第二幕ノ十九ガ中 双葉と蒼龍達との関係――新たなる展開


「楓さんたちが仰ってた協力者って――あの双葉太夫だったんですかい?!」


 まさかの事実に、煉弥が驚嘆の声をあげた。


「ええ、そうよぉ。楓さんたち――すなわち、楓さんと、タッちゃんと、ココノエと双葉ちゃん――昔、ちょっとした因縁があったのよぉ」


 楓の言葉を引き取るように、蒼龍が、


「まだ楓殿が現役の時の話さ。ココノエの修行もかねて、僕が二人に依頼した仕置きの対象が双葉だったのさ」

「仕置きの対象って……ってぇことは、あの双葉太夫は妖怪なんですかい?」

「ああ。妖怪『飛縁魔ひのえんま』――それが双葉の正体さ」


 蒼龍のこの言葉に、お化け先生が興奮気味にくいついてきた。


『飛縁魔だってぇ?!』


 ガス状の身体をみょぉ~~~んっ! と大きく伸ばして興奮するお化け先生の姿に、ひぃっ?! と悲鳴をあげる凛。しかし凛の悲鳴など意に介さずといった様相で、お化け先生は蒼龍に問いかける。


『飛縁魔というと、あのヒルコ神の眷属けんぞくの一人であると言われている、あの飛縁魔なのかぃ?!』

「さすがはお化け先生。よくご存じで」

『ほぉ~……まさか、生きてる間に――いや、余は死んでいるか。もとい、余の意識のある間に、日本建国の神話に関わる神の眷属の名を聞くことになるとはねぇ……』


 嬉しそうな声をあげるお化け先生に、煉弥がなんのこっちゃと疑問を投げかけた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺は学がないから、ヒルコ神やら日本建国やらその辺についてチンプンカンプンなんですがねぇ?」

「キサマ、それは本気で言っているのか? 本気ならば、学が無いにも程があるぞ」

「学がなくても仕置きはできらぁ」


 はんっ! と鼻を鳴らす煉弥に、


「キサマッ!! なんだその態度はッ!!」


 凛が噛みつくと、蒼龍が凛に向かって、


「ふむ。じゃあ凛に説明してもらうとするかな。煉弥にそこまで言うからには、ヒルコ神について少しは知っているのだろう?」

「はっ? え、ええ……まあ、多少は……」


 まさかこんな展開になるとはと、思わずたじろぐ凛。そんな凛に向かって、蒼龍が、さあ早く説明しておくれと促す。こうなっては説明しないわけにはいかない。ゴホンッ! と咳ばらいを一つして、凛が説明を始める。


「で、では……そもそも、ヒルコ神に関する記述は、古事記にあって――――」

「あ~、悪いけど、わかりやすく頼まぁ」


 がり勉女の説明はなげえんだよと、めんどくさそうな声で言う煉弥に、


「なにッ?!」


 と凛が目をこれでもかと吊り上げるが、


「そうねぇ。あまり長くなると要点がぼやけちゃうから、簡潔にお願いするわぁ。大事なことをまとめてわかりやすく話すのも、一つの訓練よぉ」


 楓からもそう言われてしまい、うぐぐ……! と歯ぎしりする凛。しかし、深呼吸をひとつして気を静め、訓練と言われた手前、いつもの生真面目さを発揮させて、考え考えしながら話し始めた。


「え、ええっと……ヒルコ神は、建国の神である、『イザナギ』と『イザナミ』の最初の子――つまり、原初の神だと言われております。しかし、産まれたヒルコ神は、古事記の記述から言わせてもらえば“わが生める子、良くあらず”という不具の子であったため、生まれてすぐに両親である『イザナギ』『イザナミ』から棄てられ島流しにされてしまったという神です」


