第163話 見透かされる瞳
「では、妹エルナのために馬車で五カ月もの道のりを……」
俺がシュヴァリエールに訪れた理由を話して聞かせると、向かいの椅子に座るフレディアの姉──レイアさんは驚きに目を丸くした。
「しかしそれではどうにも時系列があわぬ。──青の都からシュヴァリエールまでは早駆けでも三月はかかる。フレディアが都に入ってからはまだひと月、信書は確かにフレディアが認めたもので間違いないが、なぜゆえ貴君がこうして今、私の目の前にいるのだ」
驚きの中にも、真実のみを見極めるかのように鋭く光る瞳で俺を見る。
「そのことでしたら、答えは私がここまで来た移動手段にあります。私は陸路ではなく空路で参りました。そうすることによって馬車で五カ月の距離であっても二アワルほどで到着することができましたので」
「空路! 飛行魔法か! 貴君──ラルク殿は飛行魔法を使えると申すか!」
さらに驚きを増したレイアさんが、前傾姿勢になって問い質してくる。
その瞳の中に疑念のようなものはもうない。
身を大きく乗り出したことで縦方向に綺麗に巻かれた金色の髪の毛束が、ふわりと跳ねた。
「飛行魔法といっても速度だけが取り柄で、まだ上手く制御できずにおりますが」
「いや、それでも大したものだ! 二アワル……それで剣の門へ……いや、疑うような問いをして済まぬ。なぜ剣の門に来られたのかということも不思議に思ったのでな」
レイアさんの説明はこうだった。
過去、剣の門の先には、スレイヤ王国とシュヴァリエール公国とを最短距離で結ぶ、山脈越えの街道が存在していたそうだ。
その道を使うと、約ひと月でお互いの国を行き来できたのだという。
しかしその街道に災害級の魔物が棲みついてからというもの、一切利用することができなくなってしまったらしい。
そのため、昔は国一番の利用者で賑わっていた剣の門も今は固く封鎖され、現在は反対側にある盾の門と鎧の門がシュヴァリエール公国の玄関として利用されているとのことだった。
それなのに、そこへ俺が、現在使われている表街道から大きく外れた剣の門から来たものだから、不審に思うのは当然だろう。
さらにレイアさんは匂いで相手の状態がわかるという特殊な能力を持っているようで、こうも言っていた。
『この信書は二から三アワル前の、緊張が七、安心が三の精神状態にあるフレディアの匂いだ。だからなぜラルク殿がこのような新鮮なフレディアの匂いを持っているのか不思議で仕方がなかった』と。
『この汗の匂いは秘密を打ち明けるときの微かに緊張をはらんだ状態にあるフレディアの匂いだ。白銀の魔女の秘密を打ち明けるとは、ラルク殿はフレディアから相当信頼されているのだろう』とも、信書に鼻を埋めながら言っていた。
レイアさんが抱いた疑問も、飛行魔法で二アワル、という説明でどうやら合点がいったようだった。
「飛行魔法、というと、先ほど青空を切り裂いていた光の線を見られたか? 凄まじい音を立てて爆発したのだが──」
レイアさんが顎に手を当てて思案げな表情を浮かべる。
が、その直後、
「──まさか、このタイミング! あ、あの魔法はラルク殿が関与しているのか!」
今までで一番大きな声を出した。
「ええと、その件についてですが……」
俺はシュヴァリエール上空を覆っていた毒々しい空気に、
「なんと! ではその邪気を振り払った途端に雨が降ってきたというのか!」
ことの経緯を聞いたレイアさんは、そのことに怒鳴るどころか感激した様子で、俺の手を握るとぶんぶんと何度も振る。
「──ラルク殿はまさに我がシュヴァリエールの救い主! 乾ききった地に雨をもたらした神の使いだ!」
「あ、ですから、魔法自体はフレディア公子が放ったものです。私は光魔法を使うことができませんので」
「我が弟のことは私が一番良く知っている! フレディアがあのような高位の魔法を扱えるわけがなかろう! 何を謙遜する必要があるのだ! ああ! ラルク殿のお陰であったのか!」
「い、いえ、ほ、本当なんですっ! 一カ月ほど前にもフレディア公子の光魔法に学院は助けられてっ」
