第62話 ファミア対ラルク エルフ対人間


 試練の森、第三層の一角──。


 長く振り続けていた冷たい雨の切れ間を狙って対峙する少女と少年がいた。

 聖教騎士団序列一位ファミア=サウスヴァルトと七歳の少年、ラルクだ。


 ふたりは今、少女からの提案によって、いくつかの条件のもと模擬戦を行おうとしていた。




 エルフ族と人族を比べたとき、人間がエルフに勝っている箇所を見つけ出すことは容易ではない。

 それはほぼすべての点に於いていえることである。


 体内に蓄積できる魔力の総量、およそ八百年ともいわれる優に人間を超える長い命、それに耐え得るだけの強靭な体組織に衰えを知らない筋力、明晰な頭脳、そして均整のとれた容姿と、どれをとっても人族が敵う点は見当たらない。


 強いて挙げるとすれば──女性の身体つきという点があるといえばあるのだが、それも個人の嗜好や見解に左右されるため一概に劣っているとは言い切れないだろう。

 エルフ族はその強さゆえ、神から子孫を残すことを制限されている。そのために、子育てをする機会がない女性が多く、その身体つきは人族の女性と比べてかなり貧相だといわれている。

 だが、それは俊敏性を求めるエルフとしては寧ろ好ましいという者もいるくらいだ。


 欠点とはいえないほどの欠点しか挙げることができない──それほどにエルフと人間との力の差は歴然としている。

 ましてや今、手合わせをしようとしているのは成人したエルフの少女と十歳にも満たない人間の少年だ。

 この場にはふたり以外いないが、エルフの少女が勝利を手にするということは誰の眼から見ても明らかだろう。


 


 ラルクはまだ覚悟が決まっていないのか、動き出す様子はない。

 がしかし、ファミアの方は既に臨戦態勢となっている。

 自らの周囲に精霊を召喚し、精霊に認められた者だけが見ることができるという光を周囲に放っている。


「ひとおつッ!」


 なかなか一手を投じないラルクに業を煮やしたのかファミアが数を数え始めると、


「ふたあつッ!」「みぃぃっつ!!」


「ぼ、僕の名において精霊に命令する! 僕の前に姿を現せぇぇええッ!!」


 ファミアの開始の合図と同時にラルクが絶叫する。

 追い詰められたラルクの口から出た叫び声は、必死さゆえに雄叫びにも似たものだった。

 それはお世辞にも精霊を使役するための詠唱とは思えない。 

 が、精霊はそんなラルクの身ではなく実、魂に応えたのか。

 ラルクの周囲にファミアの精霊の光とは比べ物にならないほどの明るさの光の珠が姿を現す。


「あ、あの光は!! げ、原初の精霊ッ!?」


 ファミアは驚きの声でもってそれを見ている。

 ラルクは──あんぐりと口を大きく開いたまま直立不動で固まっていた。


 ラルクが使役するアクアディーヌはまだ何もしていない。

 姿を現しただけ、そう、姿を現しただけなのだ。

 それでこの存在感とは──ラルクが術を行使したらどれだけの力量を見せるのか。

 


「凄いッ! リーフアウレちゃん! イグニフランちゃん! 負けてられないよッ!!」


 しかしさすがは聖教騎士団序列一位の実力を持つファミアか。

 すぐに気を取り直すと右手を大きく上げ、


「ヴァルトの名に於いてリーフアウレとイグニフランを使役する──」詠唱を始める。


 するとふたりを囲う空気の温度が物理的に上昇し始めた。


 一方ラルクは目を瞠ったまま、アクアディーヌに至ってはふわふわと漂っているままだ。

 このままではファミアの術を前に、何もできずに大敗を喫してしまうだろう。

 一帯を埋め尽くさんばかりの無数の光の珠はラルクの次なる指示を待っているのか。


「──清浄なる炎渦!!」ファミアが詠唱を終える。

 

 と同時、ファミアの周囲の光が炎に姿を変えてラルクに襲いかかる。

 ここで漸く頬を灼く熱波に我に返ったのか、ラルクが両手を前に突き出して


「ぼ、僕を護れぇぇぇ!!」


 熱さに後退りしながら必死に叫んだ。

 一瞬精霊が溜息を吐いたように感じたのは気のせいだろうか。


 が、ラルクの詠唱とはいえない詠唱にも精霊は応えてくれたのか、ラルクの周囲の光が霧状ミストに姿を変え──

 想像を絶する速さでファミアの使役する精霊を飲み込み──


「──ッ!!」


 そしてそのままファミアに襲いかかると、ファミアの鼻先すんでのところでピタリと動きを止めた。

 ファミアを永遠の絶対零度の世界に閉じ込めるまで髪の毛一本の距離しか残っていない。

 いや、ファミアの揺れた碧の髪のひと束がミストに飲まれ──その瞬間に毛先は凍りついてしまった。


「──ひう!」


 ファミアは小さい悲鳴を上げるとへなへなとその場にへたり込んでしまった。

 腰が抜けてしまったのか、命があることに感謝しているのか、ファミアは潤んだ瞳で宙を見上げている。


 地に尻をつけたのはファミアだけではなかった。

 反対側ではラルクも放心状態で座り込んでいる。




 

 蓋を開けてみれば木の枝から滴り落ちた雨粒が、地面に到達するよりも早くに決着はついた。

 いったい誰がこんな結末を予想しただろうか──。



 かくして騎士の提案による七歳の少年の力試しは、少年の(精霊の?)圧倒的勝利で幕を閉じたのであった。



 

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