第212話 招集
「ちょっと止め止め! ──あんたどうしたの?」
「え、と……どうかしましたか……?」
「はぁ!? どうかって! なんだか心ここにあらず、って感じだけどっ!」
「いや、そんなことは……」
「リーゼ先輩の言うとおりだよ……ラルク君、どこか具合でも悪いの?」
「……いや、特に……」
だめだ……
リーゼ先輩の指摘どおり、つい昨日のことを考えてしまう……
昨晩休んでしまったので今日は夕方から鍛練をする、と伝えたら、リーゼ先輩とフレディアも、約束の時間まで一緒に鍛練を行う、ということになって集合したはいいが──。
俺は真剣に鍛練しているふたりにこれ以上迷惑はかけられないと、
「──すまないが少し休憩させてもらう」
邪魔にならない場所へ移動して腰を下ろした。
今朝、エミルの部屋を出てからというもの、ずっとこんな調子だ。
講義も身に入らず、午後の実技も自分でも驚くほど身体が重たかった。
今現在も集中しきれていないことは自覚している。
気付くとエミルの泣き顔が頭に浮かんでしまうのだ。
闇の精霊に手も足も出なかった衝撃よりも、俺がラルクロア=クロスヴァルトだと一部の人間に公表されてしまった困惑よりも、師匠から下された任務に対する重圧よりも──なによりもエミルのことで頭が埋め尽くされてしまっているのだ。
幸いと言っていいのか、今日はエミルと顔を合わせる機会はなかったが、次に出会ったらなんと声をかければいいのだろうか。
やはり言うべきではなかったか……
学長にしたように、なにも説明せず魂を解放した方がよかったのか……?
だが、エミルに対してそんなこと……
ミレアにだってどう説明をしたら……
「ねえ! 今の体捌きどうだった!? あんたの言うように背中の筋肉意識したらかなり踏ん張りが利くようになったんだけど!」
「あ……ええと……」
「はあ? もしかして見てなかったのっ! 信じらんない! ちょっとあんた真面目に──」
「リ、リーゼ先輩! あ、そ、そうだ! そ、そろそろ支度をしないと!」
ずかずかと俺に詰め寄ってくるリーゼ先輩を、あたふたしながらフレディアが引き留める。
済まないフレディア……
「支度ったって私なんか特にすることもないわよ。なんならこのまま行ったっていいくらいなんだから」
「服装は問題ないけれど、さ、さすがに汗くらいは流した方が……ね! ラルク君もそう思うよね!」
「なによ。それじゃ私が汗臭いみたいじゃない。別に男を漁りに行くんじゃないんだからこのままだって構わないじゃない。終わったらまた戻って鍛練するんだし」
「ん? 支度って、そう言えば夜は約束がどうとか……この後どこか行くのか?」
リーゼ先輩とフレディアのやりとりを聞いていた俺は、その場で立ち上がるとふたりに向かって水の玉を創り出した。
「ありがと。あんた知らないの──って、そっか。あんた貴族じゃないんだったわね。城へ行くのよ」
アクアが出した水で顔を洗いながらリーゼ先輩がそう答えた。
「城……?」
「ああ気持ちいい! アクアさんいつもありがとう。──そうなんだ。城で舞踏会が催されるんだよ。顕現祭でこの都に滞在している貴族は、国に関係なくもれなく招待されているらしいよ?」
同じく顔を洗っていたフレディアが情報を付け足す。
「舞踏会? そうだったのか。でもフレディアはわかるが、リーゼ先輩は……」
「……なに、その顔。ふん。私が出席するのは身体が弱くて来訪できなかった兄の代役よ。でもなければ舞踏会なんて行くわけないじゃない」
「兄? ということはリーゼ先輩は貴族──」
「どうだっていいじゃない。そんなこと。──それより、ねえ。
俺の質問は途中で遮られてしまった。
詮索することでもないが、やっぱり貴族だったか──。
なぜ隠そうとするのかはわからないが……
俺みたいなこともあるし……
まあ、仮に貴族だったとしても、そうでなかったとしても、俺としては上級の先輩として相応の対応をしているのだから構いはしない。
「リーゼ先輩! ここは男子生徒専用の宿舎ですよ!? そ、そこで湯浴みなんて……何を考えているのですか!」
「はあ? フレディアが湯浴みしろっていったんじゃない」
「それとこれとは──」
「なら男が入ってこないように入り口でフレディアが見張っていればいいじゃない。いちいち向こうに戻ってなんてられないわよ。面倒くさい」
「ちょ、ちょっとリーゼ先輩! どこ行くんですか! 待ってください! ま、まずいですって! 先輩! ラ、ラルク君もなんとか言ってよ!」
このままではさすがにフレディアが気の毒か。
「リーゼ先輩。フレディアも困っていますからそのくらいで──」
身勝手な先輩に振り回されるフレディアに救いの手を差し伸べようとしたとき──
「こらこら。可愛い後輩をいじめないの」
背後から声が聞こえ、振り返ると──
「湯浴みしたいのなら私のところへいらっしゃい、リーゼロッタ?」
そこには制服姿のヴァレッタ先輩が立っていた。
「ヴァレッタ先輩! 良かった! 助かりました!」
