第247話 共闘 1
「舞踏会に出席していたロレーヌ先輩の様子があまりにも不自然……というか、ラルクロア様をずっと目で追いかけていたので、例の噂と相俟ってもしかしたら、と」
オリヴァーがなぜ俺のことを知っていたのか──について教えてくれた。
「でも、決め手は姉さまでした。なにか企んでいるときは、こう、右手の親指をくるくると回すのです。ですから姉さまの口からラルクロア様の名前が出たときは一瞬驚きましたけど、合点がいくと同時に感動して──」
◆
モーリスの伝報矢のせいで注目が集まり、もはや宴会の中心といってもいいような状況となってしまったが──、
『お、おい……話しかけてみろよ……』
『お、お前が先に行けよ……』
そんな感じのまま近寄ってくる生徒もいなかったので、オリヴァーとの会話も問題なく交わすことができている。
リーゼ先輩の友人だという三人の女生徒も、邪魔にならないような距離で俺とオリヴァーの会話を聞いていた。
「済まない、オリヴァー。結果として二度も身分を偽ってしまって」
「い、いえ。ラルクロア様もいろいろとご事情があるのでしょうし……」
「それにしてもオリヴァー……その言葉遣いどうにかならないか? どうにも余所余所しさが増している気がしてならないんだが」
「は、はい……慣れたら……」
「またそれか……。とにかく、俺とクロスヴァルトとは切り離して考えてくれないか? 俺自身、突然のことに戸惑っているのが正直なところなんだ」
「生徒の間に身分差は関係ないはずだぞ」とオリヴァーに言い聞かせるが、
「そういうわけにはいきません──」
食い入るように見ていた巻物から顔を上げたハウンストン先輩が、オリヴァーに代わって口を開いた。
「──同じ武術科の生徒同士であるのならばそうなりますが、ラルクロア様とは学院が異なりますので、それは当て嵌まりません」
学院が異なるから当て嵌らない?
双方の生徒の間には身分差が生じるということなのだろうか。
典範の記載事項が違うのかもしれないが……今度その辺に詳しいリュエルにでも聞いてみよう。
「それに──」ハウンストン先輩は、理解が追い付いているのかいないのか、わなわなと震えているアイザルを横目で見ると、
「──ラルクロア様自身がどう思われようとも、ラルクロア様がクロスヴァルト家次期当主であることに違いはありませんから」
アイザルだけでなく俺にも言っているかのような口ぶりで言う。
「まあ、生徒間の身分云々に関して詳しいことはわかりませんが、いずれにしろ俺はクロスヴァルトの権力を笠に着るつもりなど毛頭ないことを言いたかったのです」
そのことだけでも理解してもらえたらありがたい、と俺はそう付け足しておいた。
今になってクロスヴァルトの権力を利用するなど──。
そんなことをしようものなら、それこそ今までの七年間が無意味なものになってしまう。
それにしても……
陛下からしっかりとした説明を聞かせてもらわないことには、今後どう立ち振る舞っていいのかわからないな……
というか、そもそもこのことは師匠も了承しているのだろうか……
「本当にリーゼラルテにはお礼をしなければなりませんね。こうしてラルクロア様を引き合わせてくれたのですから」
ハウンストン先輩は、考え込んでいた俺に「これはお返しいたします」と巻物を手渡すと、さて、とアイザルに向き合った。
アイザルは──目を真っ赤に充血させて奥歯を強く噛み締めている。
「さて──アイザル。あなたは学院の外で、魔法科学院の生徒であり、あなたよりもはるかに身分が上であるラルクロア様に対して数々の不敬を働いたのですが──」
ハウンストン先輩が淡々とした口調で続ける。
「──学院に報告することは大前提として、この場をどう取り繕うつもりか聞かせてもらえますか?」
声は非常に冷静だが、背中越しでもハウンストン先輩の迫力が伝わってくる。
「そ、それは、俺もドイド家の──」
