第55話 命令
「なッ!? なんでこんなところに
茶褐色の肌、筋肉の塊のような巨大な体躯、飛び出した頬骨、そして頭部に生える二本の角。
僕は一目見てその魔物が文献で見た
元は人族やエルフ族といったように、人と鬼の混血種が集うオーガ族という種族だった。
しかし、大昔に神の怒りを買ってしまったことで魔物に堕とされてしまう。
以来、多種族に対して大きな恨みと同時に知能をも持つ
半分混ざっている人間の血を濃くして知恵をつけるためか、より人に近付き神から受けた呪いを解くためか、人族の女に子を孕ませ子孫を残す。
人族の男には深い恨みを持っているため容赦はしない。
文献にはそう書かれていた。
なんとも凶悪な魔物だ。
だが、山の奥地や地下遺跡などに生息しているため滅多に出くわすことはないとも書かれていた。
それがどうして森の入り口から二日程度の場所に出没しているのだろうか。
「あッ!? あの
各魔物の上位種であり、魔物以外の生命が持つ魔力のみを糧として生きる特殊個体の総称である。
下位種とは一見してわかるほどの違いがあるのが特徴だ。
通常の
これも文献から仕入れた知識だ。
「排泄物がなかったのもこのせいか」
低位の魔物であれば必ず餌となるものを摂取するが、特殊個体はその必要がないので、排泄物からその存在を確認することができないのだ。
「あんなのまでいるなんて……」
運の良いことに
「今のうちに早く逃げないと」
三歳の頃に、文献の挿絵で見た魔物の中でも、最も遭遇したくないと思っていた魔物のひとつだ。
見つかったら挿絵に描かれていた人族の男のように、腹を裂かれて木に吊るされてしまうだろう。
僕は迂回する道を探そう──と、そのまま静かに後退しようとしたとき
『!! 人がいる!!』
今まで
背中合わせに立っているふたり。
こちらに顔を向けている人物は女の人のようだ。
僕は
奥にいる二体の
──ど、どうしよう!
このままではふたりとも確実に死ぬ、かといって僕に何ができるのか。
──どうしよう!
奥にいる二体の
──どうしよう!!
そのとき、力尽きたのか膝をついた女の人が光るものを手にして喉に押し付け──
──ッ!!
なぜそんなことをしたのかわからない。
捨てたはずの元貴族としての矜持が残っていたのか、アリアさんとフラちゃんの姿が咄嗟に浮かんだからか──。
「──こっちだッ!! くそやろうッ!!」
気が付くと僕は立ち上がり茂みから飛び出すと、大声で叫んでいた。
相手を挑発なんてしたことがなかった僕が、生まれて初めて口にした汚い言葉だった。
自分の想像以上の罵声が飛び出したことに驚くと同時、
昔だったら両親に酷く怒られただろう──絶体絶命の窮地にそんな益体もないことを考えている自分がおかしくも思えた。
突然姿を見せた僕に視線が集中する。
その瞬間、女の人と目が合った──。
僕は少しも余裕などありはしないのに、その人がとても美しい女の人だとわかった。
そして──。
四体の
震え上がるほどに醜い顔だとわかった。
「ぼ、僕は男だぞッ!! さ、さあ!! 腹を裂いてみやがれ!!」
しかし、二体の
──マズイッ! 作戦がッ!!
このままじゃ走って逃げることもできない!!
僕が四体を相手にして木々の間を縫って逃げている隙に、あのふたりも急いでこの場から脱出すればなんとかなるかも──などという、刹那の間に浮かんだ甘い作戦は即座に崩壊した。
これでは僕はただの自殺志願者だ。
新たな玩具となった僕を含めて三人を同時に仕留めようとしているのか、奥にいる
──どうしよう!!
ここであの人たちを放って逃げたら僕は一生後悔するだろう。
だけど、だけど!! どうしたら!!
なんとか気持ちを落ち着かせて頭を回転させる。
こんなとき、モーリスなら、ミスティアさんなら、イリノイさんなら、
──そ、そうだッ! 精霊ッ!!
僕はイリノイさんの『精霊を感じろ』という言葉を思い出し
「せ、精霊ッ!! そ、そこにいるなら見てないでなんとかしてッ!!」
藁にもすがる思いで大声を出した。
すると、どこからともなく
──そうじゃないわよ。命令をするの。
とても澄んだ音色の声が聞こえてきた。
「だ、誰ッ!?」
僕は戸惑いを隠せずに辺りを見回す。
──ほら、早く。命令。
どこにも姿は見えないが確かに声は聞こえる。
「め、命令!? だ、誰に!」
このとき、追い詰められておかしくなったのかもしれない──僕はそう思った。
──精霊よ。カッコよくお願いね。
「せ、精霊!? そ、そんな! どうやって──」
得体の知れない声が聞こえるばかりでなく、やぶれかぶれとはいえ、その声の指示に従おうとしているんだから。
──早くしないと痛い思いをしてしまうわよ。
「わ、わかったよッ!!」
しかし『どれだけの恐怖を前にしても、指一本でも動かせる限り、やれることはなんでもやれ』というモーリスの教えが頭をよぎり、
「──せ、精霊ッ!
僕は
すると──
──もう、なによそれ。ま、いいわ。次はもっとカッコよく、ね。
僕の視界が眩い光に包まれたのと時を同じくして
「だめぇ!! 早く逃げてぇ!!」
という女の人の叫び声が森の中に響き渡った。
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