第164話 真偽の光は
しかしレイアさんが師匠のことを知っていたとは……
同じ騎士だからとはいえ、意外と世界は狭いのかな……
っていうか、フレディアの家、メチャクチャ上流貴族じゃないか!
本物の貴公子だったなんて聞いてないぞ!
そういうことは先に言っておけよな! 729点!
姉が顕現祭に招かれていたなんて、危うく身バレするところだったじゃないか!
──寮に戻ったら問い詰めてやらないと!
俺は先を進むレイアさんの背中を見ながら、心の中でお坊ちゃまの愚痴を並べたてていた。
◆
一方そのころ、フレディアは──
「うわあっ! な、なんだこの大きい猫はっ!? た、食べられるっ! ロティさんっ! た、助けてッ!!」
「ったく、情けねぇなぁ、
──未知の巨大生物に絡まれて涙目になっているところを、モーリスに助けられていた。
◆
あれ、でも、俺は確かあのとき、魔道具で瞳の色を──。
でもさっき、レイアさんは──。
俺が七年前の自分の姿と、先ほどのレイアさんの言葉を思い出し、首を捻っていると
「それにしてもラルク殿、なぜ──」
レイアさんが歩みを止めることなく肩越しにわずかにこちらを振り返った。
そのことに思考を止めてレイアさんの横顔に目を向ける。
「まだ知りあって間もない、ほぼ他人というに等しいフレディアの、さらにその妹であるエルナのためにここまでしていただけるのですか?」
最初のように堅苦しさを感じる口調ではなく、柔らかな印象の話し方で訊ねてきた。
「──光の貴公子に借りがあるからですよ」
「光の貴公子……?」
聞き慣れない言葉のせいだろうか、レイアさんが足を止めて全身をこちらに向けた。
俺だってフレディアには冷や冷やさせられたんだ。
これくらいは話してもバチは当たらないだろう。
すまんな、フレディア。
これも交換条件の内だ。
俺が目立たないようにフレディアには表に立ってもらわないといけないからな。
俺は溜飲を下げるついでにフレディアの功績を広く伝えようと
「フレディア公子のふたつ名、彼の行使する光魔法にちなんだものですが……ひと月前に学院を襲った脅威を退けた際についたのです。一学年で早くもふたつ名を得たのは彼くらいでしょう」
フレディアが嫌がっている英雄っぷりをお姉様に話して差し上げる策を思いついた。
「そういえばラルク殿は先ほどもそのようなことを……弟がなにをしたのです?」
そして俺は、フレディアが光魔法を使って巨神を倒したことを嘘偽りなく話した。
「──それは本当にフレディアが?」
並んで歩くレイアさんが俺の顔を覗き込みながら訊ねてくる。
「ええ、大勢の生徒が見ています。私もフレディア公子の魔法が敵に突き刺さるところをこの眼で見ましたから」
「本当……のようですね……弟にそんなことが……」
俺の話を信じてくれたようだ。
まあ、嘘は吐いていないのだから、真実味があるのだろう。
「女生徒からも絶大な人気があるようですよ? 男子生徒から嫉妬の眼差しを向けられるほどに」
「じょ、女生徒!?」
「ええ、学院で光の貴公子のことを知らない女生徒はいないでしょう。毎日、行く場所行く場所で黄色い声を浴びていますから。ああ、そういえば先日も数人の女生徒に呼び出されていましたね……年上の女性っぽかったような……おそらく交際を申し込まれたのではないでしょうか」
「こ、交際っ!?」
「ええ、しかし当の本人は興味なさそうでしたけれど──フレディア公子は交換留学生になることで頭がいっぱいだと──レ、レイア姫?」
レイアさんは俺の話しを最後まで聞かず、なにかをぶつぶつと呟きながら歩き出してしまった。
あれ? レイアさん、どうしたんだ?
嘘は言っていないけど……少し喋りすぎたかな……?
すたすたと先へ進むレイアさんの後を急いで追う。
レイアさんって、弟に対しては過保護なのかな……?
