第71話 クロスヴァルトと猫
「え? え?」と、イリノイさんと巨大猫とを交互に見やる僕の──
「──で? 童よ、そやつらはどこで拾ってきたんだい?」
後ろに視線を移したイリノイさんが、顎をくいと動かす。
僕は受けた衝撃のあまりの大きさに忘れてしまっていたカイゼルさんたちのことをハッと思い出し、勝手に連れてきてしまった経緯を説明しようとした。
「あ、イリノイさ、」
が、『お師匠様と呼べ』と言われたそばからイリノイさんと言ってしまいそうになり、お師匠様からキッと睨まれ慌てて言い直す。
「お、お師匠様! これには理由が──」
すると表情を和らげたお師匠様が
「わかっているよ、まったくお前さんは……ティアと同じだね……どれ、見せてごらん」
そう言うと、慣れた様子で五人の症状を診ていく。
「ふむ……」
最初に助けたふたりのうち、女の人の方は魔力枯渇と極度の疲労、男の人の方も魔力枯渇に近い症状だが特に悪い部分は見当たらないようで、単に深い睡眠状態のようだった。
お師匠様によると「ふたりともそのうち目を覚ますだろう」との診立てだ。
そして──
「まったく、情けないねぇ、カイゼルは。図体ばっかりでかくて……」
あとの三人を診たお師匠様は、
「これはキトリスの毒だね……よく助かったもんだよ」
カイゼルさんの頭をパシリと叩き、そう言った。
「やっぱりカイゼルさんだったんですね! でも生きてるんですか!?」
「ああ、これなら大丈夫だね。時間はかかるが……ほれ、童。そのまま中に運んでしまいな」
「あ、はい、えぇと……」
「早くおし! またどうせ聞きたいことがたくさんあるってんだろ? 顔に書いてあるよ。さあ、一段落ついたらいろいろ聞かせてやるから、ほれ、こっちだ。ついておいで」
「は、はい!」
僕は担架を引くと、巨大猫を刺激しないようにそーっと丸まっている巨体の脇を抜けて屋敷へと向かった。
◆
ようやく辿り着いた庵はレイクホールの街にあるハーティス家の屋敷と同じような造りだった。
屋敷内に入る際には靴を脱ぐ、という作法も同じだ。
木造の、仄かに干し草の匂いが漂う屋敷は、今までの過酷な旅の疲れを癒してくれる。
「ここからは私が運ぶよ」
お師匠様が自分の何倍もあるカイゼルさんの大きな体を軽々と持ち上げる。
「童も早くこれくらいのことはできるようにおなり」
そう言って五人を寝かせ終わった際に、ふっ、と見えた光の珠はなにかの精霊のようだ。
僕がアクアに力を借りたように、お師匠様も精霊に力を借りているのだろう。
「ありがとうございます」
五人を運んでくれたことに礼を言い、お師匠様に続いて部屋を出た。
お師匠様が運んでくれた五人は、カイゼルさんと冒険者らしい男の人でひとつの部屋、そして女の人三人でひとつの部屋、というように寝かせた。
魔力枯渇と思われるふたりの方が先に目が覚めるだろうが、それでも二日、三日はかかるだろうとのことだ。
◆
「ここが食堂だよ、さあ、お入り」
五人を寝かせた後、「ここが童の部屋だ」と連れていかれた部屋にはお師匠様が運んでくれた僕の荷物が置いてあった。
それを見た僕は礼を言って眼帯を着けようとしたが「ここでは必要ないよ」とお師匠様に止められたため、今は眼帯を着けていない。
まあ、あと二日、三日はあの人たちも起きてこないと言っていたからそれまでは構わないか、と僕もお師匠様の指示に従った。
食堂はかなり広い部屋だった。が、レイクホールの屋敷とは違って大きなテーブルがない。
その代わりに真ん中に火を起こす炉があってその周りに木の板が敷いてある。
どうやらいい匂いのする干し草が編み込まれた床に直接座って食事をとるようだ。
「あ、僕がやります」
