第72話 強くなる意味


「クロスヴァルトは……取り潰しの方向で動いているようだね」


「…………」


 やっぱりそうなんだ。

 僕が無魔だから……。

 父様も僕を送り出した後すぐに王都に行くと言っていたから、おそらくその際に国王から……。


「だが免れることも可能だよ。条件はあるがね」


「え! 本当ですか!?」


「言ったろう? 七年後の七賢人議会で沙汰が決まると。まずそれまでの間に黒禍によってわざわいが齎されないこと、そして次にクロスヴァルト家から二級以上の魔法師が誕生すること。この条件がそろえば当面の間、爵位はそのままだそうだよ、だが無論、その後であっても黒禍の行いに間違いがあるようならば──」


「取り潰し──」


「そういうことだね。だから諦めずにしゃんとするんだよ」


 七年の間に災いが起きなければいいのはわかるけど、どうしてクロスヴァルトから第二階級の魔法師が出ないといけないんだ? 国に仕えろ、ということなのか……?

 マーカス、ネルフィ、ミルフィのうちの誰かからということになるけど、あの三人の魔力はどうなんだろう……。


 七年後、マーカスは十一歳、ネルとミルは九歳──。


 仮測定もまだ行っていないからなんともいえないけど、あの三人には頑張ってもらうしかない。


 でも── 

 

「このままではクロスヴァルト家は牢屋に入れられてしまうって聞きましたけど……」


「ああ、そのことだけどね、それは王族がえらく反対したようだよ。どうも他の貴族が騒ぎ立てたのを一喝したらしい。『災いも起きていないのに家族を牢に閉じ込めるなど言語道断だ』ってね。海千山千の彼奴らに噛み付くなど、らしくなったじゃないか、青姫も」


「え? ミレサリア王女が?」


「ああ、城で聞いてきた情報だから間違いないよ」


「どうしてミレサリア王女が……?」


「さあ、そこまではわからないよ。青姫の気まぐれかもしれないが、助けられたことは事実だね」


 理由はわからないがミレサリア王女のお陰で投獄は避けられたようだ。

 ミレサリア王女とは、もう二度と出会う機会なんてないだろうからお礼も言えないけど、その温情は深く心に刻んでおこう。


「──お師匠様、この先、具体的に僕はどうしたら良いんでしょうか」


 お師匠様の湯呑みにお茶を継ぎ足しながら質問する。


「進むべき道は精霊様がお導きくださる。が、その道に従うにも強くなくてはならない。──何千年後かに生まれてくるだろう、次代の黒禍のためにも『クロスヴァルトに黒禍あり』と、後世に語り継がれるくらい立派な英雄におなり」


「え、英雄……僕が……?」


「いいかい? 前にも言ったが黒禍というのは英雄なんだ、それを気に入らない権力者が事実を改竄して記録に残しているんだよ。貶められた黒禍の名を使い、クロスヴァルトを蹴落とそうとした貴族のやつらを見返してやらなければならないじゃないか」


 黒禍の汚名を返上するということか。

 次の黒禍が現れるのかはわからないが、その少年には僕みたいな辛い思いをさせたくない。

 お師匠様のいう『英雄として生き抜いた黒禍』が事実なのであれば、しっかりとそのことを後の世に伝えて行かなければならない。


「でも僕みたいな何の変哲もない人間が英雄になんてなれるんでしょうか……?」


「前にも聞いたよ? なんの理由があって一年の間に魔力がなくなったと思っているんだい? どんな目的があって精霊様が童と契約したんだと思っているんだい? すべては精霊様のご意思の下だよ」


「でもどうやって英雄になれるほどの力を──」


「そのためにわたしがいるんじゃないかい」


「それは前にも聞きましたけど、具体的に──」


「童よ、お前さんは人を殺めたことはあるかい?」


 お師匠様が僕の目をまっすぐに見る。

 そう訊かれて、咄嗟に盗賊たちの凍りついた姿が思い浮かんだ。


「は……い……」


「あの盗賊のことだね? ん? 他にもあるのかい?」


「な、ないです! と、思います……」


 ミスティアさんを助け出したときも記憶がない。

 そのときだって、もしかしたら誰かをこの手で殺してしまっているかもしれない。

 だから僕は、「ない」と言い切ることができなかった。


「盗賊は明らかに悪だからね。殺そうがなにしようが構いやしないよ。──だがね、この先、己が正しいと進む道の前に立ちはだかる者がいたらお前さんはどうする? 盗賊でなくてもその手でそいつらの首を切り落とす覚悟はあるかい?」


 大切なものを守るためにはその覚悟は必要だろう。

 でも、その相手も大切なものを守るためだったとしたら?