 凛がそう言い終わると、どうでしょうか? とうかがうような顔で楓を見た。楓はうなずき、


「うん、大体そんなものかしらぁ♪」


 とキツネ目細めて笑顔を見せた。


「ってぇことはなんですかい? そのヒルコ神ってのは、捨て子だってことですかい?」


 同じ捨て子だった煉弥が顔をしかめる。


「そうよぉ。ちなみに補足しておくとヒルコは漢字で書くと蛭子えびすになることから、七福神の一人のエビス様と関連があるのかもしれないと言われてるのよぉ」

「へぇ? それだけ聞くと、そのヒルコ神ってぇのは、あんまり害がないように思えるんですがね?」

「まあ、煉弥の言うことはある意味では正しい。ヒルコ神自体は、生存欲求と愛情に飢えている神だから、世に害をなそうなんていう意思はないようだからね。つまり、欲求が満たされている間は、世に仇なそうとするようなことはなさそうだったよ」


 蒼龍の言葉に、お化け先生が反応した。


『蒼龍君の言いようだと、実際にヒルコ神に会ってきたような口ぶりだねぇ』

「ええ――僕と楓殿とココノエは、実際にヒルコ神に謁見をしたことがあります」

『なんとぉ?! それは本当かねぇ?!』


 興奮のるつぼといった様相で、部屋の中を縦横無尽にびゅんびゅん飛び回るお化け先生。ひぃっ?! と凛が悲鳴をあげたところで、楓がお化け先生の尾をひっつかみ、


「せぇ~んせっ♪ そんな得にもならない嘘なんかつくわけないじゃありませんかっ♪」


 大人しくしなさいなっ♪ と言わんばかりに、ぐいっ! とお化け先生を元いた場所へと引っ張った。


『むおっ?!』


 お化け先生はうめき声をあげつつも、いや、興奮してしまって申し訳ないねぇと苦笑しながら、元いた場所へと落ち着いた。そしてうぉっほん! と仰々しい咳ばらいをし、


『して、君達はどうしてヒルコ神と謁見することになったのかい~?』

「楓殿とココノエが追いかけていた事件が、ヒルコ神の眷属たちが引き起こした事件だったのですよ。それが分かった時は、さすがの父上も冷や汗を流したそうです。まさか、はるか古の原初の神と対峙することになるとは、夢にも思わない事件でしたからね」

「そっ、そそ、それは、どんな事件だったのですか?」


 お化け先生の恐怖と戦いながらも、凛が気丈に蒼龍へと問いかけた。


「今回と似たような事件だったんだよ。うら若き女性が一人殺され、その血が全て抜かれていた。ただし、その時の事件の被害者は一人だけで、連続性はなかったのだけどね」

「なるほど。それで、事件の一報を聞いた時に、楓さんが妙な顔をしたわけがわかりましたよ」

「似たような事件が起こったとなれば、信じていても疑ってしまうものだにゃ」


 タマが、うむうむと神妙にうなずくと、楓がはふぅとため息をついた。


「恥ずかしい話だけれど、タマちゃんのいうとおりよぉ。最初に事件のことを聞いた時、事件が起こっている場所が、双葉ちゃんのいる吉原だと聞いて、ちょっとだけ双葉ちゃんのことが心配になっちゃったわぁ。でも、事件が連続して起こっていると聞いて、ああ、双葉ちゃんとは関係ないなぁと安心したのだけどねぇ」

「なんでそう断言できるんですかい?」

「ヒルコ神の眷属――双葉達が起こした事件は、ヒルコ神への生贄を捧げるために起こした事件だったんだ。“生贄は一人でいい”。僕達が双葉達と対峙した時、双葉達がそう言っていたんだ。そして、それは事実なのだと思う。それこそ、嘘をついてもしょうがないだろうからね」

「生贄と申しますと――その、双葉様という方達は、ヒルコ神の復活を画策していたということなのでしょうか?」


 凛が遠慮深げに聞くと、蒼龍は首を振って、


「いや、その逆さ。ヒルコ神が目覚めないように、ヒルコ神の栄養である血を捧げて、ヒルコ神が安らかに眠れるようにしていたのさ」

『うん? しかし、蒼龍君は先ほどヒルコ神と謁見したと言っていたよねぇ? 目覚めていないヒルコ神と謁見をしたということなのかい?』

「そういうことですね。ヒルコ神が寝ている姿は、それこそ黒いサンショウウオのような姿でした。あまりにも、拍子抜けするヒルコ神の姿に、僕が失笑してしまうと、ヒルコ神の眷属の一人が真剣な顔で言いましたよ。この小さな御方が、この国を容易く滅する力を有していることなど信じられないだろう? ならば試しにこの御方のお傍へ近寄ってみよ、とね。僕はその通りにした――そして、僕はそこで気を失ってしまった」

