光を放つ板

葉月マロン

1 死んだ



「色々あってあなたは手違いで死にましたよ」


はっと目が覚めた瞬間そんな事を言われた俺は……なんだったっけか?

どうやら現状把握もできていなければ自分の事も把握できていないらしい。一気に情報の波をぶつけられても理解できない。

なので一つずつ理解していこう。


まず目覚めた瞬間第一声、俺に声をかけてきた目の前のこれについてだ。

見た目は多分少年っぽく見える。小学…何年生だ?3、4年?

とげとげした金髪に狐面、あと何か構造がよくわからない青い服……なんだこの生物は。


「もしもーし?起きてる?もしや目を開いたまま寝るとかそういうタイプか?いいだろう、起きるまでこのままアラームとして機能しつつ喋り続けるのも僕としてはやぶさかでもない。会話は苦手だが喋るのは割とできるんだ」


声から判断すると微妙な所だが、まぁ多分性別は男。口調的に、雰囲気的に。

とりあえず謎の少年が俺に死亡通知をしてきた、と認識してここはよしとしよう。

次に周囲の把握に移る。

まず自分がその場にあぐらをかいて座っているということを認識する。

そしてその座っているものは真っ白な綿っぽい物体……でも実体がないような気がする。直感的にこれは雲と判断した。

雲に座ってるのか俺?

でも座れているんだから座っているんだろう。それで納得した。

で、周りの景色だ。謎の少年の通り越して後ろの風景を見てみるが、真っ白で何も無いように見える。どこまでもどこまでも雲(仮定)が広がっているのみだ。

自分の記憶……じゃないな、知識の中にこんな風景は存在しない。飛行機の中から見た雲の上の風景だってもっと何かしらはある。

つまり現在位置不明。謎の少年と同じく謎の場所って事だ。

……が、少年の言葉にヒントがあった。そういえば死んだとかなんとか言ってたな。

じゃあこれ、いわゆる天国か?


「眼球が動いたな。だけどこれは単なるレム睡眠の可能性もあるから起きたとは言い切れない。レム睡眠って瞼開けたまま起きるのかね?そこら辺どう思うよドリーマーなお前さん」

「……そもそも寝てないんだが」

「たまにこうしてまるで会話でもしているかのような寝言を発する人もいるからまだまだ油断ならないね。慎重な行動を意識しなければ僕は赤っ恥をかく事になる。顔は隠れているから見えないだろうが、当然僕も何も見えていない。そう、この狐面には穴なんて何も空いていないのさ。勘で話しているが面を取ったら目の前に誰もいないとかそういう可能性もあるからとても怖かったんだが、今肉声を確認したから実はかなり安心しているよ。ありがとう死人よ」

「…………」


周囲の把握は少しずつできてきたつもりだったが、目の前の存在の理解が全くできていなかった。謎の少年から謎の生物に意味不明度がランクアップした。

ともかく、このままではいけない。相手の勢いを無視して聞き出さなければこの狐面はどこまでもどこまでも好き勝手に話す。そんな確信がこの短い間の会話で得られた。


「質問いいですか」

「口調は自由でいいとする」

「……。ここはどこなんだ?」

「僕の部屋」


狐面の部屋らしい。……部屋?


「お前が誰か訊いていいか?」


僕とか言いそうだな。


「神」


神らしい。……神?


「神?」

「そう、神。様はつけないぞ自分なんだし踏ん反り返る趣味は無いね、そんな体勢取るくらいなら僕は安らかな睡眠につくことを選ぶだろう」

「神……神……?」


これが神様?

いや、想像上の存在でしかない…はずなんだが。それでももっとこう、なんというか、超常の存在的な雰囲気があると思っていたんだが。

言動は異常な存在的雰囲気を思いっきり出してるが。そうじゃない。


「なにやら不満な様子だな死ニョン。だがこれはお前さんのせいなんだぞ」

「え?」

「実を言うと、神の姿ってめっちゃ不定形でさ。本来なら誰かの形をとってるとかない訳だよ。だからなのか僕を目にした生物はみんな一様に違う反応を示す。お前さんに僕がどんな姿で、どんな言動を取ってるか僕は把握していないけれども、その様子からするととても妙な事になってるらしいね」

「…………」


え、この惨状俺のせいなのか?

だがそう言っているからには多分そうなんだと思う……神様も大変だなぁとか思う。


「それはまぁ置いといて」

「置いとくのか」

「いつもの事だし。さぁさぁ本題に入ろうか串刺しシングル」

「……そうだ、さっきから死人やらシニョンやら言ってたが、それってつまりそういう事でいいのか」

「そういう事で良いんだよ。ここでVTR入ります」


神がそう言うと共に空中に四角い枠の……映像が現れた。

誰かの部屋……見覚えがある。俺の部屋か?