まあ、誰でもそうなるか、身内が邪神と戦ったなんて聞かされたら……
「一の姫様! どちらへいらしていたのですか! 議会場へおいでにならないので──ん? この者は?」
早足でエルナさんの下へ向かうレイアさんに、前方から歩いてきた男が声をかけた。
「少し遅れると伝えたが。──このお方はスレイヤからの客人だ。先を急ぐ、議会場で待て」
男──騎士姿の青年──は俺のことを、ちら、と見やると
「すでにかなりの時間お待ちです。痺れを切らしたジラン様が探して来いと……しかしなぜスレイヤの客人が? 学生のように見受けられますが……」
「今話している暇はない、先を急ぐと言ったろう。──済まない、ラルク殿、参ろう」
「い、一の姫様! しかし老騎院の面々が──」
「客人の前だぞ! 控えろ! 神の奇跡が起こった今、老騎院となにを議論するというのだ! 構わぬからそんなもの待たせておけ!」
そう怒鳴りつけたレイアさんは俺の手を引っ張ると、レイアさんの剣幕にたまらずに一歩退いた男の横を通り抜けた。
それでも男はまだなにか言いたそうにしていたが、
「言いたいことがあるのならば老騎院の連中自ら私の所へ来るように伝えておけ!」
レイアさんが振り返ることなくそう付け足したことにより、いよいよ目を伏せてしまった。
というか、この男、最初からレイアさんの目を見ようとしなかった。
スレイヤの慣例である、貴族に対する礼節──というような感じのものではなく、なんというか……不自然な視線の配り方だ。
俺には、意図的にレイアさんから視線を逸らしている──ように見えた。
「──見苦しいところをお見せしました……皆あの調子なのです……」
俺の抱いていた疑問に答えるかのようにレイアさんが口を開く。
俺の腕を握る手にも力が入っている。
「私と目を合わせたがらないのです」
「それはまたどういった理由で……」
「私は相手の瞳を見ることによって、その人物が真実を述べているのか、偽りを述べているのか、わかってしまうのです……」
俺の腕から手を離し、歩く速度を戻したレイアさんが俯き気味に告白する。
「え! それはすごい能力ですね! 魔法ですか!?」
そんな魔法があるのか!
俺はなんて便利な魔法なんだ、と素直に感心した。
「魔法……とは異なります。物心がついたときより持ち合わせていた能力です。不思議な光が……といっても誰にも信じてはもらえないのですが……光が教えてくれるのです。恩人であるラルク殿にはお話いたしますが……嘘を吐いている者の瞳は光りません。反対に真実を言う者の瞳には光が宿ります。とても奇麗な光が……失礼ながら、実はラルク殿にも……」
「魔法じゃないのですね……それではいくら頑張っても体得することは無理、ですね……」
「体得など! ラルク殿はこの能力の恐ろしさを知らぬからそう言えるのです! この忌々しい能力のせいで私は……」
「恐ろしい? なぜです? 魔法ではないとするなら神から与えられた特別な力ですよね? つまり神から必要とされている証、ということじゃないですか。なにも持たずに生まれてきた私からしてみれば羨ましいかぎりです」
「羨ましい……そんな考え方もあるのですか……」
「羨ましいですよ。値段に見合わない安物の果実酒を出されても店員が嘘を吐いていることがわかれば文句を言えますし、本当はお腹が空いているのに空いていない、と言い張る子どもに食べ物を与えることができます。それに、『俺がいない隙に勝手に部屋に入って人の布団に潜り込むのはもうやめてくれ』といっても『私は入っていない!』と嘘を吐き通す者に罰を与えることができます」
本当に羨ましい。
ぜひジュエルに使ってみたい能力だ。
ん? とすると、それで俺とキョウとを……?
