第50話 隠遁生活の始まり



 ◆



「……う……ん……」


「やっと目が覚めたかい」


 あれ、この声は……イリノイさんか……

 やっと現実に戻ってこられたのか……

 まったくもう、ホントにこりごりだ──


「って、うわっ!! な、なんで!? なんで!?」

 

 僕が目を覚ました場所は温かい布団の中でもなく、冷たい地べたの上でもなく、


「ど、どうしてイリノイさんにッ!?」


 どういう経緯か、イリノイさんの背中だった。

 どことも知れない薄暗い場所を進むイリノイさんにおんぶされていた。


「な、何があったんですか!!」


「これ、童、暴れるんでないよ! 落としちまうよ!」


「ちょ、恥ずかしい! 下ろして! 下ろして! 自分で歩きますからッ!!」


「ハン! 何言ってんだい七歳の小増っ子が!」


 僕を抱えるイリノイさんの腕に力が入る。

 年齢の割に力のあるイリノイさんに驚くも、手足をばたつかせて降りようとするけど腰の部分をガッチリと固められてしまい二進も三進もいかない。


「いいから黙ってそのままお聞き!」


 「わかったかい!」と言うイリノイさんの纏う空気がギュッと引き締まり、背中越しに緊張感が伝わってくる。


 なにか非常事態でもあったのだろうか──


 僕をおんぶしてどれくらい経つのかわからないが、イリノイさんは息も切らしていないようなので「……わかりました」と答え、そのままおとなしくイリノイさんの話を聞くことにした。


 しかし──。


「先ずは礼を言わしておくれ。ティアを助けてくれたんだってね」とイリノイさんに言われ──


 そうだ! ミスティアさんは! ミスティアさんは無事なのか!


「──!! イ、イリノイさん! ミスティアさんは! ミスティアさんに危険が! 朝見た馬車はきっとカイゼルさんたちの馬車です! それを伝えないと! ──あッ!? ぼ、僕は馬に乗っていたはず! 街を出てミスティアさんを追っかけていたはずなのにどうして──」


 約束した傍から大騒ぎしてしまった。


「これ! 童!」イリノイさんの腕にさらに力が入る。


 でも──


 僕はこんなところでおんぶされている場合じゃないんだ!

 急がないと!!


 と、僕も力一杯もがいてなんとか背中から降りようとする。が、


「静かにおしッ! もうすべて片付いたよッ!」


「下ろしてっ──え!? か、片付いた? ミスティアさんは無事だったんですか?」


 イリノイさんの一言で呆気に取られて、つい力を抜いてしまった。

 するとすかさずイリノイさんが背負い直し、僕はまた動きを封じられてしまう。


「いいかい! 時間がないんだ、手短に説明するから聞き逃すんじゃないよ!」


「で、でもミスティアさんは!」


「聞きたいことは山ほどあるだろうが先ずはお聞き! その後でなら幾らでも質問を聞いてやるよ!」


 そう言いながらもイリノイさんはときどき後ろを振り返る。

 

 何かに追われているのだろうか。

 今いる場所はトンネルなのか廊下なのか、四方を大小の岩で囲まれた、薄暗く湿った通路だ。

 仮に”敵”に追いつかれた場合、身を隠す場所も逃げる横道もない。完全に打つ手なしの状態だ。

 ここはイリノイさんの話を先に聞いた方が得策だろう。


 そう思案し、静かになった僕にイリノイさんが口早に説明を始めた。


「今は童が出ていった翌日の昼過ぎだね。言ったとおりティアは無事だよ。童のおかげだ。一か所だけ深い傷があったがあの程度であれば三日で完治するだろう。本当にありがとう。ティアも心からの感謝を言っていた。受け取っておくれ」


「僕が? 僕は何も──」街の外に向かったと思っていたらイリノイさんにおぶさっていたんだ。そんな僕がミスティアさんを助けられるわけがない。何かの間違いじゃないかと尋ねようとしたけど、

 

「童の話は後だよ」と言われてしまい、僕は口を閉じた。


「魔厳大門をくぐるとちょいと厄介だからね、近道を通っちゃいるが、今向かっているのは試練の森にあるわたしのいおりだよ。──まあ、着いてみればわかるが魔物が多いこと以外は自然豊かで住みやすい場所だ。安心おし」


 試練の森? 魔物? なんだそれ。なんでそんなところに向かっているんだろう。


「いいかい、ここからが大事なことだ。童、お前さんの持つ力を誰かに見られた恐れがある。まさかひとりで飛び出すなんざ思いもしなかったから目を離したわたしが悪いんだがね」


 僕の力? またあのときみたいなことがあったっていうのか?

 誰かに見られたって、いったい誰に?


「──それが誰なのか、何なのかわかりゃしないが、ティアを襲った連中の仲間だろうよ。ティアでもいいように甚振られたんだ、相当な実力の持ち主と見て間違いないだろうね。もしそいつらに目をつけられたら童は間違いなくいいように使われるよ。ただでさえ無魔やらなんやら流言飛語が飛び交っているんだ。権力者たちにとっつかまったら政治に利用されて豪い目に遭ってしまうからね。しばらくはそこで身を隠すんだよ」


 ああ、そう言うことか。

 僕を匿うためにイリノイさんの庵に向かっているのか。


 でも確かあの時も気を失って、モーリスに担がれていたんだったよな。

 どういう状況で僕は意識をなくすんだろう。

 意識をなくしている間、僕はいっつも迷惑かけて────って!!


「イリノイさん! 僕、夢!! 夢を見ましたッ!! あの女の人の夢です!」


「童、その話は後だよ。いいかいさらに悪いことに──」


 そんな! あぁ、こうしている間にもどんどん忘れていく……

 白い部屋に女の人がいて……ミスティアさんに何となく似てて……

 えっと、名前が……名前が……


「──ミア! そうだ! クロカ! クロカミアだッ!」

「──クロスヴァルトが取り潰しになった」


 僕とイリノイさんの声が重なり、


「──えッ!?」


「なんだって!」


 ふたりして素っ頓狂な声を出してしまった。



 

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