その部屋で多分俺が眠っている。

安らかな眠りだったのだろう。そんな部屋へガラスを粉砕しつつ突入してきたものがあった。

槍だ。

強いて言うなら円錐型の槍。ファンタジーでよく見るアレだ。それが突如俺の部屋に突入してきた。

そしてそのまま安らかに眠る俺の頭を正確に捉えた。頭貫通。中身ぶちまけ。ベッド貫通。頭から槍の後ろっ側を生やした俺。

あ、即死だ。

その瞬間を見た時、ぼんやりそう思った。


「さて。こうなった経緯、そして謝罪を始めるとしよう」

「謝罪だって?」

「そう、謝罪。僕の仕業、ではないが責任は僕にかかるのでね」


映像が切り替わる。


「現状を説明する。まず前提として、この世には無数の世界が存在しているのさ」


さっきの俺の部屋の映像が入った円が現れた……と思ったら、その後から次々と他の円が出てきた。

それぞれになにかの映像が入っている……俺の知っている世界とは全く異なる風景のものばかりだ。


「普段これらは干渉する事はないのだけど、実は通り道的なのは有ってね。基本道は閉じてて、僕みたいな世界を管理する側が使う道なんだが……まぁそこの話はいいか」


無数の円が消えて、俺の世界、そしてもう一つの世界だけが残った。


「本題。そんな世界群だが、たまーにその道が勝手に開いて何かしらの影響を出してしまう事があるんだよね。お前さんの世界で例を出すと、他世界の風景を夢に見たりとか、神隠しにあうとか、幽霊見たとかそういう怪奇現象系。ま、大抵はどうでもいいことしか起きない、が……」


残った世界の映像は、何やら人々が争ってる様子が映っていた。

武器は現代的ではなく、甲冑に槍やら剣やら……

…………あの槍見たことあるぞ?


「……察しの通り、そっちの世界の槍がお前さんの世界に転移するって現象が起きちゃって。しかも転移時の勢い、そして転移位置。お前さんを殺す為だけに起きたみたいな現象だった」

「…………」

「とんだ不幸、確率的には幸運とも言えるが、ともかく凄まじい不幸の事故だった。……しかし、それらを事前に防ぐ役目があるのは僕なんだよ」

「だから、謝罪する。君のまだ始まったばかりの人生を途絶えさせしまって申し訳ない」

「…………正直、実感が無いし、どうすればいいのか全くわからない」


神が頭を下げているっていう状況も、俺には全くわからない。

でも、話を聞いている限り不慮の事故だったらしいし、そこはまず受け入れるしかないと思った。


「だが、まぁ、なんだ。ここで俺が怒ったところで、もうどうにもならないんだろう?なら、許すしかない。もう頭を下げなくていい」

「……そう言ってくれると有難い」


神は頭を上げ、狐面の位置を直す。


「ならば調子をいつもに戻そう。事故があったその後だが、後から色々手を加えてなんとかその世界の中では怪奇現象じゃない、不幸が重なって起きた珍しい事故として処理はできた。ただ、起きたこと自体は変えられない」

「俺はどうあっても死ぬって事か」

「そういうこと。今回は不幸な事故だったって事で、できれば元の世界に帰してやりたいんだが、死んでるからね。生き返ることになるからあの世界には帰せない」

「アレから生還したとしたら、とんでもない騒ぎになるな……」

「そういうこと。しかしこのままさようならっていうのも余りにも、だ。そんな訳で、僕はお前さんに提案するんだが」


映像が切り替わった。

ぱらぱぱーみたいな間抜けなファンファーレと共にそこに映し出されたのは……


異☆世☆界☆転☆生


の文字だった。


「流行ってるらしい異世界転生、実際にやってみないかね?」

「……………??」


ノリの落差に思考がこんがらがる。

いや、異世界転生という単語自体はわかる、確かに流行っている。いつからかはわからないけれどそれはもう大量にある。

そうだ、不慮の事故で死んだという今の俺の状況はまさにそれだ。


「要は、お前さんの世界じゃもう存在するのが難しいから他の世界で第二の人生を歩まないかって話だ。ああ、もちろんいきなり知らない世界に放り出されても不利だろうから特典もあげますよ。えーと、チートなのをあげればいいんだろ?チート、チート。まさに不正行為だ、ぴったりすぎる表現だね」

「えっと、待ってくれ」

「ほい」

「マジか?」

「ええ、真面目ですとも。そちらが構わないと言うから今はこんなノリだが、実のところ割と本気で申し訳ないんだぜ?一生の不覚って奴だよ。このまま次の生へってされるとどこまでも忍びない。これがお前さんにとっての幸せに繋がるかどうかはわからないが、むしろお願いしたい。何かさせてくれってね」


どうやら本気でやるらしい。

異世界転生。異世界転生か。

悪い話じゃない。次の生へ、って言うのも別にいいんだが、多分その次の生は普通の人生だろう。

普通はできない経験、普通は無い機会。

神も何かしたいと言っているし、ここは素直に乗るべきか。


「……一つ確認。その、異世界で死んだ場合ってどうなるんだ?次の転生先とか」

「その時はまたここに呼ぶよ。気に入った方で転生するといい。……転生したら基本全部リセットだけどね」

「そうか……」

「というかそっちの世界の異世界転生だが、何で異世界転生なんて言う癖に普通に死んだ時点の記憶とか引き継いでるんだい?それ転移じゃないか?」

「それはー……俺もよくわかんないな。多分、死んでから別の世界に、だからじゃないか?作品によって異なるだろうが、身体の構成とかもその世界に合わせてるのかもしれない。魔力とかそういうやつ」

「だけど記憶はそのまま、と。……あー、記憶も特典に含まれてたりするのかもしれないね。多分そういうことだ」

「なるほど」

「あ、てかオッケーって事でいい?記憶引き継ぎ身体引き継ぎのチート付きイージーモード転生になるけど」


……そう言われると少し気がひける、というか自分の発言が重大な分岐点に思えてきた。

だが……うん。ここで普通に転生しても、だよな。

このロスタイムを逃すにはもったいない。

よし。


「オッケー。頼む」


言った。

言ってしまった感はある。が、言ってしまったんだ。

後は流れるだけだ。


「了承いただきました。よろしい、ならば早速取り掛かろうか」

「俺はどうすればいい?」

「んー、リアクション?」

「リアクション?」


そう聞き返した時、不意に浮遊感が身体を満たした。


「それではまぁ存分に楽しみたまえ」

「お—————」


リアクション?リアクションだって?

急にその場から落とされてそんなのできるわけ……


「———っお、あ——あるかぁっ!」


できたじゃないかー、みたいな声が聞こえた気がした。

遠ざかっていく雲を視界に収めつつ、何もかもが暗転した。












はっと目が覚めた瞬間俺の目の前は緑で満たされていた。

今度はいきなり死亡通知をしてくる誰かが居たりはしないみたいだ……とか思いつつ立ち上がる。

場所は……どこかの森の中のようだ。

無論現在位置は全くの不明。異世界転生?したのなら何もかもわからない可能性が高い。

何であれ、まず人を探すのが先か……

……そういえば、チートをくれるとは言っていたけど、何をくれるから一切説明しなかったなあの神。

大抵なんかすごい能力とか貰ってるイメージだが、どうなのだろう?

あと服。……変わらないな、普段着。

ついついジーパンに財布が入ってるか確認してしまったが、異世界なら円とか役に立たないよな、多分。10円を臭い消しとか、札を燃料とか、そのくらいか……

…………ん?ポケットになんか入ってる。

この硬さ、そして形状……まさか。


「!」


それを取り出したと同時、何かが草をかき分ける音を聞いた。

野生動物?凶暴な奴だったらまずい、別に足に自信は無いし逃げ切れるかどうかは微妙だ。

木に登る?登ってくるやつかもしれない。こっちに来る先に逃げるか?だがこのまま動かずにいれば気づかれないかもしれない——

複数の案が浮き出てくるが、どれを選べばいいのか瞬時に判断できない。

あっという間に時間切れだ。草をかき分ける生物は俺の前にその姿を現した。

ゴブリンだ。


「…………………………………」


ゴブリンだった。

想像通りのゴブリンだった。

帽子を被って、鼻がデカくて、武器を持った、緑の小柄な姿。

それが俺の前に出てきた。


「…………人間、か?」


しかも喋った。流暢な言葉……いや日本語!?

言葉がわかるのはありがたいが、だが何故日本語なんだ。

もしかして神のチートか?

いや、今はそれよりも、このゴブリンの動向の方が重要だ。


「……人間、だが」

「……?俺たちの言葉がわかるのか?」

「わかる……」

「何故だ?」

「わからない……」

「…………。なるほど。詳しい話を訊く必要があるか」


ゴブリンは武器……鉄の大槌、らしき物を構える。

これは、まずいやつじゃないか?

逃げ

ようとした、その瞬間に震動。

ゴブリンが地面を踏み鳴らした音だ。

それが分かったのは、目の前に迫るゴブリンを理解した後だった。


「ぅ、おっ……!」


逃げ、られない。今にもゴブリンは槌を振るい、俺は砕けるか弾け飛ぶ。そんな気しかしない。

だがそんなこと考えている暇もなく、俺にできるのは反射的に顔を手で防ごうとする、そのくらいだった————



凄まじい轟音が鳴り響く。



俺は……俺は……?

痛みも衝撃も、無い?

きつく瞑った目を恐る恐る開いてみると、大槌は地面に突き刺さり、ゴブリンは木にぶつかってひっくり返っていた。

何故?殴られたはずの手は、頭は?

そう思い手の中の物を見て……気がつく。

電源が入っていた。


「……なんだ、今のは……?」


ゴブリンが起き上がりつつ呟く。


「……今の?」

「お前の、その武器の事だ!それは一体なんなんだ……!?」


鋭い爪で俺が持っているコレを指差すゴブリン。


「これは…」


俺だって何が何だかわからない。

だから、今持ち合わせている知識で、精一杯の答えを……言うしかなかったんだ。



「……スマホだ」



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