第73話 『邂逅者』
「かいこ……なんですか? それ」
首を傾げる僕に、
「『邂逅者』──前世の魂を引き継いで生まれた者のことだね。長寿のエルフ族に於いてその考えは珍しいことではないそうだよ」
と、お師匠様が額の皺を指でなぞりながら説明してくれた。
「ただ、珍しいのはお前さんの場合、こことは別の世界の魂を引き継いだ可能性がある、ということと、その魂の記憶をも引き継いでいるかもしれない、ということだね」
お師匠様が、また僕の胸の奥を覗き込むような視線を向ける。
「別の世界……? それって、僕が見る夢の世界っていうことですか……?」
「それはわからないが、ひょっとすると関係があるのかもしれないね。夢の巫女が見せる夢に出てきた、イセカイにクロカ、──特にお前さんが入れ替わっていたキョウって男とは深い繋がりがあるのかもしれないよ」
「魂を引き継ぐ者……ですか……確かにキョウって人とは他人のような気がしない、という感覚はなんとなくありましたけど……でもどうして……」
どうしてそんなこと……
クロカキョウ……と……僕……が
……イセカイ……クロカミア……
クロカ……
夢の巫女が僕にあんな夢を見させるのも、なにか意味があるっていうのか?
「全てはこの世の理、精霊様のご意思だよ」
「あ、お師匠様、夢の巫女って精霊とは関係ないんでしょうか?」
「そういったこともこれから暇を見つけては調べてみるよ。城にはまだ目を通していない書物がたくさんあるからね。何かわかったらすぐに教えるから、童は鍛錬に集中するんだよ」
「ありがとうございます……」
クロカキョウ……無魔……黒禍……
僕の魂……クロカキョウの魂……
精霊の意思……
クロカミア……
ミア……
ミア……
「今夜のところはもう部屋でお休み。明日は早くから使いを頼むからね」
「あ、はい」
僕は釈然としないところが多々あったが、部屋に戻ってから頭の中を整理しようと気持ちを切り替えた。
「お師匠様、明日は何を?」
「マールの花の雫を採ってきてもらうのさ、カイゼルたちの解毒に使うね。なに、簡単な使いだよ、朝説明するからここに来ておくれ」
「マールの……? あ、はい。──ところで……ミスティアさんとカイゼルさんを襲ったのは……」
「ああ、そのことならおおよその見当はついているよ。ユリウス……レイクホールの領主も動いているからね……」
刹那、お師匠様が殺気立つ。が、すぐにいつもの感じに戻すと
「さあ、明日は早いよ、さっさと休みな」
と、手をひらひらと振る。
僕はゴクリと唾を飲み込み、その殺気が僕に向けられる前に早く言われた通りに部屋に戻ろう、と急いで立ち上がった。
しかし部屋を出る際にひとつだけ思い出したことがあり、湯呑みを持っているお師匠様に
「お師匠様、精霊って話したりするんですか?」
と質問を投げかけてみた。
「精霊様が? いいや、そんな話は聞いたことがないよ」
うーむ。
やっぱりアクアが変なんだろうか。
ファミアさんは『原初の精霊』と言っていたけど……
「どうかしたのかい?」
「いえ! おやすみなさい!」
「ああ、おやすみ」
僕は挨拶を済ませると、食堂を出て部屋へ戻った。
◆
「……おはようございます、お師匠様……」
「おや、ちゃんと起きられたようだね、おはよう、童。──昨日はゆっくり寝られたかい?」
「はい、それはもうぐっすりと……」
結局、昨晩は部屋に戻るなりなにも考えられずにすぐさま眠りに就いてしまった。
目が覚めたと思ったらすでに外が白み始めていたので、大急ぎで支度を済ませて食堂にやってきたのだ。
「さて、説明しようかい、──そこへお座り」
昨番と同じ位置に座っているお師匠様が、炉を挟んで反対側の床を手にした長い火箸で差す。
お師匠様は寝たのかな……?
まるで昨晩、就寝の挨拶を済ませたときより僅かにもそこから動いていないように見える。
「昨日も話した通り、マールの花の雫を採ってきておくれ。地図は……これを持ってお行き」
お師匠様が長火箸に挟んだ紙切れを僕に差し出す。
僕はそれを受け取ると、暗に「開いてもいいですか?」とお師匠様を見る。
勝手に開こうとして怒られたのはまだ記憶に新しい。
するとお師匠様は無言で頷いた。
「童がカイゼルを連れてきたのは僥倖だったよ。いろいろと聞きたいこともあるしね。体調が戻ったらわたしの手伝いもさせられるしね」
僕が地図に目を通していると、お師匠様がそう言う。
カイゼルさんを使ってなにか企んでいるんだろうか。
目が覚めたらお師匠様に扱き使われるであろうカイゼルさんに、少しばかり同情してしまう。
「これって……何層、ですか?」
ざっと地図に目を通した僕は、そこに書いてある指示に嫌な予感が湧き上がってきた。
「書いてあるだろう、五層だよ」
「……そう、ですよね……朝の一瞬にしか咲かないとも書いてありますけど……」
「今から出れば明日の朝には採取できるだろう? そのまま急いで戻ってくれば翌朝にはカイゼルたちに処方できる。あまり悠長なことをしている暇はないからね、寄り道したりするんじゃないよ? 三人の命がかかっていることを肝に命じて──」
「お、お師匠様ッ! いくらなんでも僕ひとりでこんなとこまで行けるわけ、って、しかもこの地図を見ると花が咲いてるのって崖に見えるんですけどッ! な、なんですかこれ! 全然簡単な使いじゃないじゃないですかッ!!」
「なんだい、朝から喧しいね、誰もひとりで行けとは言ってないよ」
「え、え? 他に誰か来てくれるんですか……?」
なんだ、それなら早く言ってくれれば。
お師匠様のことだから、てっきり僕ひとりで行って来いとでも言うとのかと思っちゃたよ。
でも、五人は目を覚まさないし、というか、そのうち三人のために行くんだし……
あ、もしかしてお師匠様が一緒について来てくれるのかな?
それなら百人力だけど……
「寝小丸を連れていきな」
「──はえ?」
「なんだい、聞こえなかったのかい? 寝小丸を連れていきな、と言ったんだよ」
「──! お、お師匠様! ね、寝小丸はダメです! だ、だって、ま、魔物じゃないですか! も、もし寝小丸に僕が食べられたりしたら──」
「ならひとりで行くかい?」
「それは──」
「なら、寝小丸連れてさっさとお行き! 修行はとっくに始まっているんだよ!」
◆
「寝、寝小丸さん……本日はよろしくお願いします……」
『ニャーオ』
「は、はは……」
『カイゼルらの命がかかっているんだからね、しっかりと使いを果たすんだよ。戻ったら草刈りが待っているからね』
そう言ってお師匠様から送り出されると、僕の庵での第一日目は華々しく(?)
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