「後は楓さんが引き継がせてもらうわぁ。楓さんとココノエが倒れたタッちゃんを急いで助けようとしたら、双葉ちゃんが楓さんたちを制止して、他の眷属の一人がタッちゃんをヒルコ神から引き離して助けてくれたのよぉ。気を失ったタッちゃんをココノエが抱き上げると、ココノエは顔を真っ青にしてたわぁ。タッちゃんの妖力のほぼ全てが失われてるってぇ」

「ちょ、ちょっと待つにゃ。ってことはなんだにゃ。そのヒルコ神ってのは、蒼龍の妖力を一瞬にして吸い取ってしまったってことなのかにゃ?」

「情けない話だが、そういうことらしい。双葉から後々聞いたのだけど、僕が後数秒ヒルコ神のそばにいたら、僕は跡形もなくヒルコ神に吸収されていたそうだよ」


 頭をかく蒼龍。すると、今までずっとべそをかいていたオオガミが、突如として会話に割り込んできた。


「でもヨォ……そこまですげえ力をもった神様が、どうして人間の血なんか必要とするんダァ?」

「いい質問だね。ヒルコ神は漢字で書くと蛭子神だ。蛭というのは、血を食料とする生き物で、ヒルコ神はその一番最初の祖先――つまり原初の蛭でもあるんだ。ヒルコ神は神とはいえ、生物である以上食事をしなければならないのだと、双葉は言っていた。だが、その食事をするにしても、一年に一度でいいそうなんだよ。双葉が言うには、ヒルコ神の力が一番弱まる日というのがあるようで、その日に若い女性の血を飲ませれば、向こう一年食事をする必要もなく、安らかに眠ることができるらしい」

「しかし、それだと生贄にされてしまった女性が不憫であるとは言えませぬか?」


 憮然とした表情で言う凛に、蒼龍が厳しい声で問いかけた。


「それじゃあ聞くけどね、凛――若い女性一人の命と、日本に住む全ての人間の命、そのどっちかを選べと言われたら、凛はどうする?」

「そっ、それは…………」


 たじろぐ凛に、蒼龍が苦笑した。


「いや、これはいじわるな質問だったね。すまないね、凛。ヒルコ神に生贄を捧げなければ、ヒルコ神が目覚めて食料を求めて暴れるかもしれない――それを、双葉や他の眷属たちは心配していたんだよ。それに、ヒルコ神はさっきも言ったように、生存欲求と愛情のみを求める神だ。そんなヒルコ神を利用する妖怪が現れることも、双葉や他の眷属たちは心配していたんだよ」

『ふぅ~むぅ……ということは、ヒルコ神の眷属たちの目的はいったいなんだったんだい~?』

「ヒルコ神の永遠の安らぎ――眷属の頭目は、よどみなく楓さんたちに言ったわぁ。その言葉を楓さんたちは信用することにしたのよぉ。いくら楓さんやタッちゃんたちが束になってかかっても、原初の神であるヒルコ神には到底太刀打ちできませんからねぇ。そんな力をもったヒルコ神を、眷属の頭目は目覚めさせたくないし、利用されたくもない――ただ、安らかな眠りを差し上げたい。そう言ったあの男の言葉は嘘じゃないと思うのよぉ」

「そうですね。あの男がその気になれば、ヒルコ神を意図的に目覚めさせて、現世うつしよならずとも幽世かくりよを支配することや破滅させることすら容易いことでしょうからね。それをすることなく、主神に安らかな眠りをと我々に懇願したあの男の言葉は信用できると僕も思っているよ」


