第113話 果物の正体
ファミアさんと石を通じての近況報告を終えると、僕は着替えをしながらこの後をどう過ごそうかと考える。
バークレイ隊長いわく、日中は睡眠の管理さえしっかりしておけば、どこへ出歩いても構わないそうだ。
かといって出先で緊急の
……とはいえ、明るいうちは事件もなく、呼び出されることもないだろうから、その間に情報を集めて回ってみようか。
もしくは──館から出ずにいるか。
コンスタンティンさんは、まだ数人にしか報告していないが、今回の騒動に関与しているらしき人物に目星を付けていると言う。
だから僕の力が世間に知られてしまうと、その敵が警戒してなりを潜めてしまうかもしれないから、目立つような行動は控えて欲しいとお願いされた。
たとえ”僕”と知られなくとも、都に高位の加護魔術師がいると思われるだけでうまくないらしい。
僕も治安を守ることに協力したいが、その際、力を抑えることができるかなんてわからない。
いや、もし誰かが襲われている場に居合わせてしまったら、きっと全力で立ち向かってしまうだろう。
そうするとコンスタンティンさんの今までの努力が水泡に帰してしまう──。
お師匠様に言い渡された修行の一環ではあっても、僕の身勝手な振る舞いでコンスタンティンさんに迷惑がかかってしまうようなことは避けたい。
街に出ない方がいいというのなら──
「パティさんたちの仕事でなにか手伝えるものがないか聞いてみよう」
指示があるまでは勝手な行動は控えておこう──僕はそう結論を出して部屋を出ようとした。が──
「あ、そうだ、忘れてた。あれを捨てないといけなかったんだ」
ふと部屋の机が目に留まり、引き出しに入れたままだった腐った果物のことを思い出した。
「危ない、危ない、このままにしておいたら部屋に臭いが染み付いてコンスタンティンさんに怒られるところだった」
僕は机に近寄ると、上から三段目に位置する一番大きな引き出しを開けた。
すると──
「うわっ! な、なんだこれ! お、大きくなってる!!」
気のせいなどではなく、確実に昨日よりも大きくなっている果物の形体に驚愕した。
色もほぼ黒一色に染まっている。
「──なんだ!? ば、爆発でもするのか!?」
すると僕の異変に気が付いたのか
「──如何されましたか? キョウ様?」
扉の外からパティさんの声がした。
絶妙な間で声をかけてきた、ということは、僕が起き出して扉を開けるのを扉の前に立って待っていたということなのだろうか。
パティさん、すごいな……
いや、今はそれどころじゃない。
これが爆発したら部屋中に悪臭が漂ってしまう。
「──あの! 果物が爆発しそうで! え、えっと──ちょっと中に入って見てもらえますか!」
「──失礼致します。果物が爆発……でございますか?」
静かに扉を開いたパティさんが、はて、と首を傾げながら入室してくる。
「すみません、パティさん、これなんですけど……」
僕は半身をずらして引き出しの中を指差す。
「──失礼致します。……これは──」
「──あっ!」
僕が怖くて触れずにいた果物を、パティさんは事も無げに、ひょい、っと両手で抱える。
「キョウ様、これは果物などではなく、卵でございます」
「た、たまご!? え!? これって果物じゃなくて卵なんですかっ!?」
「キョウ様、これをどちらで入手されましたか?」
「えっと、昨日、祭りの屋台でへんなお兄さんに、あ……すみません、門で立って待っていていただいたのに、祭りに行ってしまって……」
僕は昨日のパティさんを思うと心苦しくなり、会話の語尾に勢いがなくなってしまった。と、パティさんはニコッと笑って
「いえ、そのことはどうかお気になさらずに。──どのような屋台であったか、覚えていらっしゃいますか?」
果物改め卵を引き出しにそっと戻す。
「はい、もちろんです。これを購入した店は──」
パティさんの優しさに感謝しながら、僕は昨日の店のことを話した。
◆
「──というわけなんです。片言の共通語だったので、もしかしたら僕が『果物』と『卵』を聞き間違えてしまったのかもしれないんですけど……」
