第二幕ノ十九ガ序 朝の集い――楓、語る
日も昇らぬ早朝のうちに、タマは蒼龍の屋敷へと訪れ、楓のところで談合を開いて欲しいと訴えかけ、蒼龍はすぐさま使いを出して談合の席が設けられることになった。
煌々と昇った朝日が、今日もまたしんどいほどの暑さを予感させる中、化け物長屋の楓の部屋にいつものメンバーが雁首を揃えていたのだが……。
「まず、色々と聞きたいことがあるんだけどにゃ?」
集っている面々の表情をぐるりと見渡したタマが、首をかしげながら言った。それに楓が、
「なにかしらぁ?」
とキツネ目細めてタマに言う。
「なんで、レンニャとオオガミは日に日にズタボロになっていってるにゃ?」
そう言ってタマが目を向けた先には、顔面がボッコリと腫れあがった煉弥の姿と、ただのぼろきれと言ってもいいほどに、ズタズタに切り裂かれた服をまとって体育座りで、自分の膝に顔をうずめているオオガミの姿があった。
「……修練だそうだ。おかげでよっぽどのことがなけりゃあ死なねえ自信がついたぜ」
へへっ……と乾いた笑みを浮かべる煉弥。
「もう……イヤダァ……」
修練という名の拷問が、完全にトラウマ化しつつあるオオガミの涙声に、タマは戦慄し、これ以上は聞くべきではないと察した。そこで、疑問の矛先を変えることにした。
「それじゃあ、凛の肩に乗っているちっこい凛は一体なんにゃ?」
タマがそう言うと、オオガミ以外の皆の視線が凛の肩に乗っかっているちび凛に集中した。
ふんっ!!
ちび凛は、そんな皆の視線に、ぷいっ! と顔をそらして反抗してみせた。
「こ、こらっ! キサマ、少しは愛想をよくしろ!」
凛があたふたとちび凛を叱って見せるが、ちび凛は相変わらずつんとした態度をとりつづけていた。それを見た煉弥がしみじみとつぶやいた。
「まあ、本人の分身らしいから、愛想がねえのもそりゃ仕方ねえわなぁ……」
それを聞きとがめた凛、煉弥に向かって、なんだとッ?! と目を吊り上げると、肩に乗っていたちび凛が、ぴょんっと凛の肩から飛び降りて、猛烈な勢いで煉弥の背を登って煉弥の肩までやってきた。
「なっ、なんだよ?」
煉弥がちび凛にそう言うや否や、ちび凛が煉弥の顔の腫れた部分に向かって、どげしっ!! と思いっきり蹴りを一発見舞って見せた。
「いってぇ?!」
うめく煉弥の姿を見て、ふんっ!! と満足したような顔で煉弥の背中を滑り降り、凛の肩へと戻っていくちび凛。それを見て、楓がポツリと言った。
「痴れ者め、思い知ったかって声が聞こえてきそうねぇ」
「そうですねぇ」
蒼龍もそれに同調したところで、凛が顔を赤らめながら声を荒げた。
「私は、手負いの者に追い打ちをかけるようなことはいたしませぬッ!! まったく、いい加減に言うことを聞けッ!!」
ふんっ!! と凛から顔をそむけるちび凛。そのくせ、凛の肩にしっかりと乗っかってるところがまた、楓と蒼龍からすれば本人そっくりだと思うところでもあった。本人も式神もツンデレということだ。
「ま、まったくだぜ……ちゃんと
蹴られた部分をおさえながらうめく煉弥に、凛が、
「なにッ?! そもそもキサマが余計なことを言わなければ――――」
と、くってかかっていきはじめたところで、
「静粛に!」
蒼龍が凛に向かって一喝した。うぐぐ……と言い足りずに不満そうな顔をしながらも、凛は口をつぐみ、威儀を正してみせた。
「さて、報告を聞こうか、タマ?」
「うむ、それじゃあ報告を始めるにゃ」
かくかくしかじかとこれまでの吉原のことを報告するタマ。タマの報告を聞き終わったところで、蒼龍がタマに言った。
「ふむ……それで、その長次郎という男だけど――その男は、こういう顔つきじゃなかったかい?」
蒼龍が懐から、小夏の協力によって作成した、武藤家の子息であり被害にあった春姫の兄である、
タマは人相書きを見るなりうなずき、
「うむ。こいつにゃ。こいつが長次郎にゃ」
