第61話 追い詰められた末に


「え?」


 あと少しで揃いそうだった記憶の欠片は驚きのあまり、見事なまでにどこか遠くに散っていってしまった。


「いま、なんて……」


 ファミアさんは笑顔のまま、立てていた人差し指で僕の鼻の頭に触れる。


「キミが、」


 次にその指を自分の鼻先に持って行き、


「ボクと、」


 そしてふたりの間で指を立てて、


「手合わせをするんだ」


 最後にそう言うとその指先からボッ、と小さな炎が上がる。


「うわッ? な、なに言って、じょ、じょうだ──」


「冗談でも言い間違いでもないよ?」


「な、なんで! どうしてそうなるんですか!」


「どうしてって、理由はふたつ──」


 ファミアさんは入口に手をかざして、施してあった術式を解く。

 すると、一気にうろの中に新鮮な風が入り込み、ファミアさんの碧色の髪をぶわりと靡かせた。

 ファミアさんは濡れるのも構わずに外に出ると屈めっ放しだった腰を叩いて大きく伸びをする。

 僕はうろの中に充満したファミアさんの甘い香りに意識を引っ張られそうになったけど、それどころではないと、慌てて外に出た。


「キミは誰にも会わずに目的を果たしたい。──そうだよね?」


「あ……」


「今この森は様子がおかしい。危険とわかっているにもかかわらず、キミをひとりにするのは騎士として、大人として看過することはできない。だからキミの実力を測らせてもらう。これがひとつ」


 そう言うとファミアさんは身体を後ろに反らす。

 頭巾フードも被らずに仰け反るので、顔もせっかく乾いた髪も派手に濡れてしまっている。


「それはわかりますけど……」


 ファミアさんの説明は至極当然だろう。

 真っ当過ぎて反論の余地もない。


 だけど、七歳の子どもの実力を確かめるって……



「七歳の子どもだからといって強者はたくさんいる。現代魔術師にしたって、古代魔術師にしたって七歳で魔物と戦えるだけのじゅつを持っている子どもなんてたくさんいるんだよ? ボクだって七歳のときにはもう魔物相手に特訓していたんだから」


「う……」


 僕の言いたいことが顔に出ていたのだろうか。

 ファミアさんが的確に逃げ道を塞いでくる。

 こうなったらあとは僕の弱さを知ってもらうしかない。


「でも僕は魔法が──」


「魔法なんて見たくはないんだ」


 しかし、ファミアさんは僕の言葉を遮り──


「そしてもうひとつの理由はね──」


 碧の髪を後ろでひとつに束ね、小悪魔のような笑みを浮かべる。


 そして、ファミアさんの周りに光の珠がいくつも現れ──

 

「キミの精霊を見せてほしいんだ」


「精……霊……?」


「そう、キミの使役する精霊。到底ただの精霊とは思えないキミの精霊を。──そのかわりボクがキミの実力を認めたら今回のことは一切不問としよう。ボクはこのまま引き返すから、キミは十分に気を付けたうえでひとりでの行動を続けてくれて構わない。でも少しでも実力不足と感じたら」


「か、感じたら……?」


 靴の中に雨水が入り込んできた不快さよりも話の続きの方が気になり、ファミアさんの唇を凝視する。


「ボクと友達になってもらう」


「え? と、友達!?」


「そう、友達」


 しかし、唇から出た言葉は僕の予想していたようなものではなかった。


 なんだ? 友達?

 それだけ?

 

 辺境伯、もしくは猊下という人に突き出す、とか、身柄を拘束する、とか。

 そこまでではなくとも家に連れて帰る、とか、僕の素性を調べる、とか。

 もっと最悪なことだと思っていた僕は肩透かしを食らってしまった。



 負けたところで友達になるだけ?

 それがどういうことかまではわからないけど、上手い具合に理由をつけてファミアさんと別れて、イリノイさんの庵を目指せばいいだけだ。

 うん、その程度ならなんとかなりそうかな。



「そんなことでよければ僕は構いませんけど」


 だけら、僕は特に疑うこともなく了承した。


 といっても手合わせすることに対しては全然納得していないのだけど。


「うん、成立。約束だよ?」


「は、はあ」


「──先ずはボクの大切な友達を辺境伯や猊下にお見せしよう。それと友達同士っていうのは隠し事はしないんだよね? だからキミのことをもっと教えてもらおうかな。そうだ、キミの妹君にも会わせてもらおう。病のことも力になれるかもしれないし、それに──」


「…………」


 あ、れ?

