもらって女にしてもらうのよぉ♪」
「なななッ?! は、はははは破廉恥なことを申さないでくださいませッ!!」
顔を真っ赤にして怒る凛を横目で見つめる煉弥。……先は長そうだなぁ。
『盛り上がっているところをすまないが、話を戻させてもらってもいいかなぁ?』
「あらぁ♪ ごめんなさぁ~い、せぇんせっ♪ どうぞどうぞお先を御話しくださいなっ♪」
『凛君も、いいかなぁ?』
「へっ?! あ、は、はい……」
ふぅ……と深呼吸をひとつして気を落ち着かせる凛だが、話しかけてきたのがお化けだったことに気づいて、ひいっ?! と声をあげてしまった。
『うんうん、その悲鳴が出たのならもう大丈夫だねぇ。では、話を戻すけど――今回の事件を紐解くには、どんな小さなことでもいいから被害者の共通点を見つけて、それをとっかかりにして動機を探ることが肝要だと思ってねぇ。そこで被害者の共通点を探してみたのだよぉ』
「して、その共通点は見つかったのでしょうか?」
蒼龍が問うた。
『うむぅ。今回の被害者の共通点は――被害者は全員、若く美しい少女だったということだよぉ』
お化け先生がそう言うと、タマも、
「それは双葉もそう言ってたにゃ」
と同調した。
『この共通点を鑑みて、余は先ほどの古代中国の文献の記述が今回の事件の動機ではないかと思ったわけだよぉ』
「しかしですね。いくら女が美の執着心がすごいからって、今回の下手人の動機がそれだとして、そこまでして美しくなる必要なんかあるんですかい? それこそ、王宮の貴族でもあるまいし」
『煉弥君の言うことはもっともだねぇ。だけど、よく考えてくれたまえ、今回の事件の舞台は、いったいどこなのかをねぇ』
「事件の舞台? そりゃあ、吉原でしょう――――」
そこまで言ったところで、煉弥はハッとした。
『そう、吉原だねぇ。美しさと若さがあれば、頂点に立つこともできるし、全てを手に入れることのできる場所だねぇ』
「なるほど。つまり、お化け先生は吉原の遊女の中に今回の事件の下手人がいるはずだと?」
蒼龍の問いに、お化け先生は腑に落ちないような声で答えた。
『うむぅ。余はそう思っていたのだけどねぇ。しかし、そうなると、今回新たに起こった事件についての説明がつかなくなっちゃうんだよねぇ』
「そうねぇ。今回の事件の被害者は若い男性――だったわよねぇ、タッちゃん?」
ええ、そうです。と蒼龍がうなずく。
『だからこそ、余の説は間違っていたことになっちゃうわけさぁ。ただ、双葉君という方の潔白も確実になったわけでもあるわけだねぇ。ヒルコ神の生贄は、若い女性の血なんだからねぇ』
「でもヨォ。そうだとすると、結局どうなっちまうんダ? 話を聞いてると、また事件が五里霧中っぽくなっちまった気がするんだけどヨ?」
オオガミがそう言うと、凛を除く一同が驚愕の表情を浮かべてオオガミを注視した。
「な、なんだヨ?」
ばつが悪そうに言うオオガミに、楓が皆が抱いている思いを代弁した。
「いやぁ……オオちゃんが四字熟語を使うなんて思いもしなかったからぁ……」
「テッ?! てめえラッ!! どんだけオレをバカ扱いしてんだヨッ!!」
むっきぃ~~~!! と怒り心頭といった様子で立ち上がるオオガミだったが、その拍子に、ボロボロになっていた衣服が、ストンッ!! とものの見事に落ちてしまった。ぷるんっと小ぶりだが形の良い乳房を露わにするオオガミに、煉弥が慌てて、
「お、おいっ!? 隠せ隠せバカっ!!」
「アァ?! なにを隠せって――――アァッ?!」
煉弥の指摘に慌てて胸や秘部を隠すオオガミだが、童貞浪人の悲しい性か、オオガミの健康的な小麦色の柔肌に、煉弥は思わず目が釘付けになってしまっていた。それに気づいた凛が頬を赤らめながら、慌てて煉弥に、
「み、見るなッ!! この痴れ者がッ!!」
一喝と共に頬へ強烈な鉄拳を一発。
「ぶべっ?!」
ぐるりんっ! と衝撃で顔を横向かせる煉弥だが、すぐにその顔を凛へと向けなおして、
「てめえ! なんでもかんでもすぐに人を殴るんじゃねえよ、この暴力女が!!」
凛の一喝に負けず劣らずの怒声を向ける。しかし、暴力女という言葉がいけなかった。凛がわなわなと口元を震わせたかと思うと、
「キサマッ!! 言うに事欠いて暴力女とはなにごとだッ!! かような暴言を私に向けて、無事ですむと思うなよッ!!!!」
部屋が震動するほどの強烈な怒号を轟かせ、肩に乗ったちび凛と共に煉弥に向かって飛びかかっていった。
