第二幕ノ十六ガ中 タマの見張り――タマの発見


 吉原の唯一の出入口である大門の上で、タマが身を丸めて人々の往来にネコ目を光らせていた。


(ん~……しっかし、とんでもにゃ~人出だにゃ~。人間の野郎共は、年中発情期に違いないにゃ~)


 くぁ~~……と大あくびを一つするタマ。するとそこへ、数匹のネコが現れた。フゥ~~~ッ!! とタマへと威嚇してくるネコたち。


(またお前か! 俺たちはお前には従わないと言っただろう! さっさと帰れ!)


 意気込むネコたちに、めんどくさそうに返事をするタマ。


(やかましいにゃぁ。にゃんは別におみゃ~らと事を構えにきたわけじゃないにゃ~。にゃんは双葉から頼まれてここを見張ってるにゃ。おみゃ~らこそ帰れにゃ)


 タマの一言に、ネコたちが顔を見合わせた。


(双葉が?)

(そう、双葉からの頼みにゃ。ただでさえ猫手ねこでが足りないのに、おみゃ~らの相手なんかしてられないにゃ。さあ、さっさと帰れにゃ。邪魔するにゃ)


 ふんっ! と息巻くタマを尻目に、ネコたちは何やらゴニャゴニャと話し合いを始めだした。あぁ~うるっさいにゃ~。しまいにゃ、力づくでも帰らせるにゃ。そんな物騒なことを考え始めたタマに、ネコたちのリーダーらしきネコが話しかけてきた。


(双葉が外部の者に助力を頼むってことは、よっぽどのことだ。俺たちに出来ることがあれば、手伝わせてくれ)

(にゃんだって? おみゃ~らが手伝うっていうにゃ?)


 意外な一言に、丸まっていた身体を起こして聞き返すタマ。


(ああ。ただし、勘違いするなよ。俺たちは、お前の部下になるわけじゃない。俺たちは、俺たちの住処を俺たちの手で守りたいだけだ)

(そこら辺はどうでもいいにゃ。にゃんは手伝ってくれるなら文句はないにゃ)

(よし。じゃあ、何をすればいい?)

(じゃあ、数匹はここに残って、にゃんと一緒に見張りをしてくれにゃ)

(見張りっていうと、何を見張るんだ?)

(双葉のような奴が、この吉原の中に入ってこないかを見張るのにゃ。人の姿をした人でないモノを見つけるにゃ)

(よし、わかった。とにかく怪しそうなやつを見つけたらお前に教えるよ)

(うむ。そうしてくれにゃ。そして、他のネコたちには、吉原から出ようとする吉原の人間達を見つけ、その足取りを追ってほしいにゃ)

(わかった。じゃあ、早速伝えてくる)


 しゅたっ! とリーダーのネコが身をひるがえして大門から降りていった。残った他のネコは、タマのそばへとのっそりとやってきて、先ほどのタマのように身を丸めて大門の下の人どおりにネコ目を光らせ始める。それをため息交じりに眺めるタマ。


(まったく……双葉の名前を聞いただけでこれにゃ。双葉太夫さまさまだにゃ)


 くぁ~~……と、めんどくさそうにまたも大きなあくびをし、明らかにやる気のなさそうな雰囲気を発散させるタマ。タマがこの見張りに気乗りしていないのには、ちょっとしたわけがあった。

 実を言うと、双葉もタマもこの見張りについてはあまり意義を見出していないのだ。

 双葉のいうように、吉原には双葉以外の妖怪はいない。そして、吉原の客の中にも妖怪はいない。つまり、吉原の事件は、やはり人間が起こしているのだと双葉もタマも考えている。

 ただ、問題は動機。殺すだけなら血を抜く理由がわからないし、殺すのが目的だとしても、被害者の共通点が見いだせない。強いて共通点をあげれば、被害者全員は花盛りの美少女という共通点くらいしかないのだ。

 ともかく、わかっていることはこの事件には血が絡んでいること。そして、その血の行方がわからなくなっているということ。

 とすれば、抜いた血を外部に持ち出している者がいるのではないか?