 それって僕が想像していた最悪の条件じゃ……。







 ◆








「本当に手加減してくださいよ! 僕初めてなんですから!」


「ああ! 大丈夫! 心配はいらないよ! キミの準備が整ったらいつ始めてもいいから!」




『はあぁぁ〜』



 雨に打たれながら五メトル先の騎士を見やりため息を吐く。

 結局言いくるめられた僕はファミアさんと手合わせをすることになってしまったのだが──。



 どうしてこんなことに……



 聖教騎士の人ってみんなこうなのかな……。

 ミスティアさんもファミアさんも気性が荒いというか、強引というか。

 もしかしたら他の騎士の人たちも……、


 いや、今はそれどころじゃなかった。

 とにかくこの場をどう切り抜けるか、だ。


 走って逃げるなど論外、戦うも無理。

 言い訳を聞いてもらえそうな空気でもないし。

 やっぱり素直にイリノイさんのことを話してしまった方が……イリノイさんは城に出入りできる身分らしいから、イリノイさんの名前を出せば少しは話を聞いてもらえるかも……いやいや、その方が後でイリノイさんにバレたときに恐ろしい目に遭ってしまうか。

 ファミアさんとイリノイさんが仲がいいかどうかもわからないし……。

 あ、でも、負けてしまえはイリノイさんのことも洗いざらい話さなくてはならなくなるのかな?

 


「まだかな!!」


「あ、すみません! 今準備中です!!」



 まずいまずい!

 急がないと!

 どうしよう!


 イリノイさんのことはいったん忘れよう。


 なら、妹が危篤だと言って走って帰る? いや、ファミアさんのことだ、なんだかんだで家まで付いてくるだろう。

 そうすると妹なんていないことがばれちゃうし、その前にそもそも家なんてないし!


 お腹が痛いと言って用をたす振りをして逃げるというのはどうだ!

 でも、に、逃げられるのかな、森を得意とするエルフから……あんなに気配を消すのが得意なファミアさんから……。



「こないのならこっちからいいかな!!」


「い、今行きますッ!!」



 あ〜、もう時間切れだ!

 とにかく戦うしかなさそうだ!

 ファミアさんは手加減するって言ってくれてるし、少し痛いくらいで済むだろう。


 でも剣も魔法も使えない(というよりそれは端から選択肢に入ってすらいない)となると……。


 精霊……。


 しかないんだけど……。


『せ、精霊さん、聞こえてますか? ちょっと助けてほしいんですけど……』



 …………。



 ほら、これだ! いざ、っていうときに使えない精霊なんて期待してしまう分だけ、使えない魔法よりよほど性質たちが悪い!



『精霊! お願いしますッ!!』



 …………。



『精霊様! 出番です! お願いしますッ!!』



 …………。



 なんなんだよッ!!

 もうどうしたらいいんだよ!!

 



「もう! 三つ数えたらボクから行くからね!! ──ひとおつッ!!」


 痺れを切らしたファミアさんの周囲に無数の光の珠が出現する。


「──!! あ、あれが全部精霊ッ!?」


 それは半端な数ではなかった。


「ふたあつッ!!」



 ま、まずいッ!!

 どどどどどうしよう!


 あ、あんなに精霊が!!



「みいぃぃ──」


 そうだ!

 そういえばあのとき確か精霊は、次はもっとカッコよくといっていた!


 それなら──



「──っつぅー!! じゃあ行っくよー!!」



 ファミアさんの攻撃の合図と同時──



「ぼ、僕の名において精霊に命令する! 僕の前に姿を現せぇぇええッ!!」



 これでどうだ、とばかりに、僕は喉が張り裂けんばかりの大声で叫んだ。

 


──承知いたしました



 すると、どこからか声が聞こえてくる。

 人鬼オーガを前にしたときに聞こえた声と同じ声だった。

 だが、そのときのような軽い感じとは違い、今回はとても貫禄を感じさせる。



 刹那──。

 今まで見た中でもひと際明るい光が周囲を覆い尽くした。


 その光量は向かい合うファミアさんの精霊が放つ光を遥かに凌駕している。


 しかし今までであれば、それだけの眩しさの中では目を開けてなどいられないはずなのだが、なぜか今回はその反動がない。どころか、薄暗い森の中で僕の視界は、昼間のように明るくすべてを見渡すことができていた。



「あ、あの光は!! げ、原初の精霊ッ!?」


 ファミアさんの驚愕の声が僕の耳にも届いてくる。

 

 それは、その言葉の意味こそ理解できないものだったが、僕と同じかそれ以上に驚いていることだけは十分に理解できた。

 


 

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