第99話 姫の目覚め

 

 確かに昨日の夜、初めてカルディさんと会ったとき、その振る舞いを見て一瞬レスターを思い出した。

 無論、レスターに似ていたからだ。

 しかしそれは執事という職に就いている人に共通するものだと思っていた。



 カルディさんとレスターが親族だったとは……



 揺れる馬車の中で頭の中を必死に整理しようと頑張るも、考えなければならないことが多すぎて気ばかりが焦る。



 だめだ、一度にすべてじゃなく、段階を踏んで整理しよう。



 カルディさんはレスターの甥でクルーゼ家で執事をしている。

 で、幼いころの僕を知っていたから、僕がラルクロアだとわかった、と。

 そして今のところは、伯爵やトレヴァイユさんはそのことに気が付いていない、ということだよな。


 でも姿を変えているのにどうして僕だとわかったんだろう。

 レスターぐらい長く世話をしてもらっていればまだ納得できるけど、まだほんの子どもだった僕を一度抱いただけでわかるものなのかな。

 ……おそらく僕には理解不能な『一流の執事の洞察力』ということなのだろう。うん、そうしておこう。

 まあ驚きはしたけど、バレてしまったものは仕方がない。

 カルディさんなら都中に吹聴して回るようなことはないだろうから、そのことはもう割り切ってしまおう。


 次は──クロスヴァルトのことか。

 カルディさんは大事はないと言っていたけど、どうなんだろう。

 クロスヴァルトを貶めるための策かもしれない、とはどういうことだ?

 父様をよく思っていない貴族がいる、ということなんだろうけど、いったい誰が……。

 父様はもう紅狼の森に帰ったんだろうか。

 もしまだ都にいるのならこの噂も聞いているはずだろう。

 どちらにしても、今、都を騒がしている『無魔の黒禍』をとっ捕まえて、なにが目的なのか白状させればいいことだ。

 そうすれば自ずとカルディさんの言う”敵”と”味方”が浮かび上がってくるはずだ。


 この都で貴族以外の住民が『無魔の黒禍』をどう思っているのかも知りたいところだけど……。

 他国では英雄として扱われているのになぜスレイヤでは災いの元凶なんだろう。

 お師匠様の言うように、もし僕が本物の『無魔の黒禍』なのであれば、本当は悪じゃないと知ってもらう必要がある。

 つまり、クロスヴァルトの名を守るためには『無魔の黒禍』は善人なんだとスレイヤ中に広めればいいってことだ。

 そしてそれをよく思わない貴族をあぶり出して……そして……その後は?

 衛兵に突き出す? う~ん、その辺りは僕じゃ判断できないからお師匠様にも相談してみよう。


 よし、なんとかするべきことが見えてきたぞ。

 とにかくこれ以上僕がラルクロアだとばれないようにすることと、『無魔の黒禍』を捕らえて逆に『無魔の黒禍』の名前で慈善活動をすること、だ。


 あと残るは当面の活動資金だ。

 これを手に入れないとまた余計な悩みが舞い込んでしまう。


 金貨を受け取ったら都の全体図を調べて『無魔の黒禍』が潜んでいそうな場所に目星をつけておこう。

 でもこの広い都をどうやって探せば……


「──あ!」


 僕はそのとき非常に大切なことを思い出した。

 内ポケットにしまいこんだままの、お師匠様から預かっていた巻物のことを。


「コンスタンティンさんのところに行くのを忘れてたっ!」


 青の都に来てからいろいろなことがあってすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

 僕は外套の内ポケットをごそごそと漁って巻物があることを確認すると、午後の予定を都散策からコンスタンティンさん訪問へと急いで切り替えた。






 ◆





 馬車が速度を落とし、完全に停車すると外から扉が開かれた。

 

「到着いたしました。ここからは徒歩でお願いいたします」


 どうやら城に着いたようだ。

 

「ありがとうございました。伯爵にもよろしくお伝えください」


 御者さんに礼を言い、外に出る。と、目の前には荘厳な城の景色が視界いっぱいに広がっていた。

 とうとうと流れる運河の水はやはり青く揺らめいている。

 運河の先、城へと続く水上門は閉ざされているが、その手前の水上にはたくさんの船が往来しており、王都らしい活気を見せていた。

 

