第246話 闇の中の少女
「ここは……」
少女が発した弱々しい声は、唇から漏れると同時、湿る空気に吸い込まれていった。
「どこ……なの……?」
少女は力無げに上半身を起こすと、不安そうに周囲を見回す。
しかし、辺りは暗く、視覚からはここがどこであるかという情報は得られなかった。
少女は、視ることを諦め、別の感覚に頼る。
手のひらから伝わる、粗く削られた岩肌のような硬く冷たい地。
肌に纏わりつく、雨が上がった直後のような重く湿った空気。
それらから少女は直感的にここが外であると判断するも、青く煌めく湖の恩恵がないことに戸惑いを覚えた。
では建物の中なのか──。
しかし少女は黴臭さの混じる、このような粗末な部屋に記憶はなかった。
「早く帰らなければ……」
少女は立ち上がろうと全身に力を入れる。
「──つっ」
しかし、背中がひどく痛むことに、美しい顔を歪めた。
こんな場所で寝ていたのだから無理もない。
痛みを堪え、ふらついた足取りで立ち上がった少女は──、
どれほど間、この場で横たわっていたのか……
それよりも、なぜこのような見知らぬ場所で……
混乱する思考に、俄かに焦燥感が襲ってた。
鼓動が少しずつ早くなり、こめかみのあたりが、ツン、と痛くなる。
「まずは落ち着かないと……」
不安を振り払うように頭を小さく振った少女は、何度か深呼吸をすると、いま一度周囲を確認した。
すると、暗闇に目が慣れてきたからか、心拍数が整い視野が広がったからか──頭上から微かな光が注いでいることに気がついた。
「やはり外──」
見慣れた月明かりを期待して夜空と思しき頭上を見上げた少女は、
「──っ!」
その光の源に一瞬息を止めた。
淡い明かり。
確かにそこに光はあったのだが──それは月から降り注がれているものではなく、魔道具によるものだった。
そしてその魔道具から発せられる妖しい光は、なにかを浮かび上がらせているのだが──、
「──はうっ!」
それがなにであるか理解した少女は再び息を呑んだ。
魔道具によって照らし出されていたもの。それは巨大な石像の頭部だった。
闇間に浮かぶ巨像の顔──。
その不気味な光景は、筆舌に尽くし難い恐怖を少女に与えた。
一刻も早くここから立ち去らなければ──。
少女の本能が危険を促す。
仮に、像が少女の信仰する神であったのだとすれば、少なくともここまでの恐怖心は抱かなかっただろう。
むしろ反対に、跪き、祈りを捧げていたかもしれない。
しかし、いま、少女を見下ろしているのは記憶の欠片にもない顔──。
再び激しい不安と動悸に襲われた少女は、とにかくここから離れようと、方角もわからないまま闇雲に駆けだそうとした。
だが、その時。
「目が覚めたか」
巨像の後方から声が聞こえた。
声とは反対側、巨像の正面に向かって逃げ出そうとしていた少女は、ビクリ、と身体を硬直させ、動きを止めた。
そして、ややあって覚悟を決めたかのように声のした方へ向き直る。
すると薄暗い明かりを手にしている黒い影がそこに現れていた。
「どこへ行く」
影から発せられる無機質な男の声に、少女の背筋に悪寒が走る。
まさか──。
少女は慌てて身に着けていた衣服を確認した。
しかし、着衣に乱れがないことにわずかに安堵するも、少女は、
「ど、何方ですか……?」
震える声で人影に向かい誰何した。
だが、男はそれに応えることはなく、一歩、また一歩と少女に近寄ってくる。
少女は男が近寄る分だけ、ジリ、ジリ、と後退る。
「ここはどこなのですか……?」
少女の問いに、やはり男は応えない。
心の底から恐怖を覚えた少女の手は、無意識のうちに髪飾りに触れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます