第51話 護るための力
「イリノイさん! 今なんて言いましたッ!?」
「童、今何と言った!?」
またしてもふたりの声が重なる。
自分の声のせいでよく聞き取れなかったけど、イリノイさんの口からは確かにクロスヴァルトと聞こえた。
「クロスヴァルトですか!? クロスヴァルトがどうしたんですか!」
「待たないか、童! まずはわたしの話を聞くんだよ! お前さん気を失っている間に夢を見ていたのかい?」
イリノイさんが小走りする速度を緩めることなく、前を向いたまま背中の僕に逆に聞き返してくる。
「そうです! 夢の女の人が、ミスティアさんにそっくりな人なんですけど、その人の名前がクロカ=ミアといっていました! で、僕はクロカ=キョウという男の人になり変わっていたんです! ──それでイリノイさん! クロスヴァルトがどうしたんですか!」
「ちょっと待つんだよ! お前さん、そのときの自分の姿を鏡で見てみたかい?」
「エッ! あ、そういえば……見ていないです……そんな余裕……」
気が付いたらミアさんが目の前にいたんだ。鏡で自分の姿を確かめる余裕なんてあるわけないじゃないか。
でもあの部屋に鏡なんてあったっけ──。
ああ、だめだ。
どんどん記憶の欠片が零れていく──。
僕は眉を寄せて夢の中でのことを思い出そうとするけど、夢から覚めたときの衝撃が大きすぎて(イリノイさんにおぶさっていたこと)夢のほとんどを忘れてしまい、思い浮かべようとすればするほど夢の内容が不確かなものになっていってしまった。
「そうかい、他に気付いたことはなかったかい? ……そうだね、おかしな言葉だとか、不思議な景色だとか」
「えぇと言葉は……なんとか語……えぇと、すみません、聞いた記憶があるんですけど……覚えていません、でも普通に通じました。あ、確かイセカイがどうのとか言っていたような……僕は聞いたことのない言葉でした。景色は……部屋の中だったので……とくに不思議なものはなかったような──で、イリノイさん! それでクロスヴァルトがどうしたっていうんですか!」
「イセカイ……クロカ……ふぬ……城で調べる必要があるね……」
そう言うとイリノイさんは小走りのまま黙り込んでしまった。
「イリノイさん! 僕の質問にも答えてください! クロスヴァルトがどうしたんですか!」
「ん? ああ、取り潰しになったよ」
ぇぇええッ!?
取り潰し!? って、
「い、家がなくなるってことですかッ!? ど、どうして!! まさか僕のせいですか! 僕が無魔の黒禍だからですかッ! 災いをもたらすからですかッ!!」
「耳元で大声を出すんじゃないよ! 良いから落ち着くんだよ! いいかい? わたしも今朝がた城に行った際に聞いた話だから詳しいことまではわからないがね、どうやら七賢人議会で決まったそうだよ。どうせ無魔の騒動にこれ幸いと便乗して因縁をつけた貴族がいるんじゃないかね、侯爵ってのは──特に現代魔法師の重鎮ともなれば敵も多いだろうからね」
そんな!!
クロスヴァルト家は何も悪くないのに!
「父様や母様、弟妹たちはどうなるんですか!!」
「今情報を集めている最中だから、正確なことはわからないというのが本当のところだね。まあ実際国益を損なうようなことが起こったわけじゃあないんだから、今すぐにどうこういうわけでもないが──」
なんだよそれ!
みんなに迷惑がかからないように僕は家を出たんじゃないのか!
それじゃあなんのためにあんなに辛い思いまでしてここに来たっていうんだ!
「良くて地下牢行き……最悪は磔刑だろうね」
「なッ!! そんなッ!! だ、だったらなおさらこんなことしている場合じゃ──」
「だから落ち着くんだよ! わたしは言ったよ、いますぐどうこうはならないと。──今わかっていることは七年は猶予があるっていうことだよ。七年後の七賢人議会で沙汰が決まるようだからね。だからいいかい? 童、お前さんは気を落としている暇なんてこれっぽっちもありはしないんだよ」
「だからって僕になにができるっていうんですか!」
どうして!
レイクホールで静かに暮らそうってやっとの思いで決心したのに!
どうしてこうなるんだ!
僕は普通に暮らしたいだけなのに、どうして次から次へと問題が降りかかってくるんだ!
「何ができる? 何もできやしないよ、今の童には」
「なッ! ならどうして──」
「強くおなり。──クロスヴァルトを、両親を、弟や妹を助けたければ強くなるんだよ。誰にも何も言わせないほどにね」
「そんなことできるわけ──」
「わたしが強くしてやるさ。無論、童に覚悟があるのなら、だけどね」
強くなれる? 僕が?
力の使い方も知らない僕が強くなれる?
そんな虫のいい話、あるものか!
「一年前の仮測定で第二階級だった童の魔力が、なぜか今年は無魔の判定だった──これについて童はどう考えたか言ってごらん。昨晩私が話したことを踏まえてね」
「なんですか急に──」
「いいから答えてごらん」
「──そんなこと言われても、精霊が関係しているとしか」
「そうさ、精霊様と契約を交わしたから無魔になった。童が無魔になったのは精霊様の仕業だよ」
「それは何となく……、でもそうすると家族が罰を受けるのも精霊のせい──」
「精霊様はこの世の
意味……?
精霊が僕を選んだ意味っていうことか?
そういえばどうして父様でも母様でも弟でもなく僕なんだ?
「精霊様に選ばれた童は強くなる素質がある。言い方を変えれば、選ばれたがゆえに強くなる努力をしなくてはならない。すなわちそれが精霊様の意思でもある」
精霊の意思──。
「そ、それじゃあ僕はミスティアさんのように強くなれるっていうんですか! 大男を吹き飛ばすような魔法も使えるようになるっていうんですか!」
ミスティアさんの強さを目の当たりにしたときの、嫉妬にも憧れにも似た複雑な感情が再び沸き起こってくる。
あの強さを手にすることができたなら──。
僕は護りたいものを護れるようになるのだろうか。
たとえそれが赤の他人となった家族であっても──。
「童よ、お前さんは自分の力を過小評価し過ぎだね。いいかい? わたしの言うとおりの鍛錬を行えばティアが百人束になってかかっても太刀打ちできないほどに強くなるさ」
ミスティアさんが百人?
そんな力が僕に?
「いや、百人ということはないか──」イリノイさんが後ろを振り向き、僕の目を見ながら言う。
やっぱりさすがに百人は大袈裟すぎたんだろう──と、半信半疑で苦笑している僕の心を見透かしたように、イリノイさんがニヤッと笑みを零す。
「万人が束になっても適わないだろうね。つまり──家族を助けるなんてこと造作もないことだよ」
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