お師匠様が淹れようとしていた茶器を急いで取り上げ、炉に焚べられている鉄鍋から湯を注いだ。
お師匠様にお茶を淹れさせるわけにはいかない。
僕だってモーリスにいやというほど扱き使われていたんだ。
下働きなんてお手のもんだ。
「……まあまあだね」
「……」
僕が淹れたお茶をすすったお師匠様が、僕の胸のあたりを見ながら
「さて童、どうやら精霊様と少しはお近付きになれたようだね」
とん、と湯飲みを盆に置いた。
それについて心当たりのある僕は
「そう、だといいんですけど……」
ろくすっぽ返事の帰ってこないアクアを思い浮かべ、苦笑混じりに答える。
「そうかい。たくさんあるように見えて、ないのが時間だよ。この先の限られた時間を有意義に使うがいい。──童よ、わたしと別れてからのことを聞かせてくれるかい?」
「──はい」
そして僕は地下通路から今に至るまでを子細に亘って話した。
お師匠様に対してものすごく後ろめたかったが、約束を守りファミアさんのことだけは伏せておいた。
ただ「誰かも知らない人に食事を分けてもらって助かった」とだけ説明した。
『
『アクアが、あ、クロスヴァルトから僕についてきた水の精霊が、助けてくれました』
『ほう! やはり童の契約した精霊様はアクアディーヌ様だったのかい。どうりで……』
途中、僕が魔物と遭遇した話になったとき、お師匠様は自分のことのように喜んでいた。
まったく上手に使役できていないのに喜んでくれるとなんだかむず痒い。
お師匠様に僕と精霊のやり取りを聞かれたらどう思われるか心配だ。
ため息を吐く精霊なんているんだろうか。
「カイゼルたちもよく連れてきてくれたね」
「聖教騎士の紋に気が付いたとき、ミスティアさんが言っていた特徴と合致したのでおそらくカイゼルさんだろうと思ったんです。もう息がないかもしれないと思ったんですが、とにかくそのまま放っておくわけにはいかなかったので……周りも探したんですけど他の人たちは……」
「あの三人だけでも助かったんだ、わたしからも礼を言うよ、ありがとう。しかし、ティアばかりでなくカイゼルも童に助けられるとはね、因果なものだ……」
「カイゼルさんと一緒にいた女の人は?」
「騎士じゃないね。どちらかひとりはティアが言っていたマティエスから連れ去られた娘だろう、片方は……裸だったから乱暴されたんだろうね、ひどい話だ」
「あ……」
それ……あの人が起きたら謝っておこう。
カイゼルさんたちも連れてきて問題なかったようだ。
お師匠様のことだから怒ることはないとは思っていたが、隠れ家である庵に許可なく連れ込んだことは咎められるかも──との覚悟も杞憂に終わったようだ。
「カイゼルさんたちは……なんか毒って言ってましたけど……」
「キトリスの毒さ、通常なら数アワルで死に至るんだが、どうやらなにか薬を含んだんだろう、体内までは固まっていないからね。解毒にはちょっとした薬が必要になるが、まあ、大丈夫だろう。そのことについては童、お前さんに採ってきてもらいたい素材があるからあとで使いを頼まれてくれるかい?」
「は、はあ、僕にできることであれば、もちろん協力しますけど……」
「そうかい、それは助かるね、まあ修行の一環だと思うがいいよ」
そう言って遠くを見るお師匠様に若干不安を覚えるも、
「童も聞きたいことがあるだろう」
と、さっさと話題を逸らされる。
僕は巨大猫と実家のこととどちらから聞こうかと一瞬躊躇ったが、
「……クロスヴァルトのことですけど──」
やはりまずはずっと気になっていた、『取り潰し』といわれたクロスヴァルト家のことを質問した。
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