 僕は馬車が戻っていくのを最後まで見送ると、城の門へ向かって進んだ。





 ◆





「ほぇー」


 城を見上げて思わずため息を漏らす。

 文献の挿絵で見た城と、実際に目の前で見る実物とはやはり迫力が違う。

 本物のスレイヤ城には、見るものを圧倒する不思議な力が込められているように感じた。




「あの、すみません、少し早く着いてしまったんですが、昨日バルジンさんに素材を買い取っていただいたものなんですけれど、どこに行けば手続きしてもらえるんでしょうか」


 水上の大門の隣にある、陸路用の城門の門番さんに声をかける。

 長い行列ができていた外門とは違って、ここには数えるほどしか人がいない。


 トレヴァイユさんがキョウという名とともに僕の特徴を門番さんに伝えてくれていたようで、特に身分証などの提示を求められることもなく、城の中へすんなりと入ることができた。







 ◆







 ラルクがその大きさに圧倒されながら、城門をくぐり、スレイヤ城に一歩足を踏み入れたとき──。



 

「……ん……」


「ミレア様?」


 寝台に横たわるミレサリアが身動ぎをしたような錯覚に、トレヴァイユは花瓶を台に置くと慌てて少女の下へ駆け寄った。


「ん、ん……」


「ミ、ミレア様! ミレア様!」


 トレヴァイユはそれが錯覚ではなかったことがわかるとミレサリアの手をとり、必死に名を叫んだ。


「…ト……レ……」


「ミレア様! はい! トレヴァイユでございます! トレヴァイユはここにおります! ああ、アースシェイナ様! ミレア様が! ミレア様が!」


 トレヴァイユは神に感謝せずにはいられなかった。

 ふた月ほど前から原因不明といわれる病にかかり、こん睡状態に陥ってしまっていた主が目を覚ましたのだ。

 今日の午後には目を覚ました姿を見ることができるかもしれない──と期待に胸を膨らませていたが、それを待つことなく奇跡が起きたことに、溢れ出る涙を止めることができなかった。


「……あの……おかたの……」


「ミレア様、あまりお話になっては──いま治癒師を呼んで参ります!」


「……あのおかたの……いきづかいを……かんじ……たの……」



「あの御方……? あの……? ま、まさか!」




 トレヴァイユだけはミレサリアの病が何に起因しているのか、おぼろげながらわかっていた。

 四カ月程前、突如国中を駆け巡った『無魔の黒禍』認定の報せ──。

 そのときからすでにミレサリアに病の兆候はあった。

 そして二カ月前、七賢人議会に於いて議題に上った、『無魔の黒禍を甦らせた侯爵家に対する爵位返上と一族すべての幽閉を』という申し立て──。

 その議会の後からミレサリアは床に伏せてしまった。


 そうなると──原因は絞られてくる。


 しかしそれを理解してくれるミレサリアの兄は今はいない。

 トレヴァイユは病の原因となる憂慮すべき事態がいつかは解消されて、そのときにミレサリアは必ず目が覚めるだろうと、毎日ミレサリアを献身的に世話をしていた。

 『いつかは目が覚める』──そう信じていても、今すぐミレサリアが意識を取り戻すのであれば、試せるものは何でも試したい、と思うトレヴァイユにとって、不思議な少年と出会い、仙薬エリクサーの素材となるマールの花を入手できたのは、まさに僥倖であった。




 ミレサリアが『あの御方』と呼ぶ者など、トレヴァイユはひとりしか知らない。

 

 だから──


「ラルクロア様が! ラルクロア様がお近くにいらっしゃるのですか! ミレア様!」


 トレヴァイユは治癒師を呼ぶことも忘れ、ミレサリアの青い目を覗き込んだ。

 ミレサリアはほんのわずかに微笑を浮かべ、トレヴァイユを見つめ返して首肯する。


「まさか! なぜ! いや、でも、ミ、ミレア様! 私にできることを申し付け下さい!」


「さが、して……あのおかたを……さがして……」


 ミレサリアが感じ取ったとするのであれば、スレイヤ城に張られた結界の内ということだろう。

 スレイヤ一族は、この結界の中であれば、おおよその人の気配を感じ取ることができる。


「かしこまりました!」


 そのことを知るトレヴァイユはすぐさま立ち上がり──扉の奥に控える近衛兵に手短に事情を話し治癒師の手配を済ますと、城門へ向かって飛び出して行った。




 そしてそのころラルクは──



「すごいね、アクア、リーファ、これが王様のいるお城だよ」


「あ、あそこ! 今、おっきな魚がはねた! 見た? アクア! リーファ!」


「そうだ! 寝小丸さんのお土産はおっきな魚にしよう!」



 騒がしくなりつつある城内に気が付くこともなく、暢気のんきに芝生の上を歩いていた。





 

 

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