1回目

通信

 翌日、学校に着くなり逢坂が事故で亡くなったという訃報を受けた。


 事故。


 不運、なんて表現ではあまりに足りない。そんな不幸が起きて彼女は死んだらしい。


 詳しい事故の原因はまだ分かっていないらしいが、兎に角、逢坂が亡くなったという事実は、どうしようもなく現実のようだった。


 一時間目は、全校集会となった。校長先生が何かを言っていたような気がするけれど、残念ながら俺の耳には届いていなかった。それは、いつものことかもしれないけれど、いつものことではないような気もした。・・・いや、きっと違うんだろう。そこに、彼女がいないのだから。


 教室に戻ってから、今度は担任の先生が何かを話していた。当然、上の空である俺には何を言っているのかが分からなかった。多分、涙の出るようないいことを言っていたんだろうと、勝手に思っておくことにした。


 クラスメイトの反応は様々だった。逢坂と仲の良かった女子は泣いていた。その子を慰めているあの子も、本当は泣きたいんだろう。我関せず、という表情でケータイを弄っているやつもいた。でも心の中では悲しんでいるのかもしれない。もちろん本当に何も思っていないやつもいるのだろうけど。茫然自失の顔をしているあいつは、俺と同じで、逢坂のことが好きだったのかな。


 気が付いたときには、もう放課後になっていた。いつの間に全ての授業が終わったのか、まるで分からなかった。だから、今が放課後だということにもしばらく気付かなかった。「あれ、これから授業が始まるのに、何でみんないないんだ?」と、本気で思ったくらいだ。そんなわけだから授業の内容などまるで頭に入っていなかった。一日中、ただひたすらに昨日の出来事を思い返していた。


 逢坂が事故に遭ったのは五時前後だったらしい。それはまさしく、俺と逢坂が一緒に話をして歩いていた時間と同じ時刻だった。つまり逢坂は、俺と別れてすぐに事故に遭ったということだ。


 ・・・後悔が、頭の中を駆け巡る。俺の行動が一つでも違えば、逢坂は死ななかったんじゃないか。そんな風に、考えてしまう。逢坂が死んだのは、自分のせいなんじゃないかって、そんなことを・・・。


 ポケットからケータイを取り出す。そして、電話帳に登録されたその名前を見る。折角、やっと、番号を交換できたのに、もう使うことのなくなってしまった、その番号を。


 しかし何を思ったのか俺は、見つめるだけでなくその番号を押そうとしていた。もう相手は出ないと分かっているのに、もしかしたらもう一度彼女の声を聞けるんじゃないかと、そんな馬鹿みたいなことを思って彼女に電話をかけようとしていた。


 とんだ間抜けである。


 かっこいいことを言っているようで、単なる現実逃避だ。


 そんなことは、自分でも分かってる。


 それが分かっていながらも、結局俺は発信ボタンを押してしまった。耳元に響くコール音が、やけに俺を虚しくさせた。情けなくもさせた。


 女を待たせる男は最低だと言う。その言葉を借りるなら間違いなく俺は最低な男だ。彼女は別に待っていたわけでもないだろうけれど、いつまでも告白できない俺は多分、どうしようもないほどにどうしようもなかっただろう。ちょっとずつ仲良くなって、いい感じになって、そしていつかは告白して恋人になれるとか、そんな夢想をしていた。だから、彼女が死んだことをまるで受け止められずにいる。もう少し現実を見て生きていたのなら、彼女がある日突然死んでしまうことも、考えることができたのかな。


 今はもう告白どころか、話もできない。声も聞けない。もしもう一度彼女と話ができたなら、そのときはきっと・・・・・。


「はいもしもし。何かあった?」


 いや、そんな「もし」はやめにしよう。「もしこうだったら」なんてことを人はよく考えるが、その大半は100%訪れない「もし」である。要は考えるだけ無駄ということだ。それは時間の無駄というよりも、思考の無駄・・・・


 ・・・・・ん?


「さっき別れて一分もしてないけど、何か言い忘れたことでもあった?」


「・・・・は」


 ・・・。


 ・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・!?


 ドクンと、心臓が高鳴った。


 というと、このときの僕の気持ちをまるで表現できていない。


 心臓が飛び跳ねた。


 より詳しく言うなら、あまりの出来事に吐きそうになった。


 多分、聞き間違いではないはず。俺が、おかしくなっていないのであれば、それは確かに。


 好きな人の声だった。


「あい、さか・・・・・?」


「うん?そりゃそうだけど何?どうしたの?」


 心底意味不明とでも言いたげな態度で、逢坂は問いかける。しかし意味不明だと言いたいのは俺の方だった。


 何だ?


 何が起こっている?


 まさか逢坂は死んでいないのか?いや、流石にそれはありえない。もしそうなら今日の一日はなんだったんだ。皆が皆逢坂の死を悲しんでいたというのに。しかしそれなら俺の気がおかしくなってしまったのか?あまりに逢坂の声が聞きた過ぎて、俺の心の闇が逢坂の幻聴をつくりだしてしまったのか?今俺は逢坂と電話をしていると、そう思い込んでいるのか?


「逢坂・・・今、どこに・・・・・」


「どこって家に帰るところに決まってるじゃん。さっき言ったでしょ」


 さっき?


 さっき言った?


 さっきって、いつだ?


 そういえばその前も「さっき別れて一分もしないのに」って言ってたよな?俺が逢坂に会ったのって昨日の・・・。


 昨日の?


 チラリと、時計を見る。針は五時少し前を指していた。それは丁度昨日、逢坂と会話をしていた頃の時間だ。


 ・・・・・。


 一瞬、変な妄想をしてしまう。まさかそんなことあるわけない、と思いながらも、俺は逢坂にそれを聞いた。


「逢坂、今日って何日だっけ」


「何?そんなこと聞くために電話してきたの?ケータイの画面に映ってるでしょ」


「頼む、答えてくれ」


「え?えっと今日は・・・」


 そして逢坂は。


 今の俺から見て、昨日の日付を口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

通信選択 青葉 千歳 @kiryu0013

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