第217話 揺らぐ大地と揺らがぬ信頼
印を結びながら俺は、混乱の中にクロスヴァルト侯爵や弟妹の姿を探した。
──が、ここから見える範囲には見当たらない。
背伸びをして四方に目を凝らすが……あまりにも人が多いためすぐにそれを諦めた。
おそらくレスターが真っ先に家族全員を避難させてくれているはずだ。
そう信じることにして、俺はこの地揺れの原因を突き止めようと意識を集中させた。
◆
やはりこれは……
「ラルククン!」
「アリーシア先輩! なにかありましたか!?」
集中していた俺の下へアリーシア先輩が戻ってきた。
戻りが速すぎるため、なにかあったのかと心配したが──
「なにかわかるかと思って会場を出てすぐのおっきい木に登ってみたんだけど──」
そうか。
先輩は
「なにか
俺が訊ねると
「それがね。揺れてるのはスレイヤ城だけっぽいんだよね……城下の往来はいつも通りのように見えたし……ただひとつ──」
「ただひとつ、なんですか?」
「大変! 線なし君! 大変よ!」
そこへヴァレッタ先輩とアーサー先輩が走って戻ってきた。
普段冷静なヴァレッタ先輩にしては珍しく、かなり慌てた様子で、だ。
そのことから、いやがうえにも俺の背に緊張が走った。
「ヴァレッタ先輩、外でいったいなにが──」
「水路の水がまた黒くなっているの!」
「水路が!?」
「そうなの! あのときと同じ、真っ黒なのよ!」
アーサー先輩も息を整えながらヴァレッタ先輩に続く。
「今はまだ城内の水路だけだが、このままではすぐに都中の水路が黒く汚されてしまうだろう」
するとアリーシア先輩が
「私が見たのもそれ。でも前と違って湖は青いままなのよね。いったいどうなっているのかしら」
「ねえ、線なし君。これってもしかして……」
青い水が黒く変色する。
そのことで俺が知っている原因といえば一つしかない。
湖の底で眠っていた【残された魂】。
だが、あのとき俺は確実に
ならばなぜまた黒い水が──
「ラルク! 一本線を集めてきたぞ!」
俺はいったん思考を止めると、クラウズの声に反応し、そちらへ目を向けた。
するとそこにはクラウズとミレア、さらにその後方に制服を着た数十人の生徒が立っていた。
「済まない。クラウズ、ミレア」
俺は二人に礼を言うと、後ろにいるヴァレッタ先輩を振り返った。
「人員は揃いました。ではヴァレッタ先輩、指示を──」
「指示を出すのは線なし君よ」
「え?」
ヴァレッタ先輩が「ほら」と片目を閉じる。
「でもそれでは……俺なんかが──」
「あら。魔法科の生徒──少なくともこの場で任命式を見ていた一本線の生徒たちはそうは思っていないようだけれど?」
どういうことだ? 俺は振り返り、生徒たちの顔を窺うと──
生徒たちは全員、力強い眼差しで俺のことを見ていた。
「まさかお前があのクロスヴァルト家の人間だったとはな」
生徒の一人がそう言うと、
「クレイモーリス殿下の口からその名が出たんだ。それだけでなく殿下専属の近衛を賜るなど、クロスヴァルト家の嫡男に違いない」
「まあ、あれだ。お前が誰であろうと学院内ではただのラルクだ。だから、俺は今まで通りラルクと呼ばせてもらうぜ」
「どうりで交流戦であれだけの試合ができるわけだ。でも、ラルクロアって無魔じゃなかったのか?」
それぞれが思い思いのことを口にし始めた。
俺をラルクロアと知って──無魔の黒禍に対する偏見はどうなのだろうか。
今の段階ではみんなの心の裡が読めない。
「さあ。聞きたいことはいろいろあるが、まずはこの問題を解決してからにしよう」
賑やかになってしまった場をクラウズが整える。と
「ほら。線なし君」ヴァレッタ先輩が俺を促した。
それでも俺が躊躇していると──先輩は一歩近寄り俺の両肩をポンと叩いた。
「秘密は足枷にしかならない。多ければ多いほど身動きが取れなくなるわ。秘密という枷が外れた線なし君はもう自由の身。思うように行動していいの」
そして先輩はさらに顔を俺へと近付けると、耳元で囁くように──
「あの日の【キョウ様】のように……ね」
「え? 先輩!? いまなんて──」
「ふふ。私のことも助けてね、って言ったのよ。忘れていないでしょうね? 私のお願い」
違う。
先輩は確かに【キョウ】と言った。
あの日の【キョウ】とは……七年前の顕現祭、船からミレアを救出したときのことを言っているのか?
まさか先輩は俺とキョウが同一人物であることに気付いて──
「なあラルク! 俺たちはどうすりゃいいんだ!」
だが、またしても俺の思考は中断された。
「また大きく揺れ始めたぞ!」
「ほら。急いで指示を出して」
サッと離れたヴァレッタ先輩が真面目な顔で俺を見る。
そうだ。
まずはこの状況をどうにかしないと──間違いなく大変なことになる。
「──わかりました。ではまず俺が気付いたことを伝えます」
俺はみんなに聞こえるよう大きな声で、つい先ほど加護魔術を行使した際に感じた、王城地下の異変について説明するのだった。
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