「ラルク殿のお陰で私の命は長らえることができたのだ! これでエルナとフレディアの成長を見届けることができるのだっ!」
「そのっ感謝と引き換えにっ私がこの国にっ、く、苦しいですっ! レイア姫」
感極まるあまり初対面ということを忘れたのか、俺の頭を胸に抱えこんで髪をもみクシャにするレイアさんに『放してください!』と嘆願する。
「これは済まない! しかし今から話すこの国の惨状を知れば、私のこの喜びようが決して大袈裟なものなどではないと理解してもらえるはずだ!」
そしてレイアさんは俺が学院に起こったことを話すよりも先に、この国を襲っていた水不足についてと、今日の午後にでも執り行う予定だった雨乞いの儀式について、そして先ほど起こった神の使いが起こしたという奇跡、突然の降雨までのことを聞かせてくれた。
「そんなことがあったのですか……」
「ああ、だからラルク殿を『神の使い』といっても過言ではないだろう? しかし青の聖女、エミリア様に次いでふたり目の第一階級魔法師がスレイヤから誕生していたとは……」
「レイア姫、私は第一階級魔法師ではありませんが……」
「なに! 第一階級魔法である飛行魔法を行使することができるのに、第一階級の魔法師ではないと申すのか!?」
「はい、ただ、そのことに関しては公にできない取り決めが私とスレイヤ王室との間にありまして……」
「王室……? ラルク殿、貴君はただの魔法科学院の生徒ではない、ということか……?」
「肩書としてはスレイヤ王室直属の魔法師、ということになっていますが、このことはどうかご内密に」
「王室直属……年頃も同じ……瞳の色も……まさかラルク殿は七年前の神抗騒乱の際に、スレイヤ王から功績を称えられていた『キョウ』という少年では!」
レイアさんが興奮した様子で俺の両肩を掴み、俺の瞳をのぞき込む。
「七年前の顕現祭のあの日、私は父上とともにスレイヤ城に招かれていたのだ! そして賊の襲撃に遭った! 姿の見えない賊を相手に城内にいた貴族たちはみな囚われてしまったが、しかしハーティス様がその賊どもを瞬く間に無力化してしまわれた! そのとき、ハーティス様は言っていたのだ! 『これから数年の後、キョウという男がこの世界を変える、無魔の黒禍の謂われなき汚名はその男によって払拭されるだろう』と! そのキョウという少年が叙勲を受ける姿を私は船上で見た! 今では十四歳ほどに成長しているはずだ! あの少年も片方だけではあったが、貴君と同じ漆黒の瞳をしていた! ラルク殿! まさか貴君は──」
「キョウ……私が籍を置く魔法科学院の中にも無魔の黒禍に憧れて、彼の姿を真似する生徒が多くいます。実は恥ずかしながら私もその中のひとりでして……あの英雄と間違われるのは光栄ではありますが、無論、私はキョウではありません」
「そ、そうか、それはそうだな。その後、水面下に於いて各国の貴族が血眼になって彼を探したが、その消息はおろか、姿を見たという報告すら上がってこなかったというのだからな……」
そう言いながらもレイアさんは俺の肩から手を放そうとしない。
俺の瞳の奥の奥を見られているようで、つい、目を逸らしたくなってしまう。
王室云々の話はまずかったか……。
まさかあの場にレイアさんがいたとは……
いや、少し考えを巡らせれば気付けていたことだな……。
完全に俺の失態だ、どうにか話題を変えないと……。
「レイア姫、私には時間があまりありません、一刻も早く妹君を診させていただきたいのですが」
俺は本来の務めを果たそうとそう切り出した。
「あ、ああ、そうでした、ラルク殿には国だけでなくエルナの命も救っていただけるとは……」
「お救いするというほどのことはできません。ご説明した通り、あくまでも魂が朽ちてしまう速度を遅くする、ということしかできませんので」
「いえ、それだけでもどれだけ有難いか……呪術のことは調べ尽くしたつもりではいたのですが……」
レイアさんの話し方が丁寧になってきているのが気にはなるが、俺はレイアさんの案内でフレディアの妹、エルナさんが眠る寝室へと移動した。
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