第250話 共闘 4



 地下に消えた男と、それに続くリーゼ先輩の姿を目撃したという情報屋と落ち合ったのは、冒険者街の外れにある古びた施設の門の前だった。


 冒険者街にこんな場所があったのか、と冒険者としての経験もある武術科の生徒たちが口々に囁きあうほどに、普段は人が近寄らない辺鄙な区画にその施設はあった。


 この一帯は灯りもなく寂れていて、さっきまでいた歓楽街とは正反対の姿を見せている。


 まだ手を付けていない場所がある──カイゼルはそうぼやいていたが、ひょっとしたらこの辺りのことを言っていたのかもしれない。


 今、俺たちの前にある施設は、門だけでなく、その奥にある建物も半分朽ちてしまっている。

 柵や大きな窓格子にはふんだんに鉄が使われていて、元々はかなり立派な建物であったことが見て取れるが、その分、却って薄気味悪さを増していた。

 

 貴族の家──いや、場所的に考えてもそれはないか?

 だとすると、教会……それとも冒険者用の施設……

 あの造りなら人は多く集められそうだが……


 月明かりに浮かぶ施設に、かつて栄えていただろう頃の姿を想像していると──、


「さあ、こっちですぜ」


 自称情報屋だという男が先に歩き出した。

 男は遠慮する様子も見せずに門をくぐると、施設の敷地に入っていく。


 情報屋はお世辞にも身綺麗とは言えない格好をしているが、モーリス殿下の息のかかった人物であることに違いはないので信頼はできる。


 俺は、班長以外はこの場で待機するように指示を出すと、五人の班長とフレディアともに、下見を済ませるべく情報屋の後を追ったのだった。




 ◆




「あそこですぜ。あの小屋に例の男と紅い髪の女が入っていったんでさぁ」



 情報屋の説明では、施設の裏手にある小屋に男が先に入り、しばらくしてからその男を追うように、リーゼ先輩と思われる女性が入っていったらしい。

 情報屋はしばらく外で様子を窺っていたそうだが、話し声もせず、ふたりともなかなか出てこないことを疑問に思い、小屋の中を確認するため扉を少し開いたという。

 だが、中にはだれもいなく、ますます不思議に思った情報屋は小屋の中を探すことにしたそうだ。

 馬小屋ほどの広さしかない小屋であることに、はて、大人がふたり隠れられるような場所もないのだが、と、首を傾げながら探していると、床の一部がわずかにずれていることに気がついたという。

 そしてそこを重点的に調べたところ──地下へ続く階段を発見したということだった。




「ちょっと待っててくだせぇ」


 小屋の近くまで来ると、情報屋はひとりで小屋へ向かって歩いて行った。


 俺たちは少し離れた場所で小屋の様子を窺う。


 小屋は敷地内にある他の建造物と比べて、不自然なほどその原形を留めていた。

 木造であるにもかかわらず、腐朽はおろか、変色すらしていない。

 まるでこの小屋だけ特別に人の手によって管理、維持されているかのようだった。


 しばらくすると小屋の裏手から、情報屋と、もうひとり別の男が姿を現した。

 情報屋とその男は俺たちの前まで来ると、


「こいつはおいらの仲間で、この小屋の見張りをさせてたんでさぁ」


 男をそう紹介し「おい、なにかあったか?」その男に確認する。


「こっちはなんもねえだ。あれっきり人っ子ひとり見ちゃいねえ」


 見張りの男は首を横に振る。


 「そうか。ご苦労だったな」見張りを労った情報屋は俺たち見て「あっしらができるのはここまででさぁ」と続けると、


「地下への階段は扉を入って右の奥にありやす。目印に木の枝を置いてありやすから──ただ、地下から誰かが戻ってくるかもしれやせんから気を付けてくだせぇ」


 それらの情報を教えてくれた。


 俺は、案内してくれた礼と情報料として、なにかあげられるものはないかと──硬貨が入った革袋を取り出そうとしたが、


「そんなもんは必要ねえですぜ。旦那からたんまりいただいてやすから」


 情報屋がそれを断る。

 旦那──とは、モーリスのことだろう。

 どれだけ報酬をもらっているのかわからないが、とにかく男は俺にそう言うと、小走りに立ち去ってしまった。




 ◆




 小屋の中を確認し、そこに地下へ続く階段を発見した俺たちはひとまず下見を終え、ほかの生徒たちを待たせている施設の門付近まで戻った。


 そして、武術科の生徒たちに今後の作戦を伝えようとしたとき──、


「──線なし君!」


 聞き覚えのある声が。

 声のした方を確認すると、見慣れた制服を着た生徒たちがこちらへ駆けてきている。


「ヴァレッタ先輩! こっちです!」


 暗闇の中でも俺の居場所が分かるように返事をすると、ヴァレッタ先輩を先頭に、数十人の魔法科生徒が俺の方へ駆けてきた。


 その中にはアーサー先輩、ハウッセン先輩、アリーシア先輩の姿もみえる。


 頼れる先輩たちと合流できたことに安心した気持ちになったのは、やはり俺も緊張していたということなのか。


 にしても、揉め事にならなければいいが……

 

 刹那、フレディアに絡んできたダルフの顔を思い出すが──そんなことをしている場合ではないことはどちらも承知だろう。


 なにかあったらまた殿下の名前を拝借すればいい。


「線なし君!」


 全速力で駆けてきたにもかかわらず、息切れひとつしていない様子のヴァレッタ先輩は、俺を見るや否や、


「いったいなにがあったの! 一本線を集められるだけ集めてなんて──」


 勢いよく質問をぶつけてきたが──俺の隣に立つハウンストン先輩に気がつくと、


「──その前に。線なし君。なぜスティアが線なし君と一緒にいるの?」


 ヴァレッタ先輩は大きく丸い目を線のように細め、驚くほど冷静な声でそう言った。


「お久しぶりでございます。ヴァレッタ様」


 ハウンストン先輩は会釈をすると、


「──ラルクロア様とは先ほどまで食事をご一緒させていただいておりましたので」


 俺に代わってヴァレッタ先輩の質問に答えた。


「ラル……ふ~ん」


 ヴァレッタ先輩は俺とハウンストン先輩とを交互に見やる。


 そして、その視線を俺の前で止めるとハウンストン先輩は──、


「──あとでちゃんと説明してもらえるわよね」


 氷の魔女のような冷たい表情を見せたかと思うと


「──で。私たちは何をすればいいのかしら? ?」


 一転、女神のような笑顔でそう言うのだった。



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