 双葉もタマも、この一点を突破口にして事件への糸口を手繰ろうとしているのだ。


 それゆえ、双葉もタマも、吉原への妖怪の侵入の見張りにはさして期待はしていない。

 じゃあなぜタマはここで見張りをしているかというと、吉原から出ていこうとする女がいるかどうかを見張っているのだ。

 吉原という場所は、男の出入りは簡単だが、女の出入りとなるとそうはいかない。女は入ることは簡単だが、出ていくことはそう簡単に許されることではないのだ。

 女が吉原から出る方法は、ただ一つ。それは、男の客から身請けされることだけだ。

 一応例外として少しの外出ということはできなくもないが、それは朝や昼の内しか許されず、さらに一人での外出は認められていない。外出の際には、大門近くの番小屋にて厳しくチェックもされるため、このチェックの目を盗んで外出するのもほぼ不可能だ。

 そして外堀は、脱走防止として名高いお歯黒どぶも設けられているので、脱走はほぼ不可能。よって、やはり吉原の唯一の出入り口はこの大門だけということになる。

 だから、もし吉原から女が一人で出入りをしていようものなら、十中八九、その女が事件に関わっていることは自明の理。そこで、タマはダメもとでこの大門からそんな女がいないかと見張っているのだ。

 しかし、案の定というべきか、そんなわかりやすい容疑者が出てきてくれるわけもなく、吉原から出ていくのはスッキリ顔した野郎共ばかり。人間の野郎共の性欲がいかにお盛んかを、その目で見ているだけな状態となっているとなれば、タマでなくても閉口したくなるというものだ。


(まったく、やってらんないにゃ~。女の線で探るのは難しそうにゃ。だとすれば吉原の若衆辺りを探るべきにゃんだろうけど、にゃんは吉原に詳しくないから、それも難しいにゃ)


 だからこそ、吉原のネコたちの助力は、タマにとってまさに渡りに船だった。


(とりあえず、今日まではここで見張りをして、後で吉原のネコたちに若衆たちの話でも聞いてみるにゃ)


 くぁ~~……と、三度目の大あくびをしたところで、タマのネコ目に、気になるものが映った。


(ん……? ん~~~~?)


 その気になるものへとネコ目の焦点を合わせるタマ。そこには、一人の男が腰を低くして歩いている姿があった。

 姿恰好から察するに、吉原の若衆の一人なのだろう。前かがみでヘコヘコ頭を下げながら歩いている姿は、その男の卑屈さをよく表しているといえる。

 なんということもない、ただの太鼓持ちの若衆にゃ。そう思ってはみるのだが、なぜだかタマはその男のことが気になった。そこで、そばにいる吉原のネコに、その男のことを聞いてみることにした。


(おい、あの男は一体どんな奴にゃ?)

(あの男?)

(ほら、あいつにゃ)


 タマがあごをしゃくってその男を指し示す。すると、吉原のネコが、にゃふぅ~~……と大きなため息をついて、タマに言った。


(あいつは長次郎っていう太鼓持ちでね、吉原じゃ『よごすの長さん』って名前で通ってる男だよ)

(よごすの長さんって、どういう意味にゃ?)

(あいつに頼めば、どんなことでも、へぇようごすって言うこと聞いてくれるから、よごすの長さんって呼ばれてるんだ。まあ、便利なつかいっぱしりとして馬鹿にされてるよ)


 蔑みの口調で言う吉原のネコ。タマは、ふぅ~~~~んと適当に相槌を打ち、そのよごすの長さんとやらをじっと見つめてみる。

 いったい、こいつのどこが気になるにゃ? にゃんの野生の勘は外れたことがないにゃ。こいつは、きっとどこかが他の奴とは違っているにちがいないにゃ。

 じぃ~~~~……っと、タマはネコ目を細くしながら長次郎を注視し続けるが、やはり、特に何か目立つような点は見当たらない。せいぜい、気が弱そうで人がよさそうってことくらいしか見てとれぬ。


(ん~~~……にゃんの野生の勘も鈍ったかにゃ)


 くぁ~~……と、タマが諦めのあくびを出した、その時だった。

 てめえ!! もう勘弁ならねえ!!

