第248話 共闘 2



 ハウンストン先輩が良く通る声でもって室内にいる全員に声をかける。

 それと同時に、オリヴァーは店の外や手洗いに出ている生徒を呼び戻しにいってくれた。


 しばらくしてオリヴァーが戻ってくると──ハウンストン先輩の周囲には総勢八十余りの生徒たちが立ち並んだ。


 ほとんどの生徒は警戒の色を露わにしているが、それでも指示に従ってくれたのは剣派主席であるハウンストン先輩の厚い人望のおかげだろう。


 全員が揃ったところで、姿勢を正したハウンストン先輩が口を開いた。


「たった今、クレイモーリス殿下から伝報矢が届きました」


 クレイモーリス殿下、と聞いて、多くの生徒が近場にいる生徒と目を見合わせる。


「そこに書かれていたのはとても重大な内容とのことです。受取人であるラルクロア様に今からその内容をご説明いただきますので静粛に──」


「ちょっと待て! ラルクロアって、いったい何がどうなってんだ!」


 集団の後ろの方から声が上がる。

 外に出ていて、オリヴァーから呼び戻された生徒だろうか。


「そうですね。先ほどこの場にいなかった生徒もいるでしょうから今一度ご説明します。このお方こそ──」


「──先輩。時間がないので自分で名乗ります」


 俺は先輩から引き継ぐ形で会話を受け取ると、一歩前に出た。

 そして右の手のひらを胸に当て──、


「ハウンストン先輩快癒の祝いであるこの場をお借りして名乗らせていただく無礼、どうかご容赦いただきたく。私は魔法科学院一学年一クラス、ラルクと申します。先ほど陛下よりクロスヴァルト侯爵家嫡男としての身分を授かり、元来の名であるラルクロア=クロスヴァルトを今ひとたび名乗る許しをいただきました。つきましてはこうしてクロスヴァルトに名を連ねる一人となりましたが、どうか武術科学院生徒の皆様におかれましては今まで通り、魔法科学院いち生徒のラルクとして接していただきますよう、お願い申し上げます」


 その場で深く頭を下げた。

 その瞬間、室内が大きくどよめく。

 数拍後、俺は姿勢を戻し──


「──さて。時間がないので殿下からのメッセージを簡潔に説明させていただきます」


 本題に入ろうとしたが、生徒たちがざわついているためにそこから先に進めずにいると、


「静粛にしろ!」


 目の前から膨大な闘気が放出され──それと同時に室内は、しん、と静かになった。

 俺が放つよりも先に闘気を放ったのは、先頭に立つ厳つい男──闘気使いの男──だった。


 大男のおかげで騒ぎが収まったところで、


「では──」


 説明を始めようとしたが、


「その前に」


 またもや遮られてしまった。

 俺は説明を中断し、声を発した男、闘気使いの男の言葉を待つ。


 男は温厚な顔つきのまま、ぎろり、と俺を見ると──、


「貴殿がラルクロア殿ということは理解した。驚愕の事実であるが、先の陛下の言に疑義を唱えるものなどこの場にはおらぬ。だが納得がゆかぬことがひとつある。クレイモーリス殿下から送られた伝報矢だ。紫龍の伝報矢を直々に受け取ることは極めて異例であり大変な栄誉でもある。それがなぜラルクロア殿に届けられたのか、その理由を説明いただきたいのだが」


 その質問に俺は用意していた回答を口にする。


「殿下とは七年前──クロスヴァルト領からレイクホールに向かう乗合馬車で、お忍び姿の殿下とご一緒させていただいたことがあるのです。そのときから懇意にさせていただいていますので」


「そうではなく、なぜ我が国の第二王子が『無魔のクロカ』と親密な関係にあられるのか、について尋ねているのだ。その点について──」


 そっちの意図か──。

 

「それについては政治的な絡みがあるので、詳しくは殿下から直接お聞きいただければと。──時間的猶予がないので、差し当たって今はこれくらいで勘弁いただきたいのですが」


 殿下を利用した逃げ口上ではあるが、考えていたうちのひとつの答えを口にした俺は、


「──では本題に入ります」


 有無を言わさず説明を再開した。

 殿下から直接──などと言われてしまっては闘気使いの男も引き下がるしかないだろう。

 ひそひそと小声で会話をしていた生徒たちも、とりあえず俺に注目してくれた。


「殿下は我がスレイヤ王国に害成す存在として、ある男の所在を追っていました。そしてその男の特徴によく似た人物をつい先ほどリーゼ先輩が追いかけていったそうなのです。男を追うリーゼ先輩を殿下が直接御覧になったわけではないのですが、殿下の部下のひとりから『武術科学院の制服を着た紅い髪の女生徒が男を追って地下通路に消えた』と報告があったそうです。その女生徒とは、おそらくリーゼ先輩で間違いはないかと」