 盗賊のときのように感情に任せて力を行使してしまう?


「それは……そのときになってみなければわかりません」


「そうだね、それも正解かね。加護魔術というのはね、精霊様に愛されていないと使うことができないんだよ。それは使う者の心にも愛があるということにほかならない。もし童が道を外し、間違った使い方をしようものなら、精霊様に愛想を尽かされて加護魔術が使えなくなってしまうからね。むやみに人を殺めたりしてはいけないよ? 魔晶石やら媒体さえあれば、ほいほい殺し合いにも使うことができる古代魔術や現代魔術とは大違いだからね」


 そうか、精霊に愛されるっていうのはそういうことなのか。

 間違ったことをしそうになったら、アクアは僕のことも正してくれるのかな。

 そう考えると平気で人を傷つけられる魔法って──。


「技術だけでなくそういった心の強さもわたしが鍛えていくからね、はん! 腕が鳴るじゃないか! いいかい? 今後は全て精霊様が導いてくださる、それを忘れるんでないよ?」


「は、はい、わかりました。──あの、それでお師匠様、外にいるあのおっきな猫みたいなのは……」


「寝小丸かい? あれは昔怪我をしているところをティアが連れて帰ってきてね、いろいろと世話をしてやったんだよ、そうしたらあの通りすっかり懐いてしまってね」


「猫丸っていうんですか?」


「猫じゃない、寝小丸だよ、いつのまにかあんなに馬鹿でかくなっちまったけど、最初はこんなに小さかったんだよ、小さくて丸くなって寝てばかりだったからね、だから寝小丸さ」


 え? 片手に収まるくらいだったの!?

 それに寝小丸って……ミスティアさんが付けたのかな……?


「魔物じゃないんですか?」


「魔物だろうね、なんていう魔物か知らないが」


「だ、大丈夫なんですか? あんなに近くにいて」


「童にも懐いてたじゃないか、ティアの匂いがしたのかもしれないね。──本来はもっと奥の層にいるんだろうが、もう何年も帰ろうとしないからここの庵の門番みたいなものをしてもらっているんだよ。童もあれをみてもなんとも思わなかったろう? 精霊様は近くに魔物や敵がいれば教えてくださるからね」


 あ、そういえば……。

 なんとなく魔物の気配がわかるのもアクアのお陰なんだ……。

 あれが門番なら、まずここに迷い込む人もいないか。


「この庵ってすごく不思議なんですけど、どういった仕組みなんですか?」


「ここはね、昔からハーティス家に伝わる場所なんだよ、まあ、特別な魔道具を使っているのさ」


 なるほど。

 こんな魔道具もあるのか。

 モーリスじゃないけど世界は広いなぁ……。


「そういえばお師匠様はどうして僕より早く庵に……秘密の近道があったんですか?」


「そんなものありはしないよ、童にもそのうちわかるよ、風の精霊様と契約できたならね」


 風の精霊……そうか、さっきの光の珠も風の精霊だったのか。

 風の精霊に運んでもらうとか?

 うわ、すごい便利そう!

 そういえばファミアさんもふたつの精霊と契約してるって言ってたな。

 ミスティアさんが前に言ってたのもファミアさんのことだったのかな?


「あの、お師匠様はサウスヴァルトって知ってますか?」


「……童……ファムと会ったのかい?」


「ファ、あ、いえ! ちょっと耳にして……」


「……まあいい。サウスヴァルトで思い出したんだが、お前さんの見た夢のことだがね──」


 ファムってファミアさんのことだよな……。

 やっぱりお師匠様はファミアさんのことも知ってるみたいだ。

 カイゼルさんのことも知っていたくらいだから騎士として知っているのか、それともヴァルトとして知っているのか──

 

「聞いてるのかい?」


「あ、はい!」


 まあ、サウスヴァルトのことはまた機会があったら聞いてみよう。


「エルフ族には『魂の邂逅』という言葉があるんだが、お前さんはもしかしたら『邂逅者かいこうもの』かもしれないね」





 

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