「ふっ、ラルク殿は……いや、人が良いのですね。ラルク殿の瞳には、今までの誰よりもきれいな光が宿っておられます。ラルク殿は自分が嘘を吐くことなど考えもしないのですね……私が試すような真似をしたというのに、それを罵るでもなく……」
「それは私だって嘘のひとつやふたつ……ああ、でもそうか、私もレイア姫に真偽を問われていた、ということですね……いや、レイア姫に嘘を言った覚えは……ない……あれ? ないですよね?」
「まったく、ラルク殿という人は……そういう純真なところはフレディアと良く似ておいでだ。ええ、ラルク殿の口からは真実しか出ていません。ゆえに私はラルク殿のすべてを信用しております」
そう言ってくれるレイアさんだが……
本当に嘘は言っていなかっただろうか……
光が宿る、と言っていたから、もしかしたら精霊たちが助けてくれたのかも……
もし俺がその能力を手に入れたらどんなことに使うだろう、などと想像しながら廊下を進んだ。
「お待たせいたしました、ラルク殿、こちらがエルナの部屋となります」
レイアさんが、あるひとつの扉の前で立ち止まり、そう言った。
そして胸飾りにしていた鍵を首から外すと、それを鍵穴に差し込む。
──と、かちり、と錠が外れる音が廊下に響いた。
それを確認したレイアさんが取っ手に手をかけ、
「本当にラルク殿にはどう感謝を申し上げればよいのか……エルナの呪いが解けた際にはぜひエルナを──」
最後まで言い切る前に、その声はかき消された。
「──そこでなにをしておる! 二の姫様をどうするおつもりじゃ! おお! このままでは二の姫様のお命が危ないぞ! 早くあの女と男をひっ捕らえるのじゃ!」
廊下の奥から聞こえてくるしわがれた叫び声に反応したレイアさんが、扉を開こうとしていた手を止める。
声がした方へ目をやると──十数人の騎士たちが鎧の音を立てて駆けてくる。
「──爺ッ!? ど、どういうことだッ!」
レイアさんが唖然とした顔で声を上げる。
「どうもこうもありませんぞ! 外部の者をも使って二の姫様のお命を奪おうなどとはっ!」
「な、なにをッ! そのようなことするはずが──」
いったい何が起こっているのかわからなかった。
しかし、あっという間の出来事であったのは間違いない。
気が付いたら俺とレイアさんは屈強な騎士たちに抑え込まれ、身体の自由を奪われていた。
「──爺ッ! い、一体どうしたというのだ! 私がエルナの命を奪うなど──」
「一の姫……いや、レイア……残念じゃが議会に於いて決は出された。貴様は大公殺害と二の姫様殺害の罪で死罪となる」
殺害!? 大公といえばフレディアの父親か!?
死罪? 決が出た?
なんだ!?
なにが起こっている!?
「さつがッ!? な、なにを言っておるのだッ! 大公殺害など──爺ッ! 説明をしろッ! クッ! この手を離せッ! じ、爺ッ! 説明しろと言ってい──」
「まったく……話があるのなら来いと言うから来てやったというに……」
ゆっくりと歩く年老いた男が、床に抑えつけられているレイアさんの脇までやってきて立ち止まると
「……うるさい女じゃ」
レイアさんの顔面を力任せに踏みつけた。
「──グァッ」
レイアさんが呻き声を上げる。
「まだわからぬか? 貴様が大公を殺害し、二の姫をも殺した、ということじゃ」
そう言うと老人はレイアさんの手から鍵を奪い、騎士に渡し、
「早く始末してしまえ」
乾いた唇から絞り出すようなしわがれ声で命令した。
「爺ッ! 気でも触れたかッ! もはや私の能力すら忘れるほどに呆けたわけではあるまいなッ!」
「レイアよ、儂の目を見るが良い、そして儂が嘘を申しておるか、確認するのじゃ」
口元から血を流すレイアさんが首を捻って爺と呼ぶ男の顔を凝視する。
男はこれ見よがしにレイアさんの顔を見下ろして目を見開く。
ふたりの会話から察するに──
レイアさんが大公やエルナさん殺害の疑いをかけられているようだ。
大公はすでに殺されたか殺す手筈を終え、エルナさんは、たった今、ここで殺そうとしているのだろう。
そしてその罪をレイアさんに被せる──。
──なんという下劣な行為。
理解するに至った俺は怒りに震え、こいつらを無力化するため、実力行使に出ようとした。
が──
「そんなッ! 目に光が! う、嘘を吐いていない! 爺の言うことは真だというのか!」
レイアさんから発せられた言葉に息を飲んだ。
真実!
ということは……いったいどういうことだ!?
なにがどうなっているんだ!?
そしてレイアさんの言葉にますます状況がわからなくなり、俺の思考は混乱に陥った。
レイアさんは! と横を見ると、愕然とした表情で顔面蒼白となっていた。
そんな俺たちを嘲笑うかのように爺と呼ばれる男が行動を起こす。
とった行動は──
自分の目玉を両手の指でくり抜き
「──貴様が今まで見ておったのは、この偽の目玉じゃよ……」
薄気味の悪い声を出したのだった。
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