第249話 共闘 3



「──じゃあ、敵の本当の狙いは……」


 水を大量に飲んだことでどうにか頭をスッキリさせたフレディアが、難しい顔で考え込む。

 現在に至るまでの経緯を伝えたところ、フレディアは反省しきりに十八になるまで、酒はもう一滴も飲まないと誓っていた。


「おそらく”残された魂”を利用した”なにか”を企んでいるものと思われる。だが、その”なにか”がいったい何なのかまでは──とにかくこの前のように今回もフレディアの光魔法が必要になるということは確信できる」


 フレディアがごくりと唾を飲む。


「そんなに気負う必要はない。フレディアの魔法の実力は俺がよく知っている」


「そう言ってくれると……でもリーゼ先輩が心配だね……無茶をしていなければいいんだけど」


「ああ。その辺の賊相手なら問題ないだろうが、今回ばかりは……相手の考えていることが分かるという贈り物ギフトがどれほどのものか聞いておけばまだ少しは安心だったんだが」


「ラルク君、今言った贈り物ギフト? って、なに?」


「ん? ああ。それは俺が勝手にそう呼んでいるだけなんだが──」


「ラルクロア様。班分けが完了しました」


 フレディアとふたり考察を重ねていたところへ、ハウンストン先輩がやってきた。


「え!? って……ラルク君!? なにがあったの!?」


 ハウンストン先輩の俺を呼ぶ名にフレディアは目を丸くするが、その辺は端折って話していたので、


「説明は後回しだ。それよりも──」


 先に作戦を練ろうと、各班のリーダーに集まってもらうよう指示を──、


「なんでテメェがここにいる」


 しかしそのとき、生徒の中から武術科の生徒がひとり、俺たちの前に進み出てきた。


「テメェ、よくも俺の前に姿を現せたな」


 フレディアを鬼の形相で睨みつた男が凄む。

 今にも飛び掛からん勢いだ。


 なにやらフレディアと因縁があるらしいが──この男どこかで……


 男はさらに近寄り、鼻の先が触れ合う寸前までフレディアにぐっと顔を近づけると、


「女みてえなツラしやがって、テメエそれでも男か!」


 いっそう凄む。

 フレディアも一歩も引くことなく睨み返している。が──、


「──引け」


 凄んでいた男は、後ろから来た闘気使いの男に、ぐい、と肩を掴まれると、強引にフレディアとの距離を離されてしまった。


「見苦しい真似はするな」


 ──男は闘気使いを振り返る。


「テイランド──こいつは魔法師の分際で俺に剣で挑んできやがったんだぜ!」


 男は興奮した様子でそう言うと、闘気使いの男の手を振り払った。

 

 そうか。この男、どこかで見たことがあると思ったら、交流戦でフレディアと戦った男か。

 確か名前を──


くどいぞダルフ。貴様はこやつに負けた。潔く敗北を認め、遺恨を残さぬのも剣士としての矜持ではないのか」


 ダルフ──そういえばそんな名だったか。

 

 会話の中から、闘気使いの男がテイランドという名らしいこともわかった。


「剣も使えねぇお前が剣士の矜持を騙るなどお笑い種にもほどがあるぜ」


 ダルフが今度はテイランドに噛みつく。


「ほう。ならば貴様の剣士としての実力、我が見極めてやろう。だが、主席とはいえ貴様は所詮代理にほかならぬ。主席でもない貴様ごときに勝利したところで美酒には酔えぬがな」


 テイランドもわずかに闘気を放つとそれに応じる。


「酒なら俺が愉しんでやらぁ。俺に倒されて寝転がっているテメェのバカでけえ図体の上でなぁ」


「ふん。敗者ほどよく吠えるとはまさにこのことだな。我の師であるカイゼル殿など、このラルクロア殿に負けを喫したとて、それは爽快なお顔をされていたではないか。比べることすら烏滸おこがましいが、やはり貴様ごときとは雲泥の差がおありだわ!」


「上等じゃねえか! ならテメェの無駄肉を削ぎ落して醜女蜘蛛くらいには好かれるような見た目にしてやんよ! 魔物相手によろしくやってくれや!」


 ふたりの会話は徐々に熱を増していく。

 ついさっきまで和やかだったのが嘘のようだ。

 それだけ殿下がちゃんと仕切っていた、ということなのだろうか。


 にしても、カイゼルが師ということは、カイゼルが弟子を雇ったということなのだろうか。

 まあ、なんとなく同じような匂いはしていたが……


 いや、それよりも先ずこのふたりをどうにかしないことには。


 ここはハウンストン先輩に任せるよりも、指揮を授かった俺が納めるべきだろう、と、ふたりの間に割って入ろうとしたが──、


「ラルクロア様! ヴァレッタ先輩からは伝報矢が来ましたが、エミリア教官の方からはまだ返事がありません! ……って、あれ!? ダルフ先輩とテイランド先輩、どうかしましたか?」


 そこへ店の外で伝報矢を放っていたオリヴァーが戻ってきたことにより、ふたりの気勢はそがれてしまった。


「揉めるのは一向に構いません。ですが、それはこの任務が終了してからにしてください。そんなくだらないことよりも、今は殿下の指示に期待以上の成果で応えられるよう、お互い協力しあってください」