「──そうですか。銀貨一枚は果物ひとつとの値としては若干高いように思えますが……おそらく売り手の方としてはいくらでもよかったのではないでしょうか。この商品をどなたかに手渡してしまえさえすれば、それでよかったのかもしれません。──しかも選ばれた方に」
「選ばれた……?」
「──はい。店先に商品も並べず、呼び込みもしていないような店であればお客様が店に入ることはまずありません。つまり、お客様が店を選ぶのではなくて、店の前を通り過ぎるお客様を店主が選ぶ、ということでございます」
「そこに、売れ残りを買ってくれそうな僕が現れた……」
「さようです。両手いっぱいに食べ物を抱えたキョウ様を見て、店主は『呼び込みを断ることができない格好の商売相手』と捉えたのでしょう」
「僕になら高値で売れる……と、じゃあ妹さんが病気と言うのも……」
「──いえ、決して高値で売ろうとしていたわけではないと思います。店主がキョウ様のことを『本当に断ることができない客』として選んだのであれば、果物などと偽って売らずに珍しい卵だと本当のことを説明して、金貨十枚の提示をしてきたことでしょう。現に多少金銭に余裕のあるお客様でしたら、その説明だけで金貨十枚で売れてしまうと思われます。それだけこの季節は財布の紐が緩くなるのです。しかし、店主は裕福そうなお客様ではなくキョウ様に、卵ではなく果物として、金貨十枚ではなく銀貨一枚で販売いたしました」
「え、それはいったいどういう意味……」
「あくまで私の推測ですが、まず、その屋台は、初めからこの商品を売るためだけに設けられたのでしょう。そして、いつからそうしていたのかまではわかりかねますが、店主は辛抱強く行き交う人に目を配り、ついにこの商品を売るべき人物を見つけた。そして怪しまれない程度の値を付け、さらに病気の妹という設定を加えて同情を誘い、販売するべきお客様に販売した──のではないでしょうか」
「……パティさん……やっぱりすごいです……」
整った表情のまま、淡々と説明するパティさんに敬意すら感じた。
「いえ、あくまで推測でございます。ですが、キョウ様が購入された商品が果物ではなく、卵ということは事実でございます。温かな生命を感じますから」
「生命っていうことは、なにかが生まれてくる、っていうことですか?」
「はい。なにとまではわかりかねますが、しかしふ化させてキョウ様が育てる、それこそが店主が望むことだったのかと思われます。──如何致しますか?」
「え? いかが、って、選択肢は……」
「──店主の思惑通りとはなりますが、キョウ様がふ化させる、ゴミとして焼却処分する、今朝の朝食の一品として召し上がる、といったところでしょうか」
「──!」
綺麗な顔でぞっとすることを言われると、ひゅん、ってなる。
「──い、いや、ゴミと食べるのは無しで……でも、なにが生まれるんだろう、感覚的には魔物のような嫌な感じはしないんだけど……」
ふ化させたはいいが、手に負えないような獰猛な生物だったら都が危険に陥る。
それこそ、無魔の黒禍の恐怖よ再び、だ。
「はい、私も穏やかな生命を感じます。館でふ化させても危険はないかと思われますが」
「でも、卵なんて育てたこともないし……もし失敗してしまったら……」
命は大切にしたいのは山々だが、卵の育てた経験などないから、ふ化に失敗してしまうかもしれない。
それになにより、無魔の黒禍を相手取らなければならない状況下において、卵にずっと構っているわけにもいかない。
「それでしたら、私どもにお任せいただければと思いますが如何でしょうか。お忙しく不慣れなキョウ様に変わって責任を持って卵をふ化してご覧にいれます。キョウ様は合間を縫って卵に会いに来ていただき愛情を注いでいただければと」
ということで、卵のことはパティさん三姉妹に任せることになった。
僕はたまに卵に会いに行き、”なでなで”してあげればいいそうだ。
そうと決まったら──早速僕はパティさんに家のことで手伝えることがないか聞いてみたが、『ございません』と即答されてしまい、どうしたものかと考えた結果、館の庭で加護魔術の鍛錬を行うことにした。
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