第一幕 号令――外道狩りの刻
時は既に、夕刻も終わりに近づき、そろそろ夜のとばりが降りようとしている時間帯であった。
「さて――みんなに集まってもらったのは他でもない。今から、僕が先ほど江戸城に行った時の話をしようと思っているのだけどね――――」
楓の部屋に集まっているいつものメンツの姿を見渡しながら言う蒼龍。その中に、目を赤くはらしたタマの姿を見つけ、
「もう、大丈夫なのかい?」
と優しく声をかける。
「うん……いつまでも、にゃんは泣いてばかりいられないにゃ。あいつらのためにも、にゃんは頑張らないといけないにゃ」
そうだね。と蒼龍は頷き、
「では、順を追って話させてもらうとしようか――――」
かくかくしかじかと、先ほどの江戸城での一幕を一同に話す蒼龍。
「――――と、このようなことがあったわけだね」
蒼龍が話し終わると、蒼龍を含む一同の視線が、一人の女狐に一斉にそそがれた。
「……なぁにぃ?」
キツネ目細めて首をかしげる楓。わたしが何か悪いことでもやったというのぉ? と不満をこれ見よがしに発散させている楓に煉弥が、
「いや……その、なんつうか……どこで、楓さんは将軍様とお知り合いになったのかなぁ~って……」
「ひぃ・みぃ・ちゅっ♪」
うふふふっ♪ と、キツネ目をいっぱいに細めて、にんまぁと悪い笑みを浮かべる楓。
一同は、まあ……楓さん・楓殿・楓君・楓のやることだし……と諦観のため息を深々と吐き出した。
そんな中、蒼龍の懐から楓の式神が、なのっ! と飛び出てきた。
しゅたんっと畳の上に式神が降り立つと、部屋のあちこちから、なの~! なの~! と他の式神達が、帰ってきた式神の周囲へわらわらと集まりだした。そして、
なの~! なののの~! な~のなのぉ~!!
お前よく戻ってきたなぁ!! 良い仕事してきたなぁ!! と言わんばかりに、帰ってきた式神をもみくちゃにして、わっしょい! わっしょい! とその帰ってきた式神を
それを一同が見送ったところで、蒼龍がゴホンッ! と大きく咳払いをして話を仕切りなおした。
「では、これからの動きについて話をすすめていこうか。異例のことではあるけど、先ほど、今宵より武芸者含む一切の町人の夜間外出を禁ずるという、上様による緊急のお触れがそれぞれの奉行所によって町中に言い渡された。つまり、今宵夜回りをしているのは、利位しかいないということになるわけだね」
「ん~、でもよォ。本当に、その利位って野郎、夜回りすんのかヨ? ビビッて逃げちまったりしねえのかヨ?」
オオガミの疑問に、蒼龍が答える。
「ああ、その点に関しては心配ないよ。利位は、必ず夜回りをするさ――いや、させられると言えば正しいのかな? まあどちらにせよ、利位が夜回りをするのは確実だと思ってくれていいよ」
そうカ。と頷くオオガミ。間髪入れずに、今度はタマが蒼龍に問う。
「じゃあ、その利位ってやつの扱いはどうするにゃ? 一応、護ってやったほうがいいのにゃ? それとも無視しちゃってもいいのにゃ?」
「う~ん……そうだねぇ……」
腕を組み、チラリと煉弥を見る蒼龍。その視線に気づいた煉弥、軽く咳払いをして、
「まあ……やっぱり護ってやったほうがいいんじゃねえかな。たしかに、ムカつく野郎ではあるが、なにも死ぬことぁねえよ」
と、仏頂面で言い放つ。
「ふふっ――そうだね、煉弥の言う通り、死なない程度には護ってやったほうがいいかもね」
義弟の優しさ――ともすれば甘さと言うべきかもしれぬ言葉に、蒼龍が笑顔で賛意を示すと、
「タッちゃん、大丈夫なの?」
と、楓が心配そうに蒼龍を見つめる。将軍様の利位を処置せよという命に逆らうようなことになっちゃわないの?
