第60話 騎士からの提案


「──おほん、さて、お腹も膨れたようだし、そろそろキミのことを聞かせてもらおうかな。──そうだね、まずは、名前を聞いてもいいかな」



 当然そうなることは予想していた。

 聖教騎士団の紋を持つエルフの騎士に腕を掴まれ逃げられないと覚ったときに、少なくとも僕の名前やここで何をしているか聞かれるだろうと。

 というか、イリノイさんから『誰かに見つかったら誤魔化して逃げるんだよ』と厳しく言い渡された時点ですでに僕は対応策を考えていた。

 だから僕はなんの焦りもなく、なんなら少し得意げに


「キョウです! 七歳の平民です!」と答えた。



 嘘をつくときにおどおどするのは良くないらしい。特に女性の前では。

 これは何でも知っている頼もしいモーリスの教えだ。


 キョウという名前は僕の夢の世界に出てくる人物の名前だ。

 だから身近な誰かとかぶることもない。

 まったく存在しない人の名前だとなんとなく気がひけてしまうけど、他人の気がしないキョウという人の名前なら心置き無く使用できる。

 そう考えた僕はこの名前を借りることにしたのだ。



「ふうん。キョウ……ね……平民……まぁいいか。──こんな危険な場所で何をしていたのかな?」


 よし、第一段階は突破できたようだ。さあ、次の回答は、


「はい! 病気の妹のために森に薬草採取に来たら、道に迷ってしまいました!」


 大人は健気な子どもに弱いそうだ。

 特に幼い子どもが、危険を顧みずに家族のために尽力する。こういう子どもは大抵大人に助けてもらえるらしい。

 

「そう、妹さん病気なんだ、どんな病気か聞いてもいいかな?」


「はい! 僕は子どもなのでよくわかりません」


 そして合間合間に自分は子どもだと自己主張アピールする。

 そうすると多少のことは答えられなくても問題にならないらしい。

 イリノイさんのときは準備不足で上手くいかなかったけど、今回は三日三晩試行錯誤しての挑戦なんだ。

 きっと上手くいくはず。



「そっか……お気の毒に……」


 よし、大丈夫そうだ。


「森には誰と来たのかな? お家はどこ? ご両親はどうしているのかな?」



 次はそうきたか。これも無難に答えて早いとこ解放してもらおう。



「両親はいません! だからひとりで来ました。家は南地区です! 早く薬草を探して帰らないといけませんので、そろそろ失礼します! これ、本当にごちそうさまでした!」


 僕が話を切り上げて立ち上がろうとしたとき


「ちょとまだ聞きたいことがあるんだけどな」


 ファミアさんが僕の腕を掴み、強引に隣に座らす。


「あ、でももう暗くなっちゃうし、妹も心配するといけないから早く薬草を──」


「そんなに急ぐと危ないよ? 大丈夫、ボクも手伝ってあげるから。それにちゃんと家までも送ってあげるから」


「──! い、いいえッ! そこまでしてもらうわけにはいきません! 本当に大丈夫ですから! し、失礼します!」


 僕はファミアさんの腕を振りほどいて立ち上がり、うろから出ようと──


──ガイィン!!


「──痛ッ!!」


 入り口に張られたガラスに思いっきり鼻頭をぶつけてしまった。


「ほら、急ぐと危ないよって言ったのに、それ、魔物だって通れないんだから」


「いたたた……あの、これ……」


「うん、話が済んだら解いてあげるよ?」


 ええッ! これじゃどうすることもできないじゃないか!

 ──!! まさか、初めから僕を逃さないためにここに閉じ込めたのか?


「ちょっとちょっと、そんなに怖い顔しなくても何もしないって。本当にただ話を聞きたいだけだよ? だって理由はどうあれ魔物がうようよいるこの森の中を、子どもがひとりで武器も持たずに薬草を探しに行きます、なんて狂気の沙汰としか思えないじゃない。──ね?」


 う、僕がファミアさんに抱いた第一印象と同じことを……


「それとも何か隠していることでもあるのかな? 迷子なのに大人に助けも求めないなんて……?」


 ──!! もしかして怪しまれてる?

 いや、それはないはずだ。

 この作戦に穴はない……と思う!

 

「い、いえ! し、知らない人についていってはいけないと亡くなった両親が──」


「一応ボクは聖教騎士なんだけどな? 信用してもらえないなんて、悲しい……」


「あ、いや、ファミアさんが信用できないんじゃなくて、あの、」


『……クスッ、あのときとまったく変わっていない……』


「な、なんですか?」


「いや、キミは正直者だと言ったんだ」


「へ? あ、ありがとうございます……」


「──さあ、座って」


「は、はあ、でも、」


「いいから、いいから! よし、じゃあこの森の薬草の話をしてあげようかな。この森にはね──」


 仕方なく僕が隣に座ると、ファミアさんは気を遣ってくれたのか、取り留めのない話を始めた。

 

 初めこそどうなることかとビクビクしていたけど、言葉の端々に優しさを感じるファミアさんの話を聞いているうちに、いつしか警戒心も薄れていく。


 距離が近くて偶に頰に当たる碧の髪が少しくすぐったかったけど、いきいきと森のことを話すファミアさんに、決して文献では知ることのできないエルフ族の素顔を垣間見ることができたような気がした。

 

 うろの中は快適で、ファミアさんの話が終わる頃には外套だけでなく靴の中までもすっかり乾いていた。



「──雨も少しは弱くなったかな?」


 ファミアさんがガラス越しに外を見ようと身体を前に出す。

 するとそのときサラサラに乾いたファミアさんの髪がふわりと揺れ──


 あれ? この香り……昔どこかで嗅いだことがあるような……


 甘い花のような香りに包まれると同時、おぼろげな記憶が一瞬浮かび上がり、そしてすぐに消えていった。

 

 どこでだろう……遠い昔……


 僕は記憶の断片を拾い集めようと、その残り香に意識を向ける。

 が、その答えを見つけるより先に


「さあ、そろそろいい頃合いかな? ──じゃあ外に出ようか」


 ファミアさんが口を開いた。


 そして──


「キミがボクを倒すことができたら、この先ひとりで進むことを許可しよう。無論、辺境伯にも猊下にも黙っていることは約束するよ」


 ビッと人差し指を立てたファミアさんがとんでもない提案をしてきた。



 

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