「ドイド家がどうされたのです? まさか同じ貴族であるから赦されるとでも? ヴァルト七家を代表するクロスヴァルト家の次期当主であるラルクロア様に対して不敬を働いても、ドイド家の貴方なら赦されるとでも? 教えていただきたいのですが、いつからドイド家はヴァルト七家と同列になったのでしょう」
「そ、そうとは言っていない! そもそも俺はその男が誰かなど──」
「陛下がラルクロア様をクロスヴァルト家の正式な跡取りとすでに公にされたのです。『その男』など、誰に向かって物申しているのですか」
「お、お前だってさっきは無礼な態度を──」
「私は謝罪し、そしてその意図を汲んでいただきました。私は自分よりも身分が上の方に対して礼節を弁えるのは当然のことと理解していますので」
「なっ!」
「──さて」
ハウンストン先輩は声の音量を一段上げると、
「陛下がその身分を証されたラルクロア様に無礼を働くということは、すなわち陛下の意に背くという行為に他なりませんが、いかがでしょうか」
ここにいる全生徒に聞こえるような声でそう言った。
数人の生徒が緊迫した面持ちになる。
俺がその生徒に視線を向けると、サッ、と目を逸らされてしまった。
こうなると俺はまるで腫れもののような扱いだ。
「アイザルの処遇につきましてはラルクロア様に一存したいと考えますが」
俺に向き直ったハウンストン先輩がニコリと微笑む。
笑ってはいるのだが──瞳の奥ではなにを考えているのやら。
俺はアイザルに一瞥をくれると、
「別に興味はありません。処分が必要だというのならば、それは
「さすがにそれは寛大すぎなのでは。他の貴族に対して示しもつきません」
「どうしてもということであれば……そうですね。では、アイザル先輩が公言したように、アイザル先輩の右腕をここで切り落とす──」
「──ひっ!」
俺が不敵に笑うと、アイザルが小さな悲鳴を上げる。
「とまあ、そこまでは必要ないですが、担当教官に相談したうえで武術大祭への参加を自主的に不参加とさせる、というのはどうですか?」
諸々の企みも自白させる必要もありますね、と一言付け加える。と、青い顔で右腕を抱えていたアイザルがへなへなと座り込んだ。
ハウンストン先輩が求めていた結果になったかどうかはわからないが、これで当分の間はおとなしくしているだろう。
あとは武術科に任せることにして──
「さて──と。そろそろ俺は失礼します。大事な用事がありますので──」
ある程度溜飲が下がり、挨拶を済ませて城へ向かおうとした俺の足元に、
──トスッ
再び伝報矢が届いた。
矢の紋は先ほどと同じ紫の龍。
また殿下が悪巧みを──。
そんな予感を覚えながら矢を拾い上げた俺は、申し訳ありません、と謝罪しつつ、それをハウンストン先輩に渡した。
嫌な顔もせず封を解いてくれた先輩から巻物を受け取ると、差出人の名に思った通り殿下からだ──と半ば呆れ気味にそれを確認するが──、
「──なッ!」
予期せぬ内容に、思わず声を上げてしまった。
「ラルクロア様? どうかしましたか?」
俺の緊張が伝わったのか、真剣な表情で俺を見てくるオリヴァーに、
「殿下からだが──リーゼ先輩が危険かもしれない」
短く伝えた。
「リーゼ先輩が!?」
オリヴァーがギョッとした顔をする。
「リーゼラルテがなぜ!?」
ハウンストン先輩も眉を寄せる。
「敵──闇の精霊使いを追って地下通路に駆け込んだそうです」
「て、敵……?」
「闇の精霊……」
「ど、どうしてリーゼさんが……」
殿下からのメッセージを要約して伝えると、オリヴァー、ハウンストン先輩、そして三人の友人たちの間に緊張が走った。
あれほど無茶はしないでくださいと忠告しておいたのに──
とにかく今は急がないと。
「ハウンストン先輩。申し訳ありませんが、この店にいる武術科学院の生徒全員をここに集めていただけますか」
俺は、状況を飲み込めずにいるハウンストン先輩にお願いすると──
巻物に書かれた殿下の指示に従い、この場にいる武術科生徒に協力を仰ぐべく、どう説明したものかと思考を巡らすのだった。
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