「我が国に害成す存在──と?」


 生徒を代表するように、闘気使いの男が質問をした。

 殿下の名前は偉大だ。

 もう余計な詮索をしてくるようなこともなく、俺の話に集中してくれている。


「はい。闇の精霊を使役する加護魔術師。その男の目論見や背後関係までは定かではありませんが、クレイモーリス殿下はその男を危険人物と定め、ここ数日行方を追っていました。俺も一度対峙したことがありますが──とても危険な男です」


「ふむ。その危険人物を追ってリーゼラルテが地下に……事情は読めたが、なぜリーゼラルテがそのような危険な男の存在を知っているのだ。そして、リーゼラルテが消えたという地下通路とはいったい何なのだ」


「その男の特徴を知る俺が、リーゼ先輩にそれらのことを教えていたのです。決して無茶な真似はしないでくださいと釘を刺しておいたのですが──」


「あ奴にはそういったところがあるからな……」


「──地下通路というのは、ここ青の都アルスレイヤの地下に張り巡らされた、文字通り地下に存在する通路のことです。古くは迷宮の跡だったようですが、現在は厳重に封鎖されており一般人が立ち入れないようになっているはず、なのですが──どういうわけか、闇の精霊を使役する男──敵──はその存在ばかりか、構造についても詳しいようなのです」


「青の都で生まれ育った我でも知らぬそのような場所を敵が知っているというのか。ふむ。つまり隠れるには最適……敵集団のねぐらになっている可能性もある、ということか。それで殿下は我らになにをお求めになっておられるのだ。その男の捕獲か、敵集団の殲滅か」


「指示には、今この場にいる武術科生徒とともに危険因子の排除に努めよ、と」


「危険因子の排除……要するにせん滅……む。むむ。なぜ殿下は我らの行動を知っておられるのだ」


 闘気使いの男が窓や天井のあたりをきょろきょろと見回す。

 大男にしては滑稽な姿だが、さっきまでそこで飲んでいましたから、などと俺の口からは言えない。


「一言で殲滅といっても、敵の数や戦力までは把握できていないので、簡単にはいかないかと。敵に関する情報がかなり乏しいので、相当の危険を伴うと思われます。すでに多くの衛兵や近衛も行動を開始していますが、それでも不安要素は尽きません。ご協力いただけるのであれば大変心強いことですが、その危険性についても考慮していただく必要があります」


 俺は闘気使いの男越しに、八十余名の生徒に向かってそう言った。

 すると、闘気使いの男は大真面目な顔をして、


「考慮も何も、殿下がそう命じておられるのだ。否やなどあろうはずがない。そのための我らなのだからな。武術大祭を前にして格好の準備運動になるだろう」


 むん、と、全身の筋肉を隆起させた。


「それで指揮は誰が執るのだ。指揮官を決め、一刻も早く戦略を練らないことには何も始まらん」


 闘気使いの男は、この場にいる武術科の生徒の中で、ハウンストン先輩と並んで発言権を持っているものと思われる。

 男の決定に反対の声を上げる生徒がひとりもいないことから、そのことが窺えた。


「指揮云々については殿下からの指示が書かれています」


 俺は巻物を”ハウンストン先輩と同等の権力者”と認識した闘気使いの男に手渡した。


「む。拝見する。ふむ。なるほど。リーゼラルテめ……なにをしておるのだ。……おお。ここか。なになに、え~『此度の任に於いて、我が剣であるラルクロアにその全ての権限を委ねる』……と。む。むむ……全権を……」


「失礼します」


 俺は闘気使いの男の手から巻物を抜き取ると──、


「オリヴァー。魔法科学院のヴァレッタ=サウスヴァルト先輩宛に今から言う伝報矢を放ってくれ。それから同じく魔法科学院のエミリア教官にも矢を頼む」


 手早く指示を出した。


「ハウンストン先輩。俺はここにいる生徒の実力を知りません。ですから先輩の方で極力実力に差が出ないよう生徒たちを五つの班に分けていただけますか。それから、最悪エミリア教官が参加できなかった場合を想定して、治癒魔法を使える生徒を各班にひとり組み込んでください」


 殿下からの指示のすべてを把握してくれたハウンストン先輩も二つ返事で頷くと、班分けに奔走してくれた。


 となると、あとは──。


「──フレディア! おい! フレディア!」


 相棒を起こそうと樽の中を覗き込むが──


「──起きろ! フレディア!」


『…………』


「──おい! こら! フレディア!」


『……やめて……匂いを嗅がないで……やめて……』


 だが──酔いつぶれているフレディアは一向に起きそうにない。

 

 ”残された魂”つまり”漆黒の巨神”のような敵が相手となれば、フレディアの光魔法が必ず必要になる。


 少々手荒くなるが……許せ、友よ。国のためだ。時間もない。


 アクアに頼み、樽の中をキンキンに冷やした水と氷で満たすと──


 ヒュン! と変な声を発したフレディアが跳び起きたのだった。



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