第49話 深逢
◆
「
「──ッ!! クロカッ!?」
「きゃ! な、なによっ!」
その名を聞いた瞬間、僕の身体は強張り全身から嫌な汗が噴き出した。
──なぜここでクロカが!
多分僕は驚きのあまり、尋常ではない目付きでミアと名乗る女の人の顔を見ていたんだろう。
僕の気迫に押されたのか、低いテーブルを挟んで床に座るミアさんが後退りしている。
「……あ、いえ、すみません、聞いたことがある名前だったので……」
ミアさんの困惑ぶりを見た僕は少し冷静になるも、それについて聞かないわけにもいかず
「あの、ミア……さん? その、クロカ、というのは名前ですよね」と、質問した。
「そ、そうよ、いったいどうしたのよ。苗字が黒禍で名前が深逢。で、あなたが、じゃなくて、あなたのその身体の持ち主が黒禍
「クロカ、ミア……クロカキョウ……クロカ……」
「ま、まあ、珍しい苗字かもしれないけど、そんなに驚くこと?」
「あの、クロカとはどういう意味なのですか……?」
「意味? 苗字に意味なんて……まあ、あるといえばあるのだけど、大抵深い意味はないわよ」
「そうなんですか……あ、あの、ミ、ミアさんとキョウさんの関係というのは……」
「なによ、どうしてあなたにそんなこと話さなくてはならないの?」
目をすっと細めて僕を見るミアさんの表情が、なんとなくミスティアさんと被ってしまう。
似ているような似ていないような、そんなふたりの共通点を探そうと僕もつい、ミアさんをまじまじと見てしまった。
「な、なによ、そんな目で見て」
「あ、いや、キョウさんの身体を借りてしまって申し訳ないなと……」
しかしミアさんに指摘されてすぐに目を逸らす。
──あれ? 今ミスティアさんはなにをしているんだっけ……?
ミスティアさんを思い浮かべたとき、僕の胸に黒い雲が忍び寄るような感覚を覚えた。が、しかし
「なにそれ。──私とキョウは幼馴染よ。年も同じで偶然苗字も一緒なの。それよりどうしてあなたは日本語を話せるの?」
ミアさんの質問にその違和感も隅に追いやられてしまった。
「ニホンゴ……? というのですか? いえ、気が付いたらといいますか、僕は意識せずに話しているんですけど……」
「そうなんだ……あれ? スレイヤ王国ってどこにあるの? いまどき日本語を知らないって結構レアかも」
「どこって、レストリア大陸ですけど」
「レストリア大陸? ん、ん、ちょっと待って、レストリア大陸……どこそれ」
そう言いながらミアさんは眉を寄せて小さなガラスの板を手で弄り始めた。
「あ、やっぱりスレイヤ王国を知らないということは大陸の人ではないんですね。と、するとここは……」
「え、え? サーチできないんだけど……あなた、やっぱり嘘ついてる!?」
「う、うそ? そんな真似するはずがありません! 僕はレストリア大陸のスレイヤ王国の生まれで、父は、あ、いえ、元父はその国の侯爵です!」
「そんなこと言ってもサーチできないもの。他になにか大きな国とかないの? 目印になるような」
「大きな国って、スレイヤ王国は大陸最大の国ですよ! ミアさんが知らないだけで──」
「知らないわけないじゃない! 国家機関のデータベースにアクセスしているんだから! あなたさっきからおかしなこと言って本当は──」
何かを言いかけたまま、ミアさんが急に動きを止めてしまった。
「ど、どうしたんですか……?」
「ねえ、あなた、地球って知ってる?」
「チキュウ? いえ、初めて耳にしますが、それがなにか……」
「……そう、そういうこと……随分と無防備な……」
すると顔付きを変えたミアさんの手のひらからバチン、と音がする。
「ミ、ミアさん? なにを、」
「二階堂さんが言っていたのだけれど。キョウの昨日の任務は異世界から来た魔術師が相手だったそうだわ。今朝その話を聞かされたときは、なにをそんなおかしなことを、と思っていたのだけれど……」
「え、な、?」
ミアさんがすっくと立ち上がり、僕を見下ろす。
広げた手はバチバチと光っている。
話の流れはつかめないけど、よくない方向に事態が進んでいるのは確かだ。
あの魔法を食らったらピリピリして動けなくなってしまう。
「ま、待ってください!」とミアさんに訴える。
しかし、ミアさんはお構いなしに言葉を続ける。
「キョウになりすまして地球に攻め入ってくるとは度胸だけは認めてあげるわ。ただし相手が悪かったわね……」
ミアさんの栗色の髪がぶわりと逆立つ。
右手と左手の手のひらから放出された光がミアさんの身体の前で球をつくる。
それが次第に大きくなり──僕はこの次に来るだろう痛みから逃げるために、どうにか行動を起こそうとするけど身体が竦んで動けない。後ろに倒れこもうにも寝台が邪魔でそれすら叶わない。
「大丈夫、殺しはしないわ。二階堂さんに尋問してもらうから──」
次の瞬間、バリバリッ──という轟音とともに目の前が真っ白になった。
僕は痛みをこらえようと、その場で身を縮こまらせる。
──が、しかし身体は脳が送った回避行動を無視して勝手に動き出す。
まず両手の指が不可思議な形状で組まれる。そしてそれを前に突き出すと同時──
『
僕の口からわけのわからない言葉が飛び出した。
そして──部屋の中の光が止むと呆けているミアさんと目が合う。
なにがなんだかわからないけど、痛みが襲ってこないところを見ると僕は助かったようだ。
「キョウ……なの……?」
ミアさんが小さく呟く。
と、そのとき、僕は自分の意識が遠ざかっていくのがわかり、やっと夢から覚めるのか──と胸を撫で下ろし、夢の巫女に感謝した。
しかし意識が途切れる間際に、僕の口から出た言葉を僕は自分の耳でしっかりと聞いた。
「おい、深逢。俺の部屋を吹き飛ばすつもりか」
そして僕の視界は真っ暗になった。
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