第216話 引き攣る笑顔
「ラルク! なにが起こったのかわかったらすぐに使いを寄こしてくれ!」
「はッ!」
近衛に引き摺られるようにして階段を上がっていく殿下と最後の言葉を交わした俺は、さっと周囲を見渡した。
──まだ建物内には多くの貴族が残っている。
先ほどまでは無秩序に出口へ殺到していた人々だったが──魔法科と武術科の制服を着た生徒たちが誘導を始めたことにより、いくらか落ち着きを取り戻している。
常日頃から訓練していた成果だ。
こうなればもう怪我人が出るようなこともないだろう。
──だが、地響きと地の揺れは一向に収まる気配がない。
とにかくこれの原因を突き止めないことには……
やはり都にあるという地下になにかが……
──行ってみるか。
「クラウズ。今ここに一本線は何人──」
俺はクラウズと急ぎ行動を起こそうとしたが──
「ラルクロア様!」
「ミレ──ミレサリア殿下! なぜここに! 早く城内に避難を!」
ミレアの姿を見てギョッとした。
「私も一本線です! 私だけ安全な場所に隠れているなど出来ません!」
ミレアが言葉に力を込めて訴える。
そこへミレアの近衛が追いついてきた。
「ミレサリア殿下! なにをしておられるのですかッ! 早く陛下のもとへッ!」
きつい口調で叫ぶのは桃色の髪の近衛騎士、トレヴァイユさんだ。
「トレ! 私は自分の務めを果たすだけです!」
ミレアが肩口の一本線の刺繍を指さす。
「なりません! 殿下にもしものことがあっては──」
「トレ! 下がりなさい! これは私の命令です! 貴方たちは陛下とお母様のお傍に!」
「殿下は七年前のことをお忘れなの──」
「今はっ! 今ここにはラルクロア様がおりますッ!!」
ミレアが俺へ視線を向ける。
「殿下……承知いたしました。であれば、私どもは陛下の傍で待機しております──」
トレヴァイユさんは一歩足を引くと、
「──クラウズ様。ミレサリア殿下のことをよろしくお願いいたします」
そう言い、部下を連れて階段を上がっていった。
「ラルクロア様! ご指示を!」
ミレアが俺に向き直るが、
「い、いや、サリア、ちょっと待ってくれ……」
そのミレアと俺の間にクラウズが割って入る。
「ラルク……お前は本当に……その、ラルクロア、なのか……?」
クラウズが困惑の面持ちで訊ねてくる。
「そんなことは後回しだ。とにかく今はこの揺れの原因を突き止めることが先決だ。なにかとても嫌な予感がする」
「そ、そんなことって、ラルクロアといえば俺と並ぶ──」
「後にしろと言ったぞ、クラウズ。優先順位を考えろ。それと俺のことは今まで通りラルクでいい」
俺はクラウズだけでなく、その後ろにいるミレアにも聞こえるように言った。
「いや、だが……わかった──」
クラウズも魔法科学院の一本線であり貴族だ。
「──ならば俺はここにいる一本線を集めてくる」
最優先ですべきことをすぐに理解すると、表情を引き締めた。
「ラ、ラルク……私は……」
「ミレアはクラウズの傍から離れないように。一緒に一本線に声をかけてきてくれると助かる」
「あ……わ、わかりました……」
クラウズとミレアが走っていくと、俺は加護魔術を行使してこの嫌な感覚の出所を探ろうとした。
──が、
「線なし君!」
そこへヴァレッタ先輩たちが走ってきたのでそちらへ身体を向けた。
「ヴァレッタ先輩──って、どうしてそんなに微笑んでいるんですか……?」
俺は緊迫した状況に相応しくない笑顔を浮かべているヴァレッタ先輩を訝しんだ。
「それは……ねえ。ラルク、ロア、様?」
そうきたか。
「……先輩も俺のことはラルクでお願いします──」
ほらみろモーリス。
面倒くさいことになるじゃないか。
「ねぇ、ねぇ! ちょっと! ビックリなんだけど! ラルククンって、ラルクロア=クロスヴァルトだったの!? ねえ! 本当なの!? だとしたらこれ大事件だよ! どうしよう! どうしたらいいの!? ねえっ! 明日から学院はその話題で持ちきりだよ!」
「ははは! その辺はそっとしておこうじゃないか! 人にはいろいろと事情があるものさ! ははは! 僕はラルク君がただ者じゃないって初めから気付いていたけどね!」
アリーシア先輩とアーサー先輩も……
うさぎ班は相変わらずだ。
ま、それがかえって助かるような気もするが。
フレディアは、自分も身分を隠していた後ろめたさからか、俺のことを根掘り葉掘り聞いてくるようなことはなかった。
レイア姫は──目を合わせていないからわからない。
「俺のことはひとまず置いておいて──とにかくクラウズたちが戻ってきたら外の様子を確認しに行きましょう。なにが起きているのかわからなければ対応策も講じようがありません」
「そうね。線なし君の言う通り、線なし君に対しての質問は後回しにしましょう。──外の様子なら私とアーサーで先に出て状況を確認してくるわ」
「いえ、なるべく大人数で移動した方が──」
「大丈夫よ。精霊様も護ってくださるし」
「はは! ヴァル! そこはアーサーが護ってくれるからと言うところだぞ!」
なら名コンビ(?)に斥候役を任せるか。
周囲に”敵”の感覚はないから危険はないだろう。
「わかりました。そうしましたら、先輩たちは怪我人の有無と、この不気味な音のする方角を確認してきていただけますか?」
「りょーかい!」
そう言うなり、ヴァレッタ先輩とアーサー先輩は貴族たちの間をすり抜けるようにして疾走していった。
それを見届けた俺は、第三階位の印を結ぶのだった。
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