 鼻息を荒くしているふたりに俺は忠告する。

 くだらない、と言われたことにふたりとも何か言いたそうにしていたが、やはり殿下の名前が出たことにおとなしく班の列に戻っていた。


「では各班の長はここに集まってください」


 伝家の宝刀を手に入れた俺は班長を集めると、作戦を伝えた。




 ◆




「前例のないことなので連携が上手くいくか……」


 班長のひとりであるハウンストン先輩が不安そうな表情を見せる。


「大丈夫です。俺たちはすでに何度も訓練を行っていますから。前衛である武術科の生徒は、魔法科の生徒が全力で補佐します」


 魔力量が多い魔法師が前衛に出てしまっては、その魔力を敵に吸収されてしまう恐れがあるため前衛に武術科の生徒、そして後衛に魔術科の生徒を配置して共闘する、という作戦だが──。

 魔力を持っている生徒を前に出せないことに、武術科の生徒は不安が拭えない様子だ。


 「魔力吸収アブソーブ持ちの相手には、この形が最適なのです」フレディアが後押しする。


「それはそうだと理解するが……面識のない没が我らの補佐などしてくれるのだろうか」


 面識はなくとも恨みを買っている可能性なら無きにしも非ず、と闘気派主席のテイランド先輩も眉間にしわを寄せる。


「テイランド先輩。その呼称は魔法科の生徒の前では控えてください。不快感を持つ生徒もなかにはいると思いますので、そのことは班員にも徹底させてください」


 俺は先ほど聞いて知った、日の昇る方角にある武術科学院を”昇”、そして日が沈む方角にある魔法科を、皮肉を込めて”没”と呼ぶ武術科の生徒たちのに対して注意勧告をした。






 ハウンストン先輩は俺の指示に従い、生徒を五つの班に分けてくれた。

 班を分けての行動。

 そのことに、俺は舞踏会の晩を思い出さずにはいられなかった。


 知らず知らずのうちに緊張は高まっていく。


 お互い簡単な紹介は済ませたが、実戦経験の乏しい生徒たちを指揮する、ということもこの緊張の一因となっていると思われた。


 第一班に剣派主席ハウンストン先輩が率いる十七名。

 ハウンストン先輩は病み上がりのため参加自体を避けたかったが、本人の強い希望と、弟であるオリヴァーもしっかり補佐をするということで、俺の指示をほかの班長に伝達する役を兼ねて班長となってもらった。


 第二班に四学年一クラス、闘気派主席テイランド=グレーター先輩率いる十七名。

 テイランド先輩はカイゼルの正式な弟子ではなく、弟子にしてほしいと嘆願している最中とのことだった。リーゼ先輩と交わしていた会話の中で俺のことを平民呼ばわりしたことを謝罪してくれたが──昇と没の言い回しはどうやら急には直らないらしい。

 相当の実力がありながらも交流戦に出られなかったのは、戦い方が地味な闘気術では国民に対して力を見せつけられないとして、当時教官だったスコットに参加を否定されたからだそうだ。


 第三班には四学年一クラス、槍派主席のヘリオス=バラン先輩。率いるのは先輩を含め十六人の生徒だ。ヘリオス先輩は交流戦にてハウッセン先輩に勝利しているから、実力はあると思われる。


 第四班は四学年一クラス、斧派主席のゴードン=コナント先輩が十五人の生徒を取り纏める。実力はわからないが、ハウンストン先輩が選出したのだからある程度頼っても問題なさそうだ。


 第五班は四学年一クラスで剣派の両刀使い、交流戦でアーサー先輩に勝利したランブル=ジネス先輩が班長となった。班員の総数は十五人。

 合計八十一名の生徒が作戦に参加してくれることとなった。


 緊迫した空気の中でそれぞれ無駄口たたく班長はいなかったが、やはり不本意な結果となった交流戦に思うところがあるのか、それとも、そもそも歴史的に魔法科の生徒が気に入らないのか、ハウンストン先輩を除く四人が四人とも、共闘することに対して苦い顔をしていた。

 それは向こうも同じかもしれないが──俺とフレディアが説得すればどうにかなるだろう。

 しかし前代未聞というだけあって、急拵えであることは否めない。

 俺も武術科と魔法科の間に入り、折衝役となった方がいいだろう。



「では、最後に──」


 班長は五人とも一本線だ。

 実力は兼ね備えていると思うが、やはり訓練や鍛錬と実戦は天と地ほどに異なる。

 それが魔力吸収アブソーブ持ちが相手ではなおのことだ。


 ここにいる生徒にもそのことに対する覚悟を持ってもらう必要がある。


「数アワル後、俺たちは命を奪い合う場の渦中にいます──」


 俺はフレディアを含む六人と順番に目を合わせた。


「我が国の平和を脅かす敵に手加減など必要ありません。敵と判断した場合には躊躇うようなことはせずに、即、頸を切り落としてください。一瞬でも躊躇するようなことがあれば──そのときは仲間が、そして自分がそうなると覚悟してください」


 そう締めくくると、俺の言葉にあるものは武者震いを、そしてあるものは神に祈りを捧げるのだった。




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