 へっ!! そいつあこっちの言い分だ!!

 吉原の大門から入ってすぐのところで、二人の男がケンカをはじめだしたのだ。


(お~ちょうど暇してたとこにゃ。景気よくやれにゃ~~!)


 タマが嬉しそうに叫ぶと、他のネコたちもやれやれ~~!! との大合唱。そんなタマたちの声援に応えてくれたか、二人の男のケンカは、他の男たちにも飛び火して、大騒動の様相を呈してきた。

 そしてケンカの飛び火は長次郎にもふりかかってきた。頭を低くし、ヘラヘラしている長次郎に、粋人すいじんらしき男がくってかかりはじめたのだ。

 おめえさんよお、さっきから見てりゃあ、吉原の若衆だってのに、ケンカを止めるどころか、ヘラヘラして見てるだけたぁ感心しねえなあ!!

 そう叫ぶないなや、長次郎へと殴りかかる粋人の男。

 あ~可哀想ににゃ~。とタマが思うと、すぐにタマの思いが現実の光景として広がった。


 粋人の鉄拳が見事に長次郎の頬をとらえ、長次郎は勢いよく後方へと吹っ飛び、茶屋の店先に積み重ねてあった木桶に突っ込み、ガラガラとド派手な音を立てて長次郎は倒れこんだ。そのド派手な音にケンカをしていた男たちもそのケンカの手を止め、倒れこんんだ長次郎へと目を向けた。

 へっ!! だらしのねえ野郎だ!!

 木桶の中に埋もれて倒れこんでいる長次郎へと向かって、悪態をつきながらつばを吐きかける粋人。それを見て、他の男たちも事情を察し、ゲラゲラと大声で笑い始めた。

 長次郎本人はというと、木桶の中からのっそりと立ち上がり、エヘヘ、どうもすいやせん、とヘラヘラした顔で周囲の男たちにペコペコする。

 そんな長次郎の姿に、周囲の男たちもすっかり毒気を抜かれ、まったく情けねえ野郎だぜ、とあきれた声を出しながらケンカをやめて散っていく。男たちの後ろ姿と、周囲の他の吉原の客たちに向かって、長次郎はすいやせん、すいやせん、と情けない声をあげながら頭を下げ続けていた。


(まったく、いつもながら情けない男だ)


 にゃはははははっ!! と、ネコたちが大笑いをしている中、タマだけは真剣な表情で長次郎を見つめていた。

 あいつが情けない男? ふんっ! 吉原のネコたちのネコ目は節穴にゃ。あいつは、自分の身を呈してケンカが大事になる前に収めたにゃ。それに、ぶん殴られた時、あいつは殴られると同時に首を動かして、衝撃を逃がしてたにゃ。そうしてわざと自分から後ろに飛んで吹っ飛んだように見せかけてたにゃ。

 にゃふぅ~~!! と息吐くタマ。

 どうやら、目をつけるべき奴が見つかったようにゃ。やっぱり、にゃんの野生の勘は正しかったにゃ。

 タマは立ち上がろうとしたが、身体を丸めなおして大門からの見張りを続けようと考え直した。

 ひょっとすると、妙な奴はあの長次郎ってやつだけじゃないかもにゃ。今日のところはやっぱり、ここでしっかり見張りを続けることにするにゃ。

 そう決意し、タマは気持ちをいれなおして――――くぁ~~……と大あくびをしながら、大門での見張りを続けるのであった。

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