と、呆気なく長次郎=季長であることを認めた。
「やっぱりそうか。春姫の兄が、吉原にいる。これで、春姫と吉原に接点ができたわけだね」
「そうねぇ。何かしらの理由で季長が春姫を吉原に呼び出した――ここまでは納得できるけど、楓さんとしては、そこから先が納得できないわねぇ」
「と、いいやすと?」
「だってぇ、下手人が季長だと仮定してよぉ。どうして、季長が春姫を殺さなきゃならないのかしらぁ? 春姫は将軍様の側室になる可能性が強かったわけだし、そうなったら、武藤家は安泰でしょぉ?」
「そうですねぇ。僕としても、ちょっとそこがひっかかりますね。小夏が言うには、季長と春姫の仲はとてもよかったようだし、父親から勘当されたのも自分の不徳だと言っていて、父親に対する恨みとかを抱いている様子はなかったそうですからねぇ」
「これが、季長が殺されて春姫が生きているということだったらまだわかるのよぉ。この場合、側室候補の春姫に、吉原落ちした兄がいるなんて風評が立ったら、側室の話がお流れになっちゃうかもしれないから、それを防ぐために父親が手を回して季長を殺した――みたいな納得できる筋道が立てられるのだけどねぇ」
「現実はその逆ですからね。やはり、今回の事件を紐解くためには、今回の事件の動機がわからないと先にすすみそうにないねぇ」
ふぅ……と蒼龍が嘆息すると、部屋の頭上から声が響いてきた。
『余のご登場でござい~~』
ひゅるりらぁ~~とお化け先生のご登場に、もはや様式美となりつつある、
「ひいッ?! おおおお、お化けぇッ?!」
という凛の可愛らしい悲鳴が部屋に響いた。そんな凛の肩に乗っているちび凛はというと、涙目になって凛の首に抱きついてガタガタと震えていた。やはり、本人同様お化け嫌いのようらしい。
『いつもながらの愛らしい悲鳴、痛み入るねぇ』
皮肉なのか本気なのかよくわからない言葉を吐くお化け先生に、蒼龍が眼を光らせて問いかけた。
「お化け先生がこちらにおいでくださったということは、調べものに御進展があったとお見受けしますが?」
『そうだねぇ。それなりの進展はあったと言えるよぉ』
「お聞かせ願えますか?」
『では成果を
うぅ~~おぉっほん! と仰々しい咳ばらいをして見せるお化け先生の尾を、楓がぎゅっ!! と引っ張る。
『むおっ?!』
「せぇ~~んせっ♪ さっさと御話しくださいなっ♪」
どうやら楓も今の閉塞状況にイラ立ちを抱えているようだ。キツネ目細めた笑顔の裏に、さっさと話せこの色情お化けが、といった恐ろしいオーラが見え隠れしていた。
『で、では――まず最初に断っておきたいのだけど、血を食料にする妖怪という観点での調査だけど、これはちょっと脇に置いておくことにしたんだよぉ』
「それはまたどうしてでしょうか?」
蒼龍が疑問を投げかける。
『それについて調べだすと、数が多すぎてちょっとキリがないからねぇ。だからまずは血に関する儀式や術式など、人間でも関与できそうな事柄について調べをすすめたんだよぉ』
「血に関する儀式――ねぇ」
楓が複雑な表情を浮かべるのを、煉弥は見逃さなかった。
「何か、心当たりがおありで?」
「あるにはあるのだけどぉ……」
楓というキツネにしては、やけに煮え切らない返答だった。楓の態度にちょっとした不信感を覚える煉弥の心中を察してか、蒼龍が楓に提案した。
「楓殿。彼女を信じてあげるのならば、もう隠し立てはしないほうがいいのではないでしょうか」
「……そうねぇ。この段に至っては、もう全部話したほうがいいのかもしれないわねぇ」
「ええ、そうですよ。きっと、彼女もわかってくれます」
頷く蒼龍。楓も頷いて見せ、煉弥たちに向けて、言葉を紡ぎはじめた。
「それじゃあ、話しましょうか――吉原の協力者こと、双葉太夫と楓さんたちとの関係を――――」
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