「ば、ばかっ! そんなにマジに怒んなよ!!」
必死に取り繕おうとする煉弥だが、もう遅い。飛びかかってきた凛に馬乗りのマウントポジションをとられ、びっしばっしと無慈悲なビンタと鉄拳の嵐が煉弥に襲い掛かる。追い撃ちとばかりにちび凛も、まるで餅つきの合いの手のように凛の攻撃の後に蹴りを見舞う。
「痴れ者めッ!!!! 思いしれッ!!!!」
「ぶべっ?! ふげっ?! や、やめろっ!! や、やめてっ!! や、やめてくださいっ!!」
容赦なくボッコボコにしてくる愛しの乙女へむかって、命がけの懇願をする煉弥だが、哀れにもその懇願は届くことはなく、まるで今までに溜まりに溜まったストレスを爆発させたかのような、凛の折檻が続く。
「お、おイッ!! 死んじまうゾッ!! もう勘弁してやれヨ!!」
あられもない姿のまま、思わず凛にしがみついて煉弥への折檻をとめようとするオオガミ。
「御放しくださいッ!! この痴れ者に思い知らせねばなりませぬッ!! 破廉恥者は成敗されなければなりませぬッ!!」
涙目で燃え尽きている煉弥に凛が馬乗りになったまま、まとわりついているオオガミを引き離そうと必死にもがく。それを、複雑な心境で眺めていた蒼龍が楓に問うた。
「……あの凛の怒りは、煉弥に向かってというより、別の人物に向かっているような気がするのですが?」
「さぁ~てぇ♪ どうでしょうねぇ♪」
「……ま、まあ、楓も程々にしてやれにゃ? あの調子だと、いつか本当にレンニャがぶっ殺されちまうにゃ」
「あのくらいで死んでしまうのなら、その程度の息子だってことよぉ。楓さんは、レンちゃんをそんなやわな子に育てた覚えはありませんっ♪」
キツネ目細めて、うふふぅ♪ としたり顔で笑う楓に、まあ、それもそうですねぇと適当に相づちをうつ蒼龍。たしかに、凛に殺されるくらいじゃ、この先やっていけないだろうしねぇ。仕置き人も、凛の相手も。
『それでぇ? これからの方針はどうするつもりなのかい~?』
大暴れしている連中を無視し、お化け先生が蒼龍にこれからの動きをどうするのかまとめてくれと促してきた。
「あ、ああ、そうですね――――先ほどのオオガミの指摘通り、ある意味で言えば、事件は振出しに戻ったようなものですからね。まずは僕が新たに起こった事件の仔細を調べてまいりますので、それが分かり次第っていうところでしょうか」
『う~ん。確かに、新たに起こった事件の詳細を知ることが急務のようだねぇ。じゃあ、余は一度部屋へ戻るとするよぉ』
ひゅるりらぁ~と、さっさと天井をすりぬけて部屋へと戻っていくお化け先生。それを見送ったところでタマも蒼龍に問いかける。
「じゃあ、にゃんはどうすればいいにゃ?」
「タマは、季長に対する監視を徹底しておくれ。事件がこれからどういう風に転ぶかはわからないけど、季長はやはり事件にどこかしら関わってるような気がしてならないからね」
「うむ。任されたにゃ」
ぽむっ! と、タマはネコの姿に戻り、部屋から出ていって吉原へと帰っていった。蒼龍はタマの背を見送ると、暴れている若人連中に目をやってニヤニヤしている楓に言った。
「楓殿。申し訳ありませんが、引き続きあの連中の修練をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「えっ? うん、いいわよぉ♪ 楓さんが徹底的に鍛え上げてあげるわぁ♪」
「そ、その、タマも言っていましたが、お手柔らかにお願いいたしますよ?」
「もぉちろんっ♪」
キツネ目細めて、うふふぅ♪ と微笑みかけてくる義母の姿に、蒼龍は大きなため息をついた。言ったところで、素直に聞いてくれる御人ではなかったね。
「さて――それじゃあ、僕は事件の仔細について聞いてくることにいたしますので、後はよろしくお願いいたします」
そう言うと、蒼龍は立ち上がって暴れている連中の方へと目を向けた。
ふう……事件が疑心暗鬼の五里霧中の迷宮へと入りかけようとしているというのに、気楽な連中だね。まあ、逆説的に言えば、これくらい気楽なほうがいつも通りの力出せるというものかもしれないけどね。とはいえ、少しは緊張感を持ってほしいものだけどねぇ。
気苦労の絶えない中間管理職である蒼龍は、肩をすくめながら部屋を出ていき、部屋をでたところで深呼吸をひとつして気を入れ直し、吉原への道程を歩み始めるのであった。
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