 神妙にうなずく蒼龍と楓に、煉弥がチクリと一言投げかけた。


「じゃあその時に死んだ一人と、一年に一度の若い女の命は必要犠牲ってわけですかい――あまり、気分のいいものじゃありやせんね」

「……まったくだ」


 煉弥の言葉に、うんうんと同調する凛。すると、楓が煉弥と凛に向かってキッ!! とした厳しい目つきになって睨みつけた。


「そりゃあ、楓さんやタッちゃんやココノエ――それに双葉ちゃんも、それがいいことだとは思ってないわよぉ! でも、それしか方法がなかったのだから、仕方ないじゃないのぉ!」


 身体に雷をまとわせながらの楓の激しい一喝に、蒼龍以外の面々は驚いた。そしてそれは、楓がいかに無念であったかということの証左でもあった。


「ヒルコ神に血を吸うなということは、煉弥と凛に例えると、二度と飯を食うなと言っていることと同じだからね。そんなことがまかり通るわけがないのは、わかるだろう? それに何度も言うけど、ヒルコ神は生存欲求と愛情に飢えた神だ。血を吸うな――つまり、それはヒルコ神の生存欲求を脅かすことになる。そうすると、間違いなくヒルコ神は厄神となることは間違いない。そして厄神となったヒルコ神を止めれる者が果たしてこの世に存在するか――少なくとも、僕は無理だ。僕程度など、ヒルコ神に近寄ることすらできないんだからね」

「――――」

「――――」


 煉弥と凛は沈黙し、そして己の不明を悔いた。きっと、当事者にとっては苦渋の決断だったのだろう。


「まあ、僕達と双葉はその時からの関係さ。双葉自身、ヒルコ神に血を捧げることが心苦しくなってきてたみたいでね。それを眷属の頭目が察してたらしく、これも何かの縁だと、双葉を僕達に任せてくれたんだよ。その際に他の眷属が、ヒルコ神から離反しようとする双葉に襲い掛かってきてね。それからなんとか命からがら逃げだして、しばらく双葉は僕達の仕事を手伝ってくれてたのだけど、やがて吉原で妓楼を開きたいと双葉が申し入れてきたんだ」

「それを楓さんとタッちゃんが聞き入れて、吉原に双葉ちゃんの御店――松竹屋を作り上げたってわけよぉ」


 身にまとっていた雷を引っ込め、いつもの穏やかな調子を取り戻した楓が言うと、タマが楓にツッコミを入れてきた。


「……そのお足はどっから出てきたのかにゃ~?」

「さあ? どこでしょうねぇ♪」


 うふふぅ♪ とキツネ目細めて笑う楓に、タマはため息をついた。まあ、どうせ教えてくれるわけないよにゃ。


「そういう経緯いきさつがあって、僕達と双葉は知り合いになったわけさ。そして、そういう生い立ちだからこそ、双葉が今回の事件に関わっているようなことは絶対にないと思う。それは僕が天地神明にかけても保証してもいいよ」


 蒼龍の言葉に、楓がうんうんと頷いて同調した。


「……わかりやした。なんか、すんません」

「……申し訳ありません」


 深々と頭をさげる義弟と義妹に、いいよいいよと手を振って応える蒼龍。


『ふぅ~むぅ……蒼龍君。もしよければ、後々、ヒルコ神やヒルコ神の眷属についてご教授願えないかい?』

「ええ、僕にわかる範囲でよければ」

『頼むよぉ。さて、それじゃあちょっと話を本筋に戻すことにしようかぁ。それで、余が調べたところによると――――』


 と、そこまでお化け先生が口にしたときだった。

 部屋の格子窓から部屋の中に、一枚の紙が何ものかによって投げ入れられ、それがひらひらと宙を舞った。その紙を蒼龍が手に取ってあらためてみると、そこには集まっていた一同に新たな衝撃を与える一文が書かれていた。それを、蒼龍が苦々しい口調で読み上げた。


以津真天いつまでからの報告だ――今日の早朝、吉原の見返り柳からすぐそばのところに、若い男の全身の血を抜かれた死体があがったそうだよ――――」

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