フレディアが地獄で仏に出会ったかのような表情を見せると
「あぁ! ヴァレッタさん! 早速再戦に来たのね! 望むところよ!」
リーゼ先輩が上着を脱ぎ捨て、剣を構える。
「その節はどうも。リーゼロッタ。私こそおこぼれに預かったような勝利は不本意なので、今すぐ決着をつけても構わないのだけれど、そうしていては城へ参じるのが遅れてしまうわ。サウスヴァルトの娘としてはそのような失態は許されませんので、今日のところは悪しからず」
「ま、それもそうね。私も遅参なんかしてお兄様の御顔に泥を塗るような真似はしたくないし。それから、まだお礼を言っていなかったわね。これの修理代、ありがとう。ありがたく使わせていただくわ」
「そんなこといいわよ」
やはりヴァレッタ先輩とリーゼ先輩は顔見知りのようだ。
仲が良いのか悪いのか、はよくわからないが。
「それで、ヴァレッタ先輩はどうしてここへ?」
「私も秘密特訓に混ぜてもらおうと思ったのよ──というのは冗談で、線なし君に伝報矢を持ってきたの」
ヴァレッタ先輩が、少し線なし君を借りるわね? と言うと、リーゼ先輩たちはまた鍛練を始めた。
「伝報矢、ですか? そのためにわざわざ?」
「そうよ? とても大事な用事でしょうから──はい。これ」
「ありがとうございます──でもなぜ先輩が?」
「それが届けられたのは学長のもとよ。私は学長から呼び出されていたの。ある人物のことで訊きたいことがある──と。そして学長から質問攻めにあっていたときにその伝報矢が届いたの。で、重要な内容に違いないと、私が直接届けに来たってわけ」
「それはありがとうございます」
「ん」
え?
先輩がなにかを求めるように右手を差し出している。
謝礼を求められているのか?
「ん。ほら。封を解いてあげるから早く貸して?」
ああ、そう言うことか。
俺が開封できないことを気遣ってくれていたのか。
「すみません。お手間をかけます」
それに気付いた俺は先輩に伝報矢を戻したが──。
そのとき先輩は、矢ではなく俺の腕ごと、ぐいっと引き寄せた。
「──え!?」
体勢を崩した俺は、先輩と超至近距離で向き合うこととなり──
『線なし君。学長になにをしたの? もし危険な行為だとしたらそのときは……』
いつもの口調だが、それでいて僅かに緊張をはらんだ声でもって俺の耳元で囁いた。
俺は驚き、先輩の顔を見る。
「ま、こんなに精霊様と仲が良い線なし君が悪事など働けるはずがないけど」
先輩はそう言うとニコリと笑った。
「実は俺も想定外というか……約束します。詳しい事情は後日必ず話します。今は……俺を信じてください、としか」
「ん~、そっか。ま、他でもない、線なし君のお願いなら仕方ないか。線なし君の記憶が無くなったという以外に、学長の身体に悪いところは見当たらなかったし」
「……すみません」
やはり俺の行動は軽率すぎただろうか。
「じゃあ、次。昨日の夕方はどこでなにをしてた?」
「昨日ですか? 昨日の夕方ならルディさんの店で夕食を──」
「うそ! なら見た? 昨日冒険者街に突然姿を現せたラルクロア=クロスヴァルト様を!」
「え!?」
「出所不明の噂だから真偽は不明だけれど、どうも本物らしいのよね。無魔の黒禍じゃなくてラルクロア=クロスヴァルトって名乗ったあたりが今までの偽物とは違うのよね……あ、それと絶世の美女を侍らせていたらしいわよ」
「そうなんですか……あ、そんなことより、先輩。これ、お願いできますか?」
俺は話を逸らそうと、先輩の手をとり矢を握らせた。
「あ、そうだったわね。──はい。これでよしと」
ヴァレッタ先輩から、巻物に形を変えた矢を受け取った俺は目を見開いた。
差出人を意味する封蝋の色は紫。紋は龍。
つまり──
「これは……王家からの!?」
「そのようね。急いで持ってきて正解だったわね」
誰だろう。
俺はなにか良くないことでも起こったのでは、と慌てて巻物を広げた。
するとそこには──
『親愛なるラルク。
今夜、城にて貴族たちの集まりがある。
その場を借りて、ついでにお前の近衛騎士任命式を行おうと思う。
したがって、突然だが五の鐘には城へ来てくれ。
おっと『いきなりなにを』とかぬかすなよ?
これはもうじきお前の主となる絶対的存在からの命令だ。
まあ、これで晴れてお前は正式に俺の剣となるわけだ。
じゃ、頼んだぜ?
追伸。
城へ来るときは野郎一人で来るな。恥かくぞ。
素敵な女性を
最高の主、クレイモーリス』
な、なんなんだよこれ!
突然なにを言い出してるんだよ! あの髭は!
ついでに、だって!?
ただでさえ、今はそれどころじゃないってのに!
「どうしたの? 線なし君。顔色が悪いけど」
「い、いえ……ちょっと殿下の悪ふざけが……」
そうして俺は、『自分には関係ない世界だ』と関心も示さなかった社交の場に駆り出されることとなってしまったのだった。
──殿下のきまぐれによって。
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