大丈夫ですよ――まあ、なんとかしますから。楓の心配そうな視線に、柔和な笑みでもって蒼龍は応えた。
はふぅ、と、楓はため息をひとつ吐き、
「そうねぇ。レンちゃんの言う通りかもねぇ」
やれやれ……といった様子で息子に向かって笑みを浮かべた。
そんな二人の無言のやり取りに感づいた煉弥が、二人に向かって小さく頭を下げる。わがままいって、すんません。二人は、煉弥のその行為に軽く会釈をしてやることで答えとした。
「さて、利位の扱いに関しては、出来得る限り護ってやるべきだということで話を進めていこう。だが、護ってやるとは言っても、利位の周りにオオガミやタマやタマの子分を配置するわけにはいかない。言い方が悪くてすまないが、撒き餌の周囲に釣り人をこれみよがしに配置してしまえば、釣り上げるべき下手人がエサに食らいついてくれなくなるだろうからね。だから、利位の周りに、妖怪の仕置き人を配置するわけにはいかないんだ」
そう言って、集っている面々をゆっくりと見渡す蒼龍。そして、煉弥の前に視線がきたところで、
「だから、煉弥に全てを託したいと思う。危険であることは重々承知しているが、これは、煉弥にしか頼めないことなんだ」
「……わかってます」
「すまないね。でも、これは僕個人の願いなんだけど、僕としては、どうしても今回の事件は、今夜のうちに決着をつけたいと思っているんだ。そうすることで、七年前からくすぶっている、色んなことにも決着がつくはずだろうからね」
そうすれば――きっと、僕の可愛い
「ええ――俺も、決着をつけるのなら、今夜のうちにつけたほうがいいと思ってます」
強い決意に満ちた視線を蒼龍に向ける煉弥。それを見て、蒼龍は察した。そうか。きっと、義弟と義妹たちは、もう、一歩を踏み出し始めたんだね。
「うん――では、利位の尾行兼護衛を、煉弥に一任しよう」
「……謹んで、承ります」
あぐらをかいたまま、深々と頭を下げる煉弥。うなずく蒼龍。
「では、オオガミとタマだけど、煉弥が下手人と出会った時に、煉弥のそばへとすぐに駆け付けることのできるギリギリの距離を保ったまま、煉弥の後についていてくれ」
「ってことは、オレが一番後ろで、煉弥とオレの間に、タマと子分たちがいるっていうような感じカ?」
「そうだね、オオガミの素早さから考えると、それが最も適当な布陣と言えるんじゃないかな。それに、ひょっとするとだけど、下手人が昨夜のように、タマの子分を襲わないとも限らない。考えを進めてしまえば、昨夜はタマの子分だったけど、今夜はタマかオオガミを直接狙ってくるかもしれない。そういうことが起こるかもしれないということを、念頭に置いておいてくれ」
「おウ。そんときゃあ、オレ達に手を出すってことがどういうことになるか、たっぷりと下手人のクソッタレに教えてやるとするゼ」
「そうにゃ。にゃんとにゃんの子分たちをコケにしてくれた落とし前は、きぃ~~~っちりとつけさせてやるにゃ」
フーーー!! と興奮気味のタマに、気持ちはわかるけど落ち着けヨ、とオオガミがタマの逆立つポニーテールを撫でながら諭してみせる。なんだかんだで、やはりこの二匹は仲が良いのだ。
「歯がゆいかもしれませんが、楓殿は、この長屋にて吉報をお待ちしていてください」
「ええ。それが、楓さんのお仕事ですからっ♪」
うふふっ♪ とキツネ目細めて微笑む楓。その笑みは、煉弥達に対する、全幅の信頼の表れであった。大丈夫。この子達なら、必ず、成し遂げてくれるに違いないわぁ。それに、じっとせざるを得なくて歯がゆいのは、タッちゃんも一緒でしょうに。
「さて、お化け先生――」
蒼龍の呼びかけに、なんだぁい? と、ひゅるりらぁ~~と蒼龍の前へと飛んでいくお化け先生。
「いかがです。あれから、資料から何か読み解けた新事実のようなものは、おありでしょうか?」
「う~~ん……そうだねぇ……」
ひゅるりらぁ~~と部屋を一周するお化け先生。そして、集っている面々の中心へと行き、
「面目ないけど、新事実といえるようなものは何もなかったねぇ……。だけど、先日も言ったけど、余が気がかりなのは、ツバメ君の舌が切り取られていたという点だよ。これがどうしても合点がいかないし、これがどうも底知れぬ異様さと不気味さを感じてしょうがないんだ。煉弥君。それに、オオガミ君とタマ君。どうか、重々気を付けて事に当たってくれたまえよ」
わかりました。おうヨ。お任せにゃっ。と三者三様の言葉でもってお化け先生に答える三人。
「よし、これで、今夜の動きは決まった――――」
そう言うと、蒼龍の周囲の空気が一変した。黒い瞳は真紅に染まり、自慢の黒い長髪も蒼龍の名の通り、じわじわと蒼色へと変貌していく。鬼の蒼龍が、その真の姿を現し始めているのだ。そしてそれは、公儀御庭番・特忍組組頭として、蒼龍が今夜のことに対しての決死の覚悟の表れでもあった。
「公儀御庭番・特忍組組頭・北条蒼龍が、特忍組所属・妖怪仕置き人達に命ずる――此度の江戸の町を騒がせし辻斬り始末――今宵の夜回りにて、
お化け先生を除く、その場にいる仕置き人と差配人が、この言葉を受け、威儀を正して深々と蒼龍に向かってお辞儀をし、声をそろえてこう言った。
「必ずや――組頭様のご期待にお応えいたします・ス・にゃ」
これにて、全ての御膳立ては整った。
今宵こそ――――外道狩りの刻。
今